狸男は狸です。
目の前にいた芽衣子さんの姿が薄れていく。
芽衣子さんの目が覚めるようだ。
とりあえず、伝えるべきことは、多分、伝えた。
はず?
まあ、後は、思い出したときに、
また夢干渉することにしよう。
黒いゆったりとした革張りのソファに、
奥まで座り、腰を落ち着かせる。
程よいクッションが気持ちよい。
机の上のコーヒーに手を伸ばした。
冷めてる。
熱くなれ。
軽く念じるとコーヒーから、湯気が立ち始めた。
コーヒーを一口、二口飲んで、ふっと小さく笑った。
先ほどあった芽衣子の姿を思い出す。
いきなり、知らない世界に飛ばされて、怒るとか泣くとかでもない
芽衣子の反応が新鮮だった。
普通の人間なら、元の世界に返してくれと
自分の顔を見るなり、言う。
それから、なじったり、怒ったり、罵倒したり、終いには泣き落とし。
それが、定番。
芽衣子の反応は鈍いと言うか、
単純というか、
おもしろいというか、
まぁ、誘導しやすい反応だった。
ぐらっと空間がゆがむ。
来客だ。
「春海、何一つ、肝心なことを伝えていないではないの。
彼女に教えてあげなくてもいいの?」
「教えてどうなる訳でもあるまい。
いたずらに、彼女を混乱させるだけだ。
彼女は、四神すべての加護がついた。
心配することもないだろう。
お前も、干渉するなよ、夏凪。」
「私の担当ではないもの。
でも、見ているわ。
彼女、いい子だもの。」
「あれは、何も考えてないっていうのが
正しいのかもしれん。」
「本能で生きているって感じだものね。」
夏凪がくすっと笑った。
「いずれ、本当のことを知る時がきたら、一緒に謝ってあげるわ。」
そういって、きた時と同様に、
あっという間にいなくなった。
コーヒーをまた一口飲み込む。
ごくりと喉がなる音が妙に耳に響く。
芽衣子にはああ言ったが、実は、
箱を開けて、この世界に跳ばされたあちらの世界の
人間は何人かはいるのだ。
開けてはいけません。って書いてあると
開けたくなるのが性分だということだろう。
それぞれに同じように白い玉を渡した。
だけども、誰一人、成功なし得なかった。
春海との会話はこちらの世界の四神も、
あちらの世界の神々も、
みて、聴いている。
その結果で、誰がどの加護を与えるか決めるのだ。
加護が、ひとつももらえなかった人もいた。
その結果、すぐに命を落とすことになった人もいた。
絶望して、自殺する人もいた。
あきらめて、この世界に生きていくつもりの人もいた。
でも、その結果は無だ。
所詮、この世界では、異分子なのだ。
しばらくすると、記憶をなくし、もとの世界についての
記憶を一切なくし、この世界の加護なしに、辛い人生を
送ることになる。
あるものは、体を損傷し、魂を傷つけられ、
この世界の輪廻転生の輪にも入れず、
ただ消えていくことになる。
突然つれてこられて、理不尽きわまりない。
だが、神とは、世界のルールとは理不尽なものなのだ。
そもそも、十分な幸福を得ているのに、
もっともっと、と願い、箱を開けた人が
馬鹿なのだ。
箱を開けることは、あちらの世界の神々の加護を
失うことなのだから。
玉手箱は、本来の世界との離別の箱なのだ。
もちろん、芽衣子に言ったこと、
幸福の良いエネルギーの話は本当だし、
こちらの世界ではとてつもなく必要なものだ。
だが、あちらの世界の人間がこちらに来たことで、
あちらのエネルギーの大きなものがこちらに
譲渡されたことになり、結果的には同じことなのだ。
もどれなくても、こちらの世界のエネルギーとして、
吸収される。
だから、春海は箱を渡すとき、
強いエネルギーを持っている人を選ぶ。
芽衣子や箱を渡した他の人も同じく、
あちらの世界で強い正のエネルギーを持つ人間だ。
強い正のエネルギーを持っている人間は
選ぶことが、できるのだ。
一生涯、箱を開けない人もいる。ということだ。
彼らは、あたえられた幸福を感謝し、そのままに生涯を終える。
そして、死ぬまで、箱に良いエネルギーを送ってくれるのだ。
だけども、話を聴かずに、注意書きをみないで
といった早とちりは芽衣子だけだった。
予想外だった。
だから、芽衣子がこちらの世界に跳ばされた時と場所を、
なかなか見つけることが出来ず、芽衣子を見つけるのに、
かなり時間が経ってしまった。
「生きていて良かった。」
ほぅっと大きくため息をつく。
箱の持ち主には、春海から幸福の説明をし、
万が一、こちらに来てしまったら、
話し合いの結果、加護を与えることになっている為、
それより先にしんでしまうと、
あちらの神との契約違反になってしまうからだ。
芽衣子のように、あちらの神の加護を
切り離せずにこちらに来てしまった場合、
この世界で死ぬと明らかに契約違反となる。
神同士の契約違反は恐ろしい。
あちらとこちらでは、
神の力レベルが違いすぎるため、
喧嘩にもならない。
一方的に契約解除、
最悪の場合は、
こちらの世界の崩壊となるかもしれない。
それだけは、避けなければならない。
ましてや、芽衣子は神域で働いていた人間だ。
本人の自覚なしとはいえ、あちらの神々の加護が
強く及んでいる。
出会った時も、本屋の姿が、しっかり見えていた。
この本屋は時空の壁に、置いてある。
神の加護がない人間では、
入ることも、見ることも出来ない。
箱を持った時点で、あちらの神とのつながりが
出来るので、見せることができるのだ。
面白い。
芽衣子にあったとき思った。
強い正のエネルギー、
神の強い加護。
それに、強い光をもった瞳。
もしかして、芽衣子ならば、
なしえるかも知れない。
本当に5つの宝玉をそろえて、
こちらの世界のエネルギーで
幸福玉を作ることが。
それは、こちらの神々が心の底から、
願ってきたこちらの世界の人々に干渉しえる
強い力の起源となる。
「謝る時は一緒にだな。覚えておこう。」
春海は、残ったコーヒーを飲み干した。
次に、芽衣子に会う時は、美味しいコーヒーを
用意しようか。




