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箱をあけよう  作者: ひろりん
第5章:遺跡編
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出発の前準備をします。

私が、ロハニを何故読めるのか。


説明といわれましても。

うーん、なんと言えばいいのでしょう。


ここで異世界からきました発表しても、説明の仕様が無い。


壊れた携帯はおもちゃにもならないし、異世界の証拠にもならない。

日本から持ってきた食べ物は食べたか、捨てちゃったし。

手帳は新年を過ぎたばかりで、何も書いてないに等しいし、海水に浸かった為ごわごわ、

カピカピになってしまった。


神様の加護とか守護とかいったって、目の前に無いものは信じようが無い。

でも、嘘は苦手だし、ごまかすのも下手だ。



「えーと。私の故郷は小さな島です。

 日本ニホンって私達は言ってた。

 皆がロハニって言っている言葉は、

 私の国の語源にもなっていて、なんとなく読めるの。」


うん。

本当だし、異世界のって言ってないだけだよね。


「それでは、メイの国の人は皆ロハニを読めるというのですか?」


カースの疑問にもはっきりと頷く。


「はい。多分、おおよその見当をつけるくらいなら、

 国民全員、読めると思います。」


自慢にはならないけど、古文漢文の成績は平均点だった。

その私がそうなのだから、殆どの人がそうに違いない。

多分、きっと、おそらく、そう思いたい。


「全員とは、また凄いですね。

 そこまで識学率が高いのですか?」


カースの言葉で首をひねる。


「このイルベリー国ですら識学率は6割ほどです。

 貧乏な人間は学校には通えないですからね。」


ああ、そうなんですか。

いわれてみたら、ピーナさんのお店に来るお客さんの中に、

メニューが読めない人たちって結構いたような気がする。


「私の国では、国民の義務として全ての子供が7歳から15歳まで、

 一環した教育を受けます。そして、子供の8割がその上の学校に3年間通い、

 更にまたその6割が上の学校に専門的な知識をつけるために4年通います。 

 だから皆、普通に読めて書けて話せます。」


義務といった言葉に、セランやカースが感心したように声をあげた。


「16年も学校で学ぶのか。 それは、はっきり言って凄いな。」


セランが顎鬚を摩りながら呟いた。


「ああ、だから、メイは簡単な計算は出来るし、読み書きに関して、

 拒絶反応を起こさないのですね。」


拒絶反応?

なんで?


「幼い頃に勉強したことの無い人間が新たな知識を得ようとする時、

 まず、言葉から入ります。 ですが、読み書きまで習得するものはまれです。

 誰しも、生活に追われ、すぐさま必要としない知識を身につけようとはしないからです。」


へえ。

日本の学校教育は基本、書いて覚えるだからね。

読み書きは、勉強の基本だと思ってた。


それって、生活に追われてないから出来ることだったんだ。

言われて見れば、日本の生活って恵まれているってことだね。


「ですから、自然に支配階級と平民という生活階級の違いが生まれます。

 知識なくして、人は成り上がることなど到底出来ませんからね。」


そうなんですか。


「我々の国の掲げる平等な理想的社会を作り上げるには、

 貴方の国のように、全ての国民の教育を義務化することが必要なのでしょうね。」


理想の社会ですか。

どうなんでしょうかね。


まあ、とりあえず、頭の良し悪しは関係なく、

勉強してあると選択肢の幅が広がるというのは解る。


日本でも、将来何になりたいといった子供の頃の夢を実現する為には、

何をおいても資格が必要だったからね。


実際、求人欄には要資格項目がデカデカと目立つことこの上ない。

何度苦々しい思いをしたものか。



「その島はどこにある。」


レヴィ船長の言葉に、私は左右に首を振る。


「解らない。

 私は島を出たことは無かったし、

 気がついたら海の上で漂流してた。

 何があったのかもわからないの。」


本当は、北海道と沖縄は行ったことあるけど、あれも国内だから島範囲だよね。


どうやってここに来たとか、神様でもない私にはわからない。

私の国はこの世界からどのくらい離れているのか聞かれてもさっぱりだ。


「近くに大きな国は無かったのか?」


セランの言葉にちょっと考える。

近くの大きな国、どこだろう。


中国とかロシアとかかしら。


「私は行った事無いけど大きな国、海を隔ててあったと思います。

 そこの人たちは、私達の国をジャパンとかヤポネとか言っていたと思う。」


あ、ジパングとかもあったっけ。

まあ、いいか。


黄金の国とか嘘っぱちだしね。

学生時代に授業で始めて聞いたとき、

マルコポーロよ、それは随分と装飾過多だよとか思った。


「似てるな。」


何が?


「ええ、似てますね。

 ヤポネとヤトーネ、似通ってますね。

 おそらく貴方の島は、ヤトーネと同じ祖を持つものでしょう。

 そして、島だからこそ、文化がそのまま残されたということでしょう。」


それはなんとなくありえないなと思うけれど、

否定するだけの材料は今の私には無い。


「ふうん、どんな島だったんだ?」


セランの疑問に、私の故郷を思い浮かべる。


「普通の島だよ。島の形は細長くて北の端と南の端で温度が違うの。

 季節があって、春は花が咲いて綺麗だし、冬は寒くて震えてた。

 海と山の幸で食べるものも美味しいし、温泉もあった。

 ここほどいろんな人種はいないけど、平和な島だと思う。

 彼方此方で楽しいこと苦しいこといっぱいあるけど、

 毎日、誰かがどこかで幸せで笑って、悲しみで泣いてた。

 この国と一緒だよ。」



そうそう、政治がどうの、経済がどうの、戦争がどうのと言われても、

いまいちピンッとこない。


私の日常で答えるとこんなふうになる。


それにしても、単語力の無さに改めて悲しくなる。

あんなにカースやマーサさんに教えてもらっても、

私の頭だと、こんなものだろう。



「そうか、いつかお前の島に行って見たいものだ。」


レヴィ船長の言葉に顔を上げると、暖か笑顔満開です。

その言葉に続くように、カースとセランも頷く。


彼らの笑顔に負けないくらい、私も笑顔で答える。


「はい。いつか。」


私の国は別の世界。

だから、そのいつかは来ないだろう。

でも、夢は見れる。


遠くなってしまった私の世界。

そこに皆と一緒に居る夢を。




*********





本日、セランと一緒に買出しに来ております。

最初に居るものを書き出して、順番にお店を廻っていくのですが、

セランがいくのは普通のお店ではないのです。


俗に言う問屋さんです。

私達がお世話になっているハリルトン商会のように、

あちこちの商館の持っている問屋街の倉庫に行くんです。


迷路のような石畳と水路の張り巡らされた道を、上に下にと行くのです。

街中の倉庫群は初めてだったので、きょろきょろと見渡していたら、

迷子になるところでした。


そして、今、セランが私の手をしっかりと繋いで引っ張られて歩いてます。

うーん、まるっきり子供のようですね。



最初に行ったお肉の問屋は、正に豚とか牛や鳥が生きたままそこに居ました。

これから、倉庫の中で血抜きして塩漬けや燻製、樽漬、干し肉などに加工するのだそうです。

プギーッと泣き叫ぶ豚さん達と目をあわすのが嫌で、目を極力逸らしてました。


豚さん、御免なさい。

美味しく食べられて成仏してください。南無。


そこで、セランは干し肉と燻製肉と買い求めました。

あの豚さんたちは、こんな姿に。

無情の風が吹き荒れますね。

この上は、美味しくいただかせていただきましょうぞ。



乾物問屋では干した魚や、干し野菜、干し果実などを買い求め、

そこで、鰹節もどきも発見しました。

お値段をみたら、以外に安い。

日本では高かったのにね。

加工の仕方が多分違うんだろうな。


ポケットからお財布を出して、一つ購入しました。

本当は10個セットになっていたのを、頑張って一つだけに分けて値切りました。

うん、頑張った私。


この国は船乗りが多く寄航するので、保存食には事欠かないそうです。

乾パンのようなものもあり、麺やお米の干したものもありました。


へえ。

なんだか、宇宙食みたい。

全部、干からびてる。


薬師問屋では、薬と調味料などを買い求めました。

胡椒とか塩とかですね。


倉庫の中に入ったら、物凄い匂いでした。

硫黄のような、正露丸のような、ニンニクのような、キムチのような、カレーのような。

とにかくありとあらゆる匂いが混ざった、鼻が曲がりそうな場所でした。


セランはお医者さんなので、ここはおなじみだったみたいで、すぐに買い物は終わりました。

鼻が駄目になる前で本当によかった。


こんな感じで、問屋街をとにかくうろうろとして、買い求めた商品を家に運んでもらうように、

セランは段取りよく話を進めていましたので、私は常に手ぶらでした。

勿論、私が個人で購入したあれこれも一緒に運んでもらってます。


セランは先程寄った、酒造商会の倉庫でなにやら珍しいお酒を見つけたらしく、

お酒のビンが幾つか入った袋を一つ持って歩いてる。


随分、にやけ顔でした。

酔っ払ったセラン見たことなかったけど、お酒、好きなんですね。


「あと1件廻ったら、医師会館に顔を出して終わりだ。

 一応、ビシンはお前の保証人になるからな。

 きちんと連絡しておかないとな。」


そういえば、そうですね。


「王城にはお前達が出立する日に連絡する。

 面倒ごとは極力無しにしたいからな。」


はい。

実は、王城から出た日に発行され渡された、新しい私の身分証明書のタグ。

それには、すでに保証人として王様の名前もしっかりと描かれてありました。

そして、保護者の欄にセランとなぜかポルクお爺ちゃんの名前が記載されていました。


受け取って冷や汗がたらたらと流れたのは、

私だけではありませんでした。


カースが言うには、セランにもし何かあったときは、

ポルクお爺ちゃんが私の身柄の引受人になる予備保護者に明記されているのです。


王様曰く、船に保証人も保護者も乗っているのでは用心が悪いと。

船が万が一沈んだらどっちも亡くなるので、単なる保証だと言ってました。

カースもセランもとっても苦虫を噛み潰したような顔をしてました。

本当に、王様はなんて不吉なことをのたまうのでしょうか。嫌ですね。


家に帰ってからカースがセランに言ってました。


「言い方は悪いですが、あのポルク様はもうかなりの高齢でしょう。

 セランの方がずっと若いですからね。

 貴方が早々に過労死しない限り、問題ないでしょう。

 気にするほどのことではないと思いますよ。」


まあ、普通ならカースの言う通りなのですが、あのポルクお爺ちゃんです。

セランがお爺ちゃんになっても、私がしわくちゃ婆になっても、

ポルクお爺ちゃんは、全く変わらず平気で生きてそうな気がするのは私だけでしょうか。


私の人生に、王城カムバックの道筋が描かれているようで、

なんだか首に縄をつけられた感じです。




まあ、とりあえずそれらはずっと先のことですので、

今は放置していこうと思ってます。

困ったら先延ばしって、日本人の性質だって誰か政治家がいってた気がするけど、

気にしないでいきましょうかね。




そうこう考え事などをしていたら、いつの間にか分厚い木と石壁で覆われた

大きな倉庫の前までたどり着いていた。

セランに手を引かれたまま、その倉庫の入り口をくぐる。


倉庫の大きさを例えていうなら、小学校の体育館くらい。

それが3つほど連なっているのだ。


入り口は一つだけだが、その広さと中身に圧倒されてしまう。


高さも広さも十二分にある倉庫の入り口付近に、

所狭しと並べられているのは、物凄い数の積荷。


大小さまざまな木箱が、それこそ天井まで届くぐらいに山積で所狭しと置かれている。

それに、人が10人くらい入りそうな大きな麻袋の塊に、木樽の塔が出来ていた。


その荷物の量に圧倒される。

引越し屋さんの引越し荷物の箱なんて比較にならない。


そして、倉庫の中盤から奥に至っては、がっしりとした鉄で出来た大きな棚が

碁盤の目のように均等に聳え立っていた。


大勢の人が働いていて、常に荷車のような台車であっちのものをうごかし、

こっちのものを動かしと、正にうろうろしてます。


働く人の中で一番目立つのは、入り口付近で大きな木枠のバインダーのようなものを持って、

大声で指示をだしている大柄な女の人だった。


彼女は、正に印象的な美人でした。

苺のように真っ赤な髪、そして、大きな黒曜石のような黒い瞳。

体つきは、ボンキュボンって、どこかで音がしそうなナイスバディです。

惜しむらくは、着ているワンピースのような服が黒一色と言う事だろうか。


気の強さが前面に出ている顔は、どこからどう見ても妖艶な美女です。

そして、その彼女に吐き出されている言葉は、妖艶とは程遠い乱暴なものでした。


「ああ、その荷は3日後だから、右の列、赤の枠に置きなさい。

 ちょっと、そこのマヌケ、さっき言った事を忘れたの。

 その荷物は2週間後に受け渡しと決まったから、左の一番奥の2番目の棚よ。

 何度も言わせんじゃないよ。 このオオマヌケ! きりきり働きな。」



彼女に叱咤された背の低い男の人は、首を縮めながら持っていた荷物を、

ガラガラと指定された左の一番奥に持っていく。


彼だけじゃなく、大勢の人間が彼女の指示でどんどんと荷物を積み分けている。

大きな荷物は小さいウインチを動かしている人が指示通りに荷台に載せる。


その台車、普通のとちょっと形が違います。

大きなコロがあるのはびっくりしませんが、前が曲がってます、下に。

こちらから見ていると、台車の形がひらがなの「へ」の型になっているんです。



棚に載せる様子をみて納得しました。 

ああ、梃子の原理ですね。


荷物を台車の端に寄せ、2,3人で台車を斜めにしてぐいっと棚に乗るように持ち上げます。

荷物は丁度「へ」の先の曲がった場所へ移動されて、

持ち上げられた荷物は、棚より少しだけ高い位置にありました。


棚の上には丸い木が等間隔に並べられ、その上に木の板が載せてある。

その上に係りの者が荷物を引き下ろして、所定の場所まで転がしていく。


手動式ベルトコンベアーですね。


ちょっと見ていただけでも、100以上の荷物があっという間に整理され、

また、同じ数だけの積荷が外から運び出される。


正に流れ作業。

実に機能的だ。


そんな中、様子を見計らって、セランか大声で怒鳴っている彼女に話しかけた。


「よう。 相変わらず元気だね、カレン。」

 

木枠のバインダーに貼り付けられた紙をパラパラと捲っていたカレンと呼ばれた彼女が、

豊かな赤い髪をさっと横に寄せながらセランの方に目を向けた。


「あら、セラン先生。 ごきげんよう。

 今日は何か御入用ですか。 

 あら、可愛い子供連れて、ああ、この子が噂の貴方の娘ね。」


どんな噂なんでしょうか。


「ああ、そうだ。 俺の娘のメイだ、よろしく頼む。」


とりあえず、初対面の方なので、しっかりお辞儀して挨拶します


「メイです。 よろしくお願いします。」


カレンさんは、真っ赤な髪をゆっくりと払い微笑んだ。


「カレンよ。うふふ、可愛いわね。」


その手が、私の頭にのびて、ゆっくりと撫でられた。

なんだか、子供扱いされてますよね。



「カレン、忙しいとこ悪いが、ちょっといいか。」


セランは眉を上げ、頭を軽く掻きました。


カレンさんは、ちょっとだけ考えて、頷いた。


「いいわよ。」


すぐ近くで、荷物に赤い色のチョークのようなもので暗号のような

数字のようなものを木箱などに書き入れている男をよびつけて

手に持っていた木枠のバインダーを渡した。


「これしばらく頼むわ。

 私は、奥の事務所に行くから、いいわね。

 お前達、私が見てないからって、サボるんじゃないよ。」


カレンさんは、大声で皆さんに渇を入れてました。

女性なのに、凄いですよね。

まるで、倉庫の女王様のようです。




私達は、カレンさんに案内されて、倉庫の奥にある部屋に連れて行ってもらった。

そこは、本当に事務所でした。

平机と長机が置かれて、書類と物が散乱し、大きな黒板のような壁には、

ピンのような小さな杭で沢山の紙が貼り付けられていました。


うわっと大の大人が逃げ出しそうなくらいの散乱ぶりに、

セランも顔をゆがめてます。


そんなセランに全く頓着せず、カレンさんは、部屋奥の多分ソファセットと思われる場所の

上のある物をよいしょっと持ち上げて、長机の山の上に積み重ねます。


ぐらぐらしている荷物は、今、正に雪崩警報が発令中です。


「さあ、どうにか座る場所が出来たわ。

 周りは気にしないで、座ってちょうだい。

 壊れるようなものは多分無いけど、足元にだけ注意してね。」


そう言った矢先に私の足の下には数枚の紙が落ちていて、

案の定、ずべっと滑りました。


ドン。

スザザザザー。



痛いです。

お尻を打ち付けました。


それに、大きな音がして、後ろで雪崩が起きたような音が聞こえました。

セランが、あーあと口を大にして開け、カレンさんも、あらっと可愛らしく笑いました。


……聞かなかったことにして、後ろは振り返りません。

多分、見るのも怖い惨状だと思われます。


「す、すいません。」


私のお尻が大きすぎるのが敗因でしょうか。

雪崩の実行犯は私でした。



「あら、気にしないで。

 毎日のことだから。」


……あえて、何も聞かないことにします。

カレンさんはどうやら片付けの才能は無いようです。

こんなに美人才女さんなのにね。



とりあえず、セランと一緒に促されて、カレンさんの正面のソファに座りました。


「で、なにが欲しいの?」


カレンさんは、ソファに深く腰掛けて、首を可愛く傾げました。



「ファブリアド遺跡やその周辺について、なにか情報は無いか?」


セランは、ズバッと欲しいものを告げました。

情報って、カレンさんは倉庫の管理人とかではなかったの?



「遺跡ねえ。 最近じゃあ、何も無いわね。

 その周辺の森については、いろいろあるみたいだけど。」


カレンさんは、右の人差し指をこめかみにあてて、斜め上を見てます。


「いろいろとは?」


セランがぐいっと、前に身を乗り出します。


「たいしたことじゃないわ。 

 あの周辺の森の野鳥や動物達の生息域が変わったらしいくらいね。」


カレンさんは、軽く手を振って笑いながら答えた。


「そうか、わかった。

 あと、レグドールの祭りについて、詳しいことを知らないか?」


レグドールと言ったとたんにカレンさんの目が、険しく光った。


「セラン、アンタ、まさかレグトールの里に行くつもりなの。

 止めときなさい。 命が幾つあったって足りないわよ。」


セランに軽く肩をすくめて答えた。


「俺じゃないし、里には行かない。

 近場だから、一応という範囲だ。」


カレンさんが、小さなため息をついた。


「そう、ならいいけど。

 でもその遺跡に行こうって言う馬鹿に、言っておいて。

 今、行くのは、世界一の大馬鹿よって。

 命が惜しければ行くのは来年以降にしなさいって忠告しておいて。」


来年以降?

