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箱をあけよう  作者: ひろりん
第5章:遺跡編
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セランの後悔。




お客様を無事見送った後、皆で改めて居間で顔をあわせて

早速話し合いを始めることになりました。


セランは、むっつりと黙ったままです。

腕を正面で八の字に組んだまま、大魔神のような顔でどすっとソファの長椅子に座った。


私は、セランの横に座り、先程から疑問に思っていたことを

とりあえず聞いてみることにしました。


「ねえ、セラン。

 セランの言っていた事って、…本当のことなの?」



セランのあの時の悲しそうな、苦しそうに歪めた顔が、頭から消えません。

作り話にしても、あの顔が嘘だなんて信じられなかった。


セラン大魔神の顔が、柔らかないつもの顔になり、

組んだ腕をとき、横に座った私の頭を、そっと撫でました。


「……そうだな。 

 俺の娘になったからには、メイ、お前にも知らせるべきだろうな。

 レヴィウスもカースも、聞いてくれるか?」


レヴィ船長は居間のいつもの定位置に座り、カースは私達の前の長椅子に座った。

私も、セランの話を聞く為に背筋を伸ばして、深くソファに腰掛けました。


セランは、ちょっとだけ笑って全員を見回した後、

大きく深呼吸して、真剣な顔で話を始めました。


「さっきの話は全て本当の事だ。 

 俺の妻は言語学者で、娘もいて、俺は故郷の村医者をしていた。

 特に変わったこともなく、ごく普通のどこにでもあるような一家だった。

 貧乏だし、金があるわけでもなかったが、幸せだった。

 ある日、妻の研究が国に認められ東都の研究所に勤めることになり、

 それにあわせて、俺も国の王立病院に勤めが決まった。

 家族そろって東都に引越し、すべてが順風満杯のように思えた。」


セランの目は、遠いところを見るように斜め上を見つめていた。

その顔には感情が一切見えない。


 

「ある日、妻の研究内容が危険すぎるとの告発があり、

 妻はいきなり研究所から辞職を言い渡された。

 そして、その日から怪しげな連中が俺達の周りを徘徊し始めた。

 俺は、身に危険が及ぶかもしれないと考え、受け持ち患者の引継ぎを済ませ、 

 病院を辞めて俺の故郷に帰る算段をつけていたところで、

 泥棒が入り、妻の研究資料は盗まれ、妻は殺され家に火をかけられた。」


その淡々と語られる内容は随分物騒だ。

セランの顔は無表情のままだが、次第に声が震えてきた。



「俺が知らせを受けた時には、全身にやけどを覆った娘は虫の息で、

 痛む体に涙しながら、家に帰りたいと朦朧とした意識の中で呟いた。

 俺は、すぐに娘を連れて故郷の元の家へと急いだ。

 だが、娘は家にたどり着くことなく、道中に亡くなった。」


セランは、ゆっくりと目を閉じ顔を下げ両手で頭を抱えた。

その大きな手は、声と共に震えていた体を押さえているようにみえた。


「…俺はずっと、ずっと後悔し続けている。

 あの時、何故東都に出たのか。

 あの時、どうして妻と娘だけでも先に故郷に返さなかったのか。

 どうして、俺は医者なのに、娘の命を助けてやれないほど無力なのか。

 何故、妻ならず娘まで運命は俺から奪うのかと。」


セランの、ぎりぎりに引き絞った今にも切れそうな弦のように悲痛な声。

こんな声はセランから始めて聞いた。


運命を過去を嘆き呪う声。

過去を乗り越えたわけではない苦しむ父親の姿がそこにあった。


私はセランの隣にそっと座り、その震える肩をゆっくりとさすった。


セランは、どんな患者だろうが一心不乱で、目の前の命を助けようとする。

いつでもどんな時でもぶれない医者としての姿勢。

だからこそ皆にあれほどまでに慕われ、尊敬されている。


そこにたどり着くまでに、どこまでの辛酸を舐めたのだろう。

人としても、医者としても、絶望という名前の重圧を一人で耐えてきたのだ。

それでもずっと、無力感に苛まれつづけている。

その上、後悔の念が、過去の楔が、セランを生涯蝕む。


なんて酷いんだろう。


私は、ぎりっと唇を噛んだ。


人間が生きているうちに大なり小なりで後悔しないことなんて無い。

私だって知っている。


胸の奥で、ツキンツキンと痛みが走る。


セランの場合の後悔は自分の決断を運命を悔やむこと。


私の後悔もずっしりと私の運命に降りかかった。

目の前にある運命を呪ったし、過去を取り戻したいと何度も祈った。


でも、時間は運命は、そして未来はいやおう無しに訪れる。

そんな空虚にも似た運命の足取りには空笑いで答えるしかない。


そうやって、一歩ずつ前に進む方法を見つけ、周りの景色を取り込むようになった。

その時に、私がたどり着いた答えがある。


「ねえ、セラン。 

 取り返しのつかない運命は確かにあるよ。

 その結果、セランのように後悔に苛まれる。

 運命を呪い、過去を悔やむ。

 でもね、運命の輪は誰の上にも平等に廻り続けているの。

 不幸と同じ数だけの幸福がある。

 私の国の昔から伝わる諺なんだ。」


セランが髪を振り乱して、肩に置いた私の手を跳ね飛ばし反論する。

その眼球は血走り、眦が上がる。


「娘はまだ6つだったんだ。

 死ぬほどの不幸と同じだけの幸福はどこにあった。」


私は、セランの狂気にも見える傷ついた目を、真っ直ぐに見返し、その両手を取る。


「私、セランの娘になってまだ日が浅いけど、セランの娘でいれて幸せだわ。

 だから、解るの。 

 セランの娘さんは、6年という短い歳月だったけれどセランの娘でいたことを

 後悔したことなどないって。

 セランの娘に産まれてきて良かったって死ぬその時まで思っていたって。」


セランの瞳が見開かれる。


「そんなこと……。」


私はセランの手を握る力を強くする。


「だから、確信できるの。

 もう一度生まれてくるなら、選べるなら、娘さんは必ずセランの側を選ぶわ。

 だって、セランが全身で愛してくれていたのを知っているから。」


セランの瞳に、ずっと我慢してきたのであろう涙が眦に浮かぶ。

そして、次々と大粒の涙が零れ落ちた。


「娘は、…生まれ変わるのか。」


私はしっかりと頷く。


「彼女は必ず生まれ変った先で幸せになるