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箱をあけよう  作者: ひろりん
第5章:遺跡編
126/240

森の夜は寒いのです。

セテナの森は背の高い木が多く、全体的に見ても闇が深い。

どんどんと細くなってくる月の光など、欠片も通らない。


人の出入りが多く河川が多い西の森は、割合整備されていて、

明るい山道が森を横断するように延びている。

その周辺には多くの村や町があり、多くの人間が森の恩恵を受けて暮らしていた。


だが、タシオスの谷近くの北の森は、レグドールに近いことや、

獲物である動物達が余り居ない為、態々好き好んで入る人間は居ない。


川は森の間を蛇行するように流れる小さな小川のみ、

地質は石や砂利が多く、川の水はその上を滑るように流れ地下に溜まる。


溜まった水は鉄砲水となり、時折谷に流れ込み、

その岩壁や岩肌を深く削りながら、

縦横無尽に荒らしまわる洪水を引き起こす。


谷の大地はカラカラに干からび固まり石化しているので、水を吸い受けることはない。ただ、滑るように流れる水の道筋であるだけだ。


また、日中と夜の寒暖差は30度以上。

酷い時は最高気温は50度を遥かに超える。

これは、岩や石がお互い反射するように太陽の照り返しを受け、

熱が逃げる道を失っていることを指している。


太陽が落ち夜になると、その熱が急激に冷やされ、突風を起こし、岩の間をすり抜け、人間の悲鳴のような気持ち悪い音を鳴らしながら、谷中を駆け回る。

タシオスの谷の奥、レグドールの里には毎日この呪いのような声が響き渡る。



風は声だけではなく、時に暴風となって里の住居を荒らしまわり、

その風はナイフのような鋭い刃物となって、周りを切り刻む。


風や熱波、鉄砲水やカマイタチ。

それらは森に入れば勢いを消し、いずれ無くなる。

だが、森の被害も甚大だ。



そんな危険な場所に動物は好んで居つかない。

動物で住居を構えるのは鳥と小動物のみ。


それなりに大きな動物が居ない森は、上手く食物連鎖の循環をまわせない為、更に、酷く荒れ果てていく。

そんな悪循環がずっと這い回り、北の森は呪いが掛かっているような、おどろおどろしい気配を見せる。


昼間でさえも太陽の光が届かない森は、人の立ち入る余地すら残さない程自然がより深い。濃い緑の苔とシダ植物がうっそうと生え茂り、立ち枯れて折れた木々を飲み込んでいた。身の丈程の大きな石ですら、森の木々に絡め取られ蔦や根っこに自由を奪われ風化していた。


そんな深い闇を持つ北の森に、一際大きな木があった。

樹齢3000年を超える大きな勇壮な木。

逞しい根っこに太い大きな白い幹。

上を見渡せば、数え切れないほどの枝が、その葉が天を覆っていた。


その木の周辺には、討ち捨てられたような、

折れた大木の根っこが数多くその体を斜めに横たわらしていた。


まるで大樹を守っているかのように、

折れた木々は大樹を中心に円になるように囲っている。

円の外側は、背の低い雑草がシダと共にわさわさと伸びていた。


しかし、大樹の周りの大地は、全て緑の苔に覆われ緑の絨毯を敷いていた。


あたり一帯にはかすかな風と木々を揺らす梢、そして静寂のみ。

だが、もし木に耳をあてていたなら聞こえたかもしれない。


木々の確かな鼓動を。

幹に耳を当てると、ごうごうと唸りをあげるように、大樹は歌っていた。


そして、大樹がその体を風にゆっくりを揺らし、

木々の囀りで穏やかな音楽を作り出していた。


その木の枝から一匹の猿が顔を出した。

小さな小さな猿。体長は20cmも無いだろう。

短い薄茶の毛にピンク色の手足。

大きな目に小さな鼻、全てのパーツ一つ一つがとにかく小さい。

大きめのマグカップの中にすっぽりと入ってしまうくらいの大きさだ。


しかし、この猿は子供でなく立派に大人の猿だった。

この種の猿はどんなに大きくなっても30cm超えることはない。


猿は頭を下にして、木をするすると降りると、

木のふもとできちんと座りなおして、上を見て首を軽く傾げた。


「キキッ」


猿は何かを尋ねるように、木に語りかける。

その途端に、目の前の大樹の枝がざわっと揺れる。


「キッキキィキッキィ、キャーキッキ」


風はそよぐ程しか吹かないのに、天を覆う枝が猿の声にあわせるように大きく揺れる。

この大樹と猿は、人の様にではないが、確かに意思疎通していた。


「キキャーキッキ」


猿の甲高い声が耳に痛いほど響き、誰が折ったわけでもない枝が上から、

ばさりと落ちてきて緑の苔生した大地の上に広がった。



風が歌うような軽やかな何かが、猿の声に応える。


「キキャキッキキャアーキ」


頭上でざわざわと葉が擦れて木全体が揺らぐような気がした。


上をじっと見つめていた猿は大きく頷き、

落ちた枝に付いていた小さな実のような石を取り上げた。


それは、オレンジ色の半透明な石で、月の光の反射で、

キラキラとした光りを放っていた。


「キッキッキイ」


猿は何かを尋ねるように見上げる。


「キッキィー?」


猿は甘えるような声を出し、大きな目を瞬かせ首をコテンと傾げる。

その猿の額に木の幹から伸びてきた蔦の先がとんっとあてられた。


蔦の先から発せられた緑の小さな光が、すうっと猿の額に吸い込まれた。


猿は石をぐっと握り締め、木の根の上で跳ね、緑の絨毯の上に飛び降りた。


「キッキキーツツ、キキャー」


小さな猿は大きく声をあげて森の中に走っていった。


枝が落ちたことで、天の一角に隙間が出来た。

その隙間から、柔らかい三日月の光が大地に向かって降りてきた。

緑の苔の絨毯と白い木肌は、月の光で歌うように光りを周りに反射する。


その景色は神秘的で、荘厳で、この世のものとは思えないほど美しかった。


だが、風が不穏な黒い雲を運び、唯さえも細く弱い月を段々に隠していく。

そうすると、大樹の周りで光りを放っているのは。

大樹の周りに生えている光り苔のみとなる。


またもや森に闇と静寂が訪れる。


大きな木はまたもや幹を震わせ、闇に木霊を響かせた。

コーンコンっと繰り返される梢の響く音は、何かを伝えたいようにも見える。

そのリズムは比較的早く、何かに焦っているようにも聞こえる。


だが、ここにはその意を汲み取ることの出来るものは誰も居なかった。





*******






薪や井戸の水を補充してから、

レヴィ船長やゼノさんとの相談の上で出発しました。


時刻はもうじき夕刻ですし、本日はこの小屋にて就寝のつもりだったのですが、

ゼノさんの受けた報告がちょっと急ぐものだったらしく、

少しでも距離を走っておきたいとの意向から強行軍となりました。


ゼノさんは先頭で案内を。


レイモンさんは、もう酔いたくないらしく、御者台にのってトアルさんと座ってます。


レヴィ船長とカースは、真剣な顔で本や地図の検証をしています。


私はちょっと離れたところで、馬車の後ろから見える景色を楽しみながら、

いつの間にか、うつらうつらと船をこいでました。


途中、大きな何かを轍が踏んだらしく、ガタンと大きく揺れました。


私は、勿論慣性の法則に従って、前へ。

つまり、馬車の外へと体が傾げました。


「メイ!」


半分寝ぼけていたので状況判断が出来ず、へ?っと思っていたら、

私の服の端をカースがしっかりと掴んでくれてました。


さっきの声はカースですね。

助けていただいたようですが、首が詰まっている状態です。


ぐいっと服を起点に馬車の中に戻され、どさっとカースの胸に転がると、

カースは、何かに酷く焦ったような顔で心配そうに私の顔を覗き込んでます。


あ?何でっと思ったと同時に、カースの瞳が泣きそうに歪んだので、

これは失敗したと解ったんです。

昨今、心配性が悪化しているカースお兄様に、また心配を余計にかけたようです。


「ごめんなさい、心配かけて。

 助けてくれて有難うございます。カース」


私の体を支えているカースの腕を軽くぽんぽんと叩いて、笑顔でお礼をいいました。

カースは、大きく息を吐くと私の体を起こして正面を向かせました。


「もう少し緊張感というものを持ちましょうね。

 あのままだと、貴方の低い鼻は削られて更に低くなっていたと思いますよ」


カースはさっきまでの動揺が嘘のように、ちょっと意地悪そうな顔で笑いました。


おおう、さっきの泣きそうな子供のような顔はどこに。

今は、随分と元気そうです。


「はい。気をつけます。 有難うカース。

 ついうっかり、寝てました。 本当に危ないところでした」


私も、ゆっくり深呼吸をしました。


落ちるところを助けてくれたカースは、わたしの鼻の大恩人というわけです。

馬車の下の道は結構でこぼこですので、もし落ちたら、

鼻だけでは済まなかったかも知れません。


お岩な顔アゲインとなるところでした。

それだけは、あれだけは、もう嫌ですね。痛いですしね。



「メイ、こっちに来い」


レヴィ船長が、船長の後ろを指差しました。

何か御用があるのでしょうか。


私は私の荷物を持って、船長の後ろに移動しました。

船長と樽の間に挟まれて割合狭い。


レヴィ船長は、自分の荷物を樽の横に置いて、ポンポンと叩きました。


「ここに寝ていろ。ここなら馬車から落ちない」


ああ、そうですね。

この狭さでは、寝返りで転がっても樽とレヴィ船長に挟まれているので、

馬車から落ちることはないでしょう。 レヴィ船長、名案です。


って、私はまだ寝ないですよ。

今寝ると、確実に夜寝れなくなりますからね。


「大丈夫ですよ。レヴィ船長、もう寝ません」


先程寝てしまったのは、多分、森の中ではレグドールの里の人たちに気が付かれると厄介なので、ゼノさんの目ざまし歌がないっと解っているからの油断だと思います。


カースの言う様に、何か緊張感を持ったほうがいいですよね。

と言う事で、何か気を紛らわすことをしたいと思います。


自分の荷物をごそごそとあさって、持ってきた糸と針とカラフルな小さな布を取り出しました。


「メイ。何を始めるのですか?」


カースに聞かれて頭を上げると、レヴィ船長もじっとこっちを見てました。


「はい。布のお花を造ります」


私は、手を止めて、にっこり笑って二人に返事を返しました。


「花?」


「はい、ミリアさんに結婚のお祝いをあげようと思ってます」



先日、セランと街を回っていたときに、ピーナさんのお店でお昼を取ったんです。

カゼスさんが、一人前の船大工として独立し、親方に工房を一つ任されることになりました。

それに伴い、ミリアさんが、カゼスさんの126回目のプロポースを受けたと、

店中が大盛り上がりでした。


結婚式は、一月後らしくミリアさんは、今までに無いくらいに最高に幸せそうに輝いていました。


「メイ、結婚式には、ぜび来てね。

 美味しいものを一杯オトルさんに用意してもらうから」


リリーさんや、ミリアさんの友人の女性たちが、ミリアさんの母親の代わりに、

結婚式のドレスを仕立ててくれるのだとか。

色は、綺麗なピンクと白色のドレスだそうです。

綺麗だろうなあ。 結婚式って、憧れだよね。


美味しいものが無くてもぜひ参加したいです。


でも、呼んで貰えるからには、なにかお祝いを渡したいのです。

しかし、私にはこの世界でのお祝いは、何を贈るのか解りません。


セランに聞いたら、酒でも樽で贈っておけと、なんともそっけない返事が返ってきました。男の人って、そんなものなのでしょう。

ですが、結婚式で、樽のお酒をもらって喜ぶのは男の人達とカレンさんだけだと思います。そこで、うーんと考えました。


私の世界では、結婚式といったら、指輪にケーキにブーケにドレス、そして写真。

やっぱりあげるからには、後に残るものがいい。

お花は枯れちゃうし、ケーキは食べちゃうから残らない。

写真なんてものは無いので絵を描くにしても、

私に絵の才能はあったためしはない。


そうすると装飾品かな。

ブーケは無理としても、コサージュくらいなら出来るかも。


そう思い立ちまして、花びらの形に切った紙の型紙を用意して、

ピンクと赤とオレンジと白の色合いの布の切れ端を、何枚も何枚も

切ってきたんです。


裁縫道具の箱の中にいれてあったので、一緒に持ってきているんです。

狙ったわけではありませんが正解でした。

これで眠りませんよ。


最初に布の端を丁寧に白い糸でかがります。

ほつれをなくすためです。

次は、麻糸のごわごわした部分を細く断ち、花びらの布の中心部に当てて縫い付けます。

真ん中に小さな貝殻のボタンを3つ、白い糸で束ね、

そのボタンを中心に、花びらを一枚一枚あてながら、縫い付けていきます。

花びらを10枚ほど縫い付けたら、緑の細い布をあてがってくるくると縫いつけます。


これで一輪完成です。


お花の大きさは10cmほどですが、綺麗な牡丹のようなお花になったと思います。


ふうっと一息つくと、レヴィ船長とカースがこちらを振り返りました。


「出来たのか?」


レヴィ船長の質問に、はいっと目の前に出来立てのお花を持ち上げました。


「このお花を幾つか作って、小さい花束みたいにして渡そうと思ってます。

 そうしたら、枯れないでいつまでも残るでしょう」


ミリアさんは、多分、何を私が作っても喜んでもらえると思うけど、

どうせなら、幸せを思い出せる記念になるものがいいかなっと思ったのです。


「綺麗ですね。それは女性には大変喜ばれるでしょう。

 基本、花といったら生花を束ねたり、髪に挿したりといったところなので、

 そういった手の込んだ細工物は珍しいと思いますよ」


そうですよね。

この国は、基本温暖なのでほぼ一年中なにかしらの花が咲いている。

だから、造花という概念が無いのかもしれません。

ドレスの模様とかは刺繍とかだしね。


喜んでもらえるといいなあ。

そう思いながら、また二つ目のお花つくりを始めました。


カースとレヴィ船長はまた難しいお話に戻りましたが、

私は、二人の声を聞きつつ、ちくちくと手をずっと動かしてました。







夜になり、馬車は一旦開けた場所に停まり、そこで焚き火を焚き、

簡単なスープをつくりました。


ちなみにスープは、ふふふ、鰹節の出汁を使いました。

あの時、買っておいて本当によかった。

といっても、カンナとかは無いので、ナイフで小さく刻んで出汁に使いました。


鰹だしと魚醤と、玉ねぎと豚さんの塩漬をみじん切りにしたものを

入れて、乾燥のハーブと塩コショウ。


あとは、船でも食べていた硬いパンです。


簡単クッキングでしたが、寒くなっていたので、皆は大変喜んでくれました。


焚き火の番を交代ですることになり、馬車の中で私とレヴィ船長と、

トアルさんとレイモンさんが川の字になって寝ました。


カースとゼノさんは焚き火の番で、2時間経ったら交代するようです。


夜になったら一段と寒くなった。毛布一枚では酷く寒い。

歯の根が合わないくらいに、かちかちと音を立ててます。


「メイ、こっちに来い」


声と同時に振り向いたら、隣に寝ていたレヴィ船長の腕の中に抱き締められました。これは、冬山の暖の取り方と言うものですね。


「これなら、寒くない」


はい。そうですね。

ですが、余りの至近距離に私の顔は一気に赤くなります。

多分、耳まで赤いのではないでしょうか。


「メイ、嫌か?」


私は、小さく首を何度も振りました。


「暖かいです。 レヴィ船長、有難うございます」


冷たい指先がレヴィ船長の胸に当たり、冷たいのではと一瞬手を引いたのですが、レヴィ船長は、気にならないようで、私をもっとぎゅっと抱きかかえ、私達の体の隙間がなくなるように密着させました。


「眠れ」


レヴィ船長は、一言だけ呟いて私の頭の天辺にお休みのキスをしてくれました。


その途端に、ぼひゅんと湯気が私の頭から沸いた様な気がします。


ドキドキとした心臓はばくばくと音をたてて、なんだか目が回りそうです。

こんな私の鼻息が荒いのではと考えて、呼吸をなるべくゆっくり小さく。


赤い顔はますます赤くなり、冷たかった指先までいっきに熱くなりました。

私は、パニックを起こしそうなくらい内心慌てているのですが、

レヴィ船長は、別段、気にしていないようです。


私の頭の上から、すうすうと寝息が聞こえてきました。

見上げると長い睫毛に、いつ見ても男らしく素敵なレヴィ船長の顔。

寝顔をこんな間近で見たのは、初めてかもしれない。


「お休みなさい。レヴィ船長」


そういって、広くて暖かいレヴィ船長の胸に頬を当てて、目を閉じると、

とくんとくんという規則正しい心臓の音が聞こえました。


私は、その音を聞きながら、いつの間にか眠ってしまいました。






暗闇の中、レヴィウスはふうっと小さなため息を起こした。

眠っていたはずの、その緑の瞳は見開かれ、腕の中のメイの寝顔をじっと見つめていた。


「眠れるわけないだろう」



ぼそっと吐かれたレヴィウスの呟きは、誰にも聞かれていなかった。



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