なんで、今年ではいけないの?


「何かあるのか?」


セランの言葉に、カレンさんはにっこり笑って足を組み、顔を横にプイッと向けた。

カレンさんは、何も言わない。


「まず、これなんだがな。」


セランが、ごそごそと袋の中から一本のお酒を取り出した。

ゴトッと音をさせて、赤ワインのようなビンを机の上に置いた。


「あら、セラン、いいものもってるじゃない。

 これ、ラシェルの3年ものでしょ。 悪いわねえ。」


カレンさんが満面の笑みを浮かべてワインに手を伸ばした。

そのワインに手が届く前に、セランの手がワインのビンを押さえる。


「それで?」


カレンさんの、手がビンに伸ばされてビンの頭を持つ。


「今年は、なんでも100年に一度の大祭があるらしいわよ。

 でも、私が見たところ、その大祭はどうやらやばいらしいのよ。」


「どうやばいんだ?」


「……いつに無く大きなお祭りで、遺跡の跡地が会場らしいわ。」


「遺跡内で祭りをするのか?

 それが、やばいってことなのか?」


「ええ、どうやらそうらしいわ。

 100年前の資料にも、そのように書いてあったらしいの。

 それに、やばいっていうのは、その遺跡内部。

 レグドールが遺跡に何かを隠してる。」



セランが手をビンから離した。

カレンさんが、ビンの頭をヒョイっと持ち上げて、腕の中にビンを抱え込んだ。


カレンさんはビンにちゅっと軽いキスをして、自分に右脇に置いた。


「何かとは、何だ?」


「……知らないわ。 近くによって見た人間が居たわけじゃないし。」


セランが袋からもう一本のお酒を出して、机の上に置く。


「ああ、それは、ラフォンテの5年もの!」


カレンさんの手が、またもやビンに伸びる、

セランが同じようにビンを取られまいと押さえる。


「で?」


セランはにっこりと笑って、カレンさんに先程の話題の先を促しました。


「流れてきた情報によると、闇市で買われてきた子供や女性が、

 レグドールの里に集められているらしいわ。

 その数は100人程。」


100人?

そんなに?


「100人も集めて何をするんだ。」


「知らないわ。だけど、碌なことにならないことは確かね。

 ただ、祭りのために集められたという事実は掴んでる。

 あの一族は、他の一族との血の交流を良しとしないから、

 一族の血を増やす為とかではなさそうよ。」


セランの手からお酒のビンがカレンさんに移動する。

カレンさんは、そのビンを頬擦りしながら抱きしめていた。

その顔は途轍もなく緩んでいる。


「祭りに、100人の余所者、嫌な予感がびんびんするな。」


「でしょう。 だから、今は様子見なの。

 それに、谷のあちらこちらで崩落事故があったようで、

 里の人間はぴりぴりしているの。

 だから、うかつに近づけないのよ。」


カレンさんは、先程のビンとは反対側、左脇にそのビンを置いた。

両脇に酒ビンを抱えて、凄くご満悦だ。



「崩落事故? 酷いのか? 怪我人は?」


「さあ、でも10人かそこらの人間は死んだと思うわ。

 森近くの墓地の墓石が10ほど増えていたから。」


セランは、何か考え込むようにしていたが、ふうっと一息をついてソファに寄りかかる。


「まあ。それは気にしても仕方ない。

 他には、気になる点は無いか?

 取っておきを隠しているんだろ。」


カレンさんは、妖艶に笑って、足を組み替えた。


「あら、これで全てよ。

 私だって、万能じゃあないわ。」


セランは手の平を左右に振りながら、ふんっと鼻息荒く笑った。


「何言っている。レグドール内部にまでお前の情報網は走ってるだろ。

 隣国の教皇の寝間着の色や、山の向うの国の王様の変態趣味まで知っているお前が、

 どの顔でそんな台詞をはくんだか。」


はい?

