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箱をあけよう  作者: ひろりん
第5章:遺跡編
119/240

閑話:レヴィウスの渇望。

活動報告にも書きましたが、

お気に入り登録2000人突破を記念して、

レヴィウス視点のお話を纏めました。


皆様に少しでも楽しんで読んでいただけると嬉しいです。

本当に有難うございます。


いつからだろう。

あの黒い瞳に俺だけを映してくれたならと望み始めたのは。





「セラン、客人の様子はどうだ」


船長室で、報告に来たセランに尋ねる。


「ああ、まだ意識は戻ってないが命に別状はないだろうな」


「女性だと聞きましたが」


副船長であるカースが眉を顰めて懸念をあらわにする


この大海原で、運良く拾い上げた漂流者。

敵か味方かも解らない存在に疑いを持つのは当然の行為だ。

船乗りとして経験を積めば積む程に、用心という名の疑いは重くなる。


カースも俺も、偶然という出来事は8割ありえないことを実体験で学んできた。

積荷の中に犯罪に加担していた物があったり、

何処かの国の不審人物と思しき人が偽名で乗り込んできたり、

船の航路を事前に知ろうとした密偵が紛れ込んでいたり、

海賊の襲撃にあったりと、それはもう波乱万丈な日々を過ごしてきたからだ。


世に偶然と称される出来事は、殆どが人による意識操作であると

以前にトアルが言ったことがあったが、大人になればその言葉が真実だと、

心の底から実感する。


そんな風に世間を斜めに見る癖がついてしまった自分を、

遠い何かを見るように達観した想いを持っていた。








海で漂流していたのが、女性だと聞いてまず驚いた。

何かの駒である可能性は多々あるが、女性だと言う事だけで、

幾つかの篩がその姿を消す。


海賊の情婦や奴隷船の逃げ出した奴隷など、いろいろ辺りをつけるが、

一般的に見て、難破した船の客人だろうかと予測を立てる。

まあ、顔を見てみないことにはなんとも言えないが、どちらにせよ、

連絡をつけるべくこれから先、寄港したどこかの港での作業を頭に刷り込む。




問題の彼女は、船との衝突で怪我を負ったようなので、医務室に運ばれた。

セランには、いつものように、

彼女の意識が戻らないうちに持ち物や衣服の精査を任している。

その結果についても聞きたいし、他にも用事があったので、夜半近くに、

自分の仕事のケリがついたときに様子を伺いに医務室に顔を出した。



木の扉の蝶番が音を立てないように、ほんの少しだけ上に持ち上げるようにして扉を開く。

足音も立てず、真っ直ぐにセランの椅子に近づく。


セランが気がついたときには、すぐ後ろに立っている形になった。

セランがぎょっとして体を怖気らし、そしてその後、苦々しげに顔を歪めた。


「おい、俺の心臓をあまり苛めるな。

 優秀な船医を失いたいのか、お前は」


こんなことはいつものことだろうに。

そう思いながらも、その正直すぎる態度に好感を持っていた。


「ああ、すまない。 時間が空いた」


俺の言葉で、セランは肩を軽く揺らし、首を右に傾げた。


「奥のベッドだ。 まだ意識は戻らん。

 だが、俺の見立てだと、いいとこの家の子だな。

 目が覚めて話を聞いてみないと解らんが、船が海賊に襲われたとか、

 なにかの拍子に船から落ちたかだろう」


奥のベッドに目を向けると、すうすうとまるで子供のような寝息を立てていた。

顔を見にいくと、あきれるほど無防備に上を向いて眠っていた。

日焼けしていない綺麗な手足がシーツの端から出ていた。

真っ白なシーツにくるまれた子供のような顔をした女性。


彼女はなにか夢を見ているらしく、笑ったような顔で平和的な寝顔を晒していた。

ずっと見ていたら、寝返りを打ち、シーツがその体に巻きつき、体の線が露になった。

顔だけをみていると子供だが、意外に肉つきのよい女性的な体つきをしていた。


シーツから出てきた肩の包帯が、ランプの光にも白く映り、

包帯で包まれた腕が痛々しく、その包帯よりも白い喉元に自然と目が行く。


滑らかそうな肌とさらけ出されたうなじに、一瞬どきりとするが、それだけだ。


「レヴィウス、彼女が起きると面倒だから船長室に行こう」


セランに小声で促されて、二人でそっと医務室を後にした。





船長室で、セランの差し出した女性の持ち物に眉を顰める。


どれも見たことのないものばかりで判断の仕様が無い。

彼女の持っていたおもちゃのようなものや、キラキラと光るもの。

ジャラジャラと音のする軽い円筒らしきもの。


「どれもこれも武器とか毒とかではないと思うが、

 こんな物は見たことも聞いたこともないんだ」


セランは、ガシガシと頭を掻いた。


水ではない緑色の液体は、中をあけて匂うと紅茶とは違う、

鼻につんと来る匂いがしていた。

もしかして薬液の類かもしれない。

だが、その液体が入っていた水筒は見たことがなかった。

ゴムのようなものだろうかとも思うが、

どこの国でこのようなものをつくっているのだろうか、見当すらつけられない。


彼女の顔立ちを見る限り、山向うの国でもなく、隣国でもないだろう。

もう一つの大陸にある国の商人が、似たような顔立ちだが、

彼女の服装を見ると、どう見ても冬物だ。

あちらの大陸は常夏どころか、半分が砂漠の灼熱だ。

それ故に、彼らは肌を露出した服装を極力避ける。

特に女性は頭の先から足の先まで、蓑虫のように布で覆われている。


彼女の服装は、航海中の人間がするような格好ではありえない。

どうにも解らないと頭を捻る。


「こんな怪しい人間は、私の船乗り人生でも初めてですね。

 さっさと意識が戻る前に、小船に乗せて海に流しましょう。

 そうしたら仲間の海賊がやってきて、拾っていくのではないでしょうか」


カースが舌打ちしながらも、提案してくる。


海賊の仲間ならば、小船に乗せて流すだけでも温情というものだ。

カースにしては優しい判断だと思ったのは、あえて黙っておく。


「いや、意識が戻るまで待つ。

 彼女は海賊ではない」


俺の決定にカースもセランも頷く。

俺は、自分の発言した言葉でもってして確信していた。


彼女は海賊ではない、今まで見たことのない何かだ。

そんな取り留めの無い確信は、俺の勘によるもの。

そして、その勘は意識の戻った彼女に会うべきだと告げていた。


カースはそれでも海賊を疑い何かあったらと反論したが、

力の無い怪我をした女性に何が出来ようか。

どちらかというと、セランのいう海賊の被害者と言うほうが納得できる。


ちらっと見た限りでは、体は柔らかそうで、海に必要な筋肉はどこにも見えない。

女性だろうと、海賊であろうと、情婦であろうと船で暮らすならば、

それなりの筋力を必要とする。


彼女にはそれが無い。


それに、危険と隣り合わせのような生活をしている人間は、

こうも無防備に眠り込むことは決してない。

意識を失っていればなおさら、無意識の行動が体を支配するものだ。


彼女は、体を丸めることもせず、すやすやとベッドの上で眠り続けていた。

時々、むにゃむにゃと寝言を言っていたが、随分平和的だ。

緊張感の無い寝顔を思い出して、かすかに口角が上がる。


それらを総合して俺の勘が告げる。

この娘は俺達に害をなさないと。


だから、カースの海に捨てよう発言を却下した。







意識が戻ったと聞いて、足早に歩を進める。

意識が無い間に見舞った彼女の寝顔を思い出すと、

彼女の目を見て、声を聞いてみたいという欲求が強くなる。


それに関しても、自分なりに理由を作る。

会えば、自分の勘に確信が持てるはずだと。



初めてあった彼女の目は、明るい黒。

黒に明るい色があるなんて思ったことはなかったが、

彼女の目を見たとき、俺はその黒に目が離せなくなった。


周りの景色も音も匂いも、全てが俺から一瞬で遠ざかる。

彼女の周りだけが色鮮やかに輝いて見えた。

世界には自分と彼女しか居ないような妙な錯覚を覚える。


その状態に、これはなんだと自分で自分に問い質す。

しっかりしろと、意識をしっかり持てと言う自分が焦りを促す。

だが一方で、この状態を続けたいと言う気持ちに逆らえない、いや逆らいたくなかった。

その葛藤に揉まれつつも、彼女の黒い瞳から目が離せなかった。


彼女も俺の目をじっと見つめ返している。

その瞳に映っているのは、見慣れた俺の顔。



初対面から、俺の目を真っ直ぐに見る女性。

母以外では、人生初と言っていい。



今まで生きてきていて自分の事は大概理解している。

女性に限らず男性でも、俺の目を真っ直ぐに、

初対面で見返す事が出来る人間は、ほとんど居ない。


父にも言われたことがある。


「お前の目は、俺と一緒で全ての真実をさらけ出す目だ。

 だから人は恐怖を感じ目を無意識にそらす」


俺は父の目を怖いと思ったことは無かったが、

父は意識して自分の視線を外す術を身に付けていて、

もし辛いならそうしろと勧められた。


だが、俺が幼い頃に母は言った。

真っ直ぐにお前の目を見れる人間は、お前にとって信用できる人間だと。

だから、俺は必ず初対面の人は真っ直ぐに見つめることにしている。

今や、それは癖のようになっている。


そうすると見えてくるのだ。


信用できる人間か否か。

騙そうとしているか否か。

敵であるか否か。

嘘をついているか否か。


そうしたことが、いままで自分の判断材料の一つにもなっていた。

船乗りになって命の危険と隣り合わせになった今は余計に、

俺の知識以外の篩の一つとも言えた。


彼女は真っ直ぐに俺を見つめ、決して視線を逸らそうとしない。

その視線に敵意など欠片も感じられない。

どちらかというと好意に近い感情が見え隠れする。


彼女は俺の「何か」になる。

それが、目を合わした時の俺の直感。



面白いと思った。

その何かはわからないが、次の港に着くまでの、

いい暇つぶしになるかもしれないと思った。


だが、予想外に面白い動きをする。


メイは、思っていることが顔にすぐ表れる。

言葉を発しなくても、その顔で、しぐさで、意思が伝わる。

感情を隠すことをしない彼女に、まず、ルディ、セランが警戒を解いた。


ルディはともかく、セランは医師として大勢の患者を見てきたからか、

誰とでも親しく語り合うが、その実、誰にも本当に親しく心を開くことは無い。

レヴィウスが知る限り、かなり警戒心の強く、理知的な判断が出来る人間だ。


船医にと誘った時、一も二もなく了承したのは、心に傷を負っていたからだろう。

船乗りには、そういった人間が数多くいる。

だから、あえてその心の傷を聞こうとはしない。

そのセランが、メイ相手に、警戒心も全く無い表情で笑っていたのには驚いた。


だから、メイが怪我が治って船で働きたいといってきた時も、すぐに許可した。

ここは海の上にして、動く密室、船の中だ。

何ほどのことも出来はしないし、下手なことをしでかそうものなら、

すぐに誰かが気づき、縛り上げるだろう。


それに大勢の目があれば、言葉がわからない振りなどはすぐに解るものだ。

ルディを見張りにつけたのも、言葉が解らない彼女に対しての気遣いもあったが、用心の一環だった。


言葉が解らないなりに、一生懸命に仕事をこなす彼女は、雑用にしてはいい働きを見せる。 

その様子に、厨房のレナード、ラルクが懐に入れる。

これはこの船の篩の一つでもあった。


レナードやラルクは、この船の厨房を任せられるだけあって、

俺達とは別の視点から、人を判断することができる。

潜入してきた不審者や、毒を仕込むなどの不穏な動きをする者や

顰められた敵意など何度も粉砕しているツワモノだ。


その彼らが両手を広げて仲間として認めていた。


レナード曰く、


「メイに刺客が務まるなら、俺はコックを辞めてやる」


とまで言わせたのは大した者だ。



そして、あの嵐だ。


カースに理不尽な疑いを懸けられ首を絞められた事は、

記憶にも新しく、いい感情を持っていないはずなのに、

文字通り身を挺してカースを嵐の海から守ったのだ。


あの柔らかな薄い筋肉しかついていない体で、大の男を大波から何度も救った。


大丈夫なのかと心配を兼ねた目線を向けると、力強く帰ってくる視線と意思。

その強い瞳に、今までに無い程に強く惹きつけられていた。



意識の無い柔らかな体を温めた時、よくもまあこんな小さな体で、

あのような無謀なことが出来たものだと、ただただ感心する。

相棒カースを救ってくれたことに感謝し、その行動にあの瞳に、

どうしようもなく、胸が騒いだ。


だが、それよりももっと俺の体が今までに無く正直な反応を見せる。


その体は抱き心地がよく、ずっと抱いていたいと思う香りを全身からさせていた。

手足もどこもかしこも柔らかく気持ちよい。

意識があれば、その唇にくらいつき、

どうなっていたかわからないとすら思ったくらいに、メイに惹かれている自分がいた。




嵐の後、それまで遠巻きにしていた船員達も、その命を張った行為に敬意を見せる。

漂流者は幸運のしるしでもあるから、それにあやかろうという思いもあっただろう。

現に、嵐の存在を知らした彼女は、海の女王レアナの申し子だという者も居た。


次々に、厨房で働く彼女に賞賛の意図をもって大勢の船員が彼女が船にいることを認めた。

あのカースでさえも、助けられて意識が変わったどころか、

まるっきりの過保護な兄のような態度を見せる。


どういう心境の変化かと聞いても、


「メイを疑うほうが馬鹿らしくなっただけですよ」


と返される。


メイが女性だととっくの昔に全員が知っていたが、反対が少なくなったことで、

補給地の他国の港に立ち寄った時、メイを下ろさなかった。

もう少しだけ、彼女を側で見て居たかったからだ。

幾人かの船員は文句があるようだったが、それは無視した。



そして、迷い込んだ無人島。

海では不思議なことがあるものだと、先人から伝わっていたが、

強制的に連れてこられた、海の不思議な現象に尻が落ち着かないとはこのことだ。

大の大人が、大勢で不安を表情に載せる。


そこで見せた彼女の胆力。

それには、俺達の誰しもが彼女に感嘆の声をあげた。


訳のわからない不思議な力で、毎日のように眠りにつき目覚めない船員。

誰しもが恐怖を感じていた。

寝たままでいること、それはそのまま死に繋がる。


こんな誰もが知らない無人島で、誰にも発見されず骨となる。

船乗りになった時に一度は覚悟した身ではあったが、

それが間近に迫ると途端に恐れて後ずさりするのが人間だ。


明日はわが身かもしれないと、隣を見て背を震わした。

俺ですら、得体の知れない恐怖に冷たい汗を掻き、目を閉じることを拒否する。


そんな中で俺達を助けようと、危険な賭けとも言える罠の中に自ら飛び込んだ。

セイレーンなんて、船乗りからしてみれば化け物としか考えられない生き物である。


「セイレーンと友達になったの。

 セイレーンと話して、解ってくれたの。 

 皆をこの島から出してくれるって」


化け物相手に、自分の体を張って、俺達の呪縛を解いたのだ。

まさにその行為は、驚愕を通り越し、崇拝したいほどの手際だ。

セイレーン相手に、どうやったのか解らないが、俺達はメイに救われたのだ。


崖から降りていくと、大勢の仲間が俺達を大歓迎して迎えた。


セランとルディによって、殆どの船員にメイが崖の上の薬を取りに行ったのだと、

崖の地を指差しその大変さを伝えられ、命を救われただけではなく、恐怖からも

救われたのだと理解した船員達の中にはもうメイを受け入れない奴は誰一人居なかった。

全員がメイに感謝し、仲間と認めたのだ。


「メイはあんなに小さいのに、そこらへんの男よりも心がしぶとく逞しい。

 まるで、野に咲く一輪の花のようだ」


設備一般を担う責任者のアントンは、メイのことを高く評価していた。


出航の際に、船員の目にメイへの嫌悪感のような視線は一つも無かった。

それどころか、俺達の国が近づいてくるにしたがって、

皆が、メイのその後を心配して口々に訴えてきた。


レナードは、自分の弟子する為、養子にしてもいいとかいい出すし、

アントンなどは、自分の息子の嫁にといいだした。

確か息子は、メイとつりあう年だったような気がする。


それどころか、船員のうちの何人かは、メイが違法移民にならない為に、

実際に結婚してもいいとかいいだす始末だ。


本人の知らぬところで、メイの取り合いしていた船員達が密かに喧嘩しそうになる。

それを俺達は、苦々しげに眉を顰めていた。


俺もカースもその時には、メイは俺達の側には無くてはならない存在だと

思っていたから、どれも嬉しい提案ではなかったからだ。


皆には、どれもメイの意思を無視しての事だったので、保留とした。

そして、カースと二人で考えたのが、セランに頼むことだった。


セランも考えていたことであったのか、すぐに了承された。

最初は、医師見習いということでセランが保証人にと考えていたのだが、

セランの娘にという話の方が手続きが早そうだったので、それで了承した。


港に着く何日か前に、船員にはメイがセランの娘になると知らせ、

彼らは安心して解散した。

その顔をみたら、メイが心から彼らに受け入れられていることが解る。


「またな、メイ」


皆がそういって船を降りて行った。

セランに連れられて船から離れたメイを見て、ちょっと寂しく思うものの、

陸に降り立ち足の先が揺れない状態に、ほっと息を吐く。

とりあえず、海に突然連れて行かれることにはならないだろう。

この国は勝手知ったる俺達の街だから、何とでもなるという思いもあった。



それは、随分な驕りだったようだ。

俺の手の届かないところで、メイはまたもや面倒ごとに巻き込まれる。

どちらかというと、自分から突っ込んでいくという表現が正しい。


またかっと思ったと同時に、

やっぱりだと思ったのは正直な気持ちだ。


メイは困っている人を放っておけるほど弱くない。

ピーナの店で無給で働くと言った彼女を誇らしく思った。

誰かを助ける為に、全身で取り込む姿に、

俺は、いつの間にか愛しいと思う気持ちを隠せなくなった。


こんなふうに、心に柔らかな風が吹くのはいつのことだったか。

こんなふうに、心に暖かい光が差し込むのは始めてかもしれない。


船の中とは違い、女性の姿で立ち歩くメイは、

俺の中で、まだまだ子供だとおもっていた位置をあっさりと覆した。


正に蝶の開花のように、等身大の女性がそこにいたのだ。

くるくると変わるその表情にただ目を奪われた。


人生を達観したかのような熟成した大人の顔をしたかと思えば、

子供のように脹れて困る。

少女のように照れていたかと思うと、

色気を伴った女の表情を時折見せる。




いつからかは解らない。

だが、ずっと見ていたい、側に居て欲しい、側に居たいと思い始めていた。

そんな自分に気がついたときは、もう気持ちをとめられなかった。


こんなにも渇望したのは、人生で初めてだった。



人身売買の組織に誘拐されたと聞いたときには血の気が引いた。

無事に助け出された姿をみるまでは、メイの事しか考えられなかった。


自分のこの感情が、恋といわれるものであると理解していたが、

ここまで厄介な代物になるとは予測していなかった。


レヴィウスだって、人生で何度も恋はした。

だが、ここまで我を忘れた恋など身に覚えが無い。


だが、俺の心配など物ともせず、自分の怪我どころか、

他人の事ばかり気にかけるメイにいらいらする。


しかし、医務室で俺の顔を見るなり涙を流したメイに、

心のそこから安堵し、歓喜した。

俺の胸で泣く彼女の温もりが唯愛しかった。


強がって背筋を伸ばしていたお前が、俺の前だけに弱みを見せる。

一方通行ではありえない、想い合う愛情の欠片が俺の心臓を激しく掴み、熱く揺り動かした。突き動かす激しい感情に心が支配された瞬間だった。

それは苦痛ではない。それどころか、なんという至福。

ずっと、メイをこの胸の中で囲っていたい。

この幸せを、永遠にずっと俺の手の中で守りたい。そう思った。



誘拐騒ぎをものともせず、彼女は毎日のように街に出かけて行く。

いつの間にか街中の住人は、彼女がいることを当然のように認めていた。

船の中と同じような現象に、ただただ感心するばかりだ。


やっと終わったと、平和が来たと思ったのに、

メイはどうやらトラブルを呼び込む体質らしい。


今度は、裁判での証言を強要された。

命の危険があるのに断ることは出来ない。

なのに、俺達の為に裁判で証言に立つと言ってくれた。


「俺に何が出来る! 俺は、無力だ」


メイを守ってやれないことに歯をぎりぎりとかみ締める。

王城で働いている弟と久しぶりに連絡を取る。

もちろん、弟にメイのことを頼む為だ。


もし、メイになにかあったなら、その犯人を死ぬまで追い詰めてやる。

そこまで思いつめていたのに、脅された当の本人は城で美味しいお菓子に夢中だと弟に報告をうけて、がっくりくる。


こんな肩透かしはメイならではだろう。


その弟のメイに対する態度も、評価も、段々と変わって来た。

ステファンは、俺の自慢の弟だ。

父に似ず、人の気持ちのわかる優しさと、周囲を読める機敏さを重ね持つ、

優秀で大人しすぎる弟。

誰よりも実力もあるのに、常に控えめで努力家な男だ。


俺よりもずっとメイと年も近い。


「兄さん、私は貴方が羨ましい。

 彼女は、本当に可愛い素敵な、そして魅力的な女性ですね」


弟が、メイを素晴らしい女性だと大絶賛した。

弟としての立場でいうのなら嬉しい言葉だが、明らかにメイへの個人的好意が見え隠れする。


弟に嫉妬するなんてと頭を何度掻き毟っただろう。



そんな中、偶然にもそんな自分を鏡に映してみると、

かつて見た、母を想い愛した父とそっくりだと自分で自分にびっくりした。

父と自分の容姿がよく似ていることはわかっていたが、

中身が明らかに違うので、そこまで似ることはないと楽観視してた、かつての自分に笑いがとめられなかった。


城で大怪我をしたと連絡を受け、取るものも持たず王城に飛び込むと、

顔に体に沢山の無残な傷跡、体と顔や頭、それこそ全身に巻かれた真っ白な包帯。

特に殴られたであろう顔は腫れて赤黒く変色していた。


ステファンに、何故守れなかったと大声で文句をいいたいのを、ぐっとこらえた。

ステファン自身も怪我をしていたし、事情はある程度かいつまんで聞いたからだ。

ステファンの目に、痛みをこらえきれない色が浮かんでいたからだ。

理性が感情を押さえつけることに、一瞬成功する。



だが、目の前で眠る意識の戻らないメイに、胸が重く鈍く叩く。

心の中が怒りで真っ赤に染まる。

ぐつぐつと怒りが沸点に達する。

誰がこんなことをしたのかと問い詰め、父に犯人を殺すから渡せ、

と言いに行きそうになった。


それをしなかったのは、先に王妃に謝られたからだ。


「メイは、私をずっと庇ってくれたのです。

 王妃でない、唯の私を見てくれたのは、この子が初めてだったのです。

 それなのに、私は彼女を守ることが出来ませんでした。

 私を知ろうとしてくれる初めての、ゆ、友人を私は、守れなかったのです。

 貴方の大切なメイは、私にとっても大事な人だったのに、

 私に力がないばかりに……。 本当に申し訳ありません」

 