カレンさん、そんなになんでもご存知なのですか?

実は、スーパー情報屋さんですね。

でも、寝間着の色や変態趣味なんて、知っても得しないと思うのだけど。


「この美しい顔よ。決まってるでしょう。

 この子達のお陰で、今夜は楽しく、人生は正に薔薇色よ。

 今日は、早上がりしなくちゃ。」


両脇に抱えたビンをしっかりと抱きしめて、帰る算段をし始めたカレンさん。

体が、そわそわと貧乏揺すりを始めました。


セランが、ふうっと大きなため息をついた。


「もう無いんだな。 取っておきにふさわしいものもあるんだがな。」


カレンさんの首がグリンと人形みたいに回った。


「何? 見せて!」


セラン顔がにっこりと笑う。


「その二つよりも更に格上の薔薇色だ。」


カレンさんの目が血走ってます。

美人が目を吊り上げて、狂気しているのはかなり怖いです。


「……わかったわよ。 

 祭りはレグドールが神の力を得る為に、100年に一度行われる大祭らしいってこと。

 その祭りでは、古の力を呼び起こす為、長の息子が祭事を司るらしいの。」


「長の息子?」


「ねえ、ラベルの端でもいいから、見せてよ。」


ねえねえと、カレンさんが体を前のめりにして、セランの顔を伺う。

セランは眉を寄せて、難しい顔をしていた。


「長に息子が居たのか?」


レグドールでは、最近子供が生まれにくくなっていると噂で聞いている。


セランは袋から、最後のお酒のビンを取り出した。

カレンさんの目がらんらんと光る。


「そ、それは、シャトレーゼベルルの10年もの。

 セラン、早く、その子をこっちに頂戴。」


伸ばされた手を、さっと避けてビンを手元にセランが抱え込んだ。


「情報が先だ。 解ってるだろ。

 このワインの対価にふさわしい情報を全て、教えてくれたらこの子はお前のものさ。」


なんだか、セランの台詞って、悪人のようですよ。



「……わかったわよ。 

 長には娘しか居ないはず。

 多分、長の甥。 弟の息子の子供だと聞いたわ。

 レグドールは彼を筆頭にして、随分鼻息荒いことをしているらしいの。

 世界はこれで、レグドールの物だとか、夢みたいなことを言ってるわ。

 それにもう一つ、闇の影が、その裏で神の力とやらを求めて動いているらしいの。

 最近、遺跡に関する記述書や古文書、学者が何人も闇の影に攫われているの。」


は?

学者さんが闇の影に攫われているらしいんですか。

ってことは、コナーさんも、もしかして、もしかするんですか?


「アンタ達が探しているのは、多分コナーでしょう。

 私のところにも耳に入ってる。

 多分、コナーは祭りが無事に終われば、問題なく帰ってくると思うわ。

 攫われた学者達は、一様に一定期間の仕事だと家族に告げているらしいの。

 置手紙があって、必ず無事に帰すから問題ないと、

 闇の影の責任者が保証しているらしいの。

 闇の影は、一度言葉にしたことは必ず守るから、どうであれ問題ないはずよ。」


闇の影って、暗殺さんですよね。

毒を呷って死のうとした、あの男の人。

そんなに信用していいのですか? 

 

「これで、本当に、本当に全てよ。

 ねえ、お願いセラン、意地悪しないで。

 私にその子を抱きしめさせて。こっちに頂戴。」


カレンさんは、手のひらを上に両手をぐいっと突き出した。

 

「ああ、わかった。」


セランの手から、カレンさんの手のひらの上にお酒のビンが乗せられた。

それを奪い取るようにして素早くカレンさんがお酒のビンを両手でぎゅっと抱きしめた。

まるで、本当の我が子のようですね。



 

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