メイは王妃を庇って殴られていたのだと、王妃から涙ながらに告白された。

泣きながらもメイの側で、意識の無いその手を握り締め

謝罪を繰り返す王妃に何が言えようか。


王からも、王城の警備に問題があったし、自分の見通しが甘かった。

本当にすまないと謝罪を受けた。

だから、王妃を責めてくれるなと。


そんな王妃を責めることなど、出来ようはずが無い。


メイがいつも他人のことばかりだと、わかって城に預けたのだ。

仲良くなったであろう存在を守ろうとするのはメイだからだ。

王妃とも友人になったと聞いて、のんきに寝ているメイの寝顔が忌々しく思う。


友達だからって、殴られて顔を腫らし、意識が無いなど言語道断だろう。

男ならともかく、お前は女だろう、少しは自分を大事にしろ。

俺にとっても、大事なかけがえの無い女性なんだぞといいたかった。

おい、もう少しでいいから、心配している俺達のことも考えて欲しい。


意識のやっと戻ったメイに、ほっとしつつ、文句をいいそうになったのは、

俺だけではなかったようだ。

セランもカースも、口々にメイを馬鹿だのアホだのと言葉を被せる。

その言葉の影で、見えてくるのは程度は違えど、俺と同じように心配し苦しむ心。


裁判での証言も、顔の怪我が痛々しく、思わず顔を歪めた。

命の危険がまだあるかもしれない裁判に、気が抜けない。

裁判などに出したくないと思うが、断ることは出来ない。

カースも、セランも俺も、毎日のように王城の方角を見上げ、ため息をついた。


裁判が無事に終わってほっとした。

これで、メイが帰ってくる。

そう思った矢先に、暗殺事件があったと聞かされる。

もう少しで、毒を飲むところであったと聞いて背筋が凍る。


「でも、あの毒は解毒できたので、誰も死にませんでしたよ。

 私、なんだか、初めて王城でお役に立てた気がします」


そう言いながら、能天気に笑って胸を張るメイを思わず抱きしめる。

もう、王城には絶対に連れて行かせないと、硬く誓ってきつくその腕に囲い込んだ。



そして、セランの心の傷を見事に修復してみせる心の強さと優しさに、

もっともっと惹かれていくのを止められない。



愛しく逞しい可愛いメイ。

そして、俺の気持ちをさっぱり汲んでくれない釣れない女性。


真っ直ぐに好意を示す可愛い犬のような、真っ直ぐなメイ。

どんなに腕の中に囲い込んでも、

猫のようにするりと抜けていくとらえどころの無い女性。


自分の事に無頓着な、無謀なメイ。

他の誰と側に居るよりも、俺の側で笑っていて欲しい。


人の痛みを自分の事のように泣くメイ。

泣くのならば俺の胸の中でだけ泣いて欲しい。


そうして、メイを手に入れたならば、

俺は父に、母に、世界中に自慢できるだろう。


俺は最高の伴侶を見つけて手に入れたのだと。

あの柔らかな体と暖かい心を、俺で一杯にしてくれる日を待ち望んでいる。

俺だけのメイにしたいから。


いつか告げよう。


俺の妻にと。

永遠に俺の側に居て欲しいと。

このレヴィウス・コーダーの子供を産んで欲しいと。


必ずその耳に届けよう。



永遠に愛しているのはお前だけだと。

お前だけが、メイだけが、俺の愛する女なのだと。

俺が一生を共にして欲しいのは、メイ、お前だと。




レヴィウスが、いつメイに告げるかは、話の中のお楽しみにして置いてください。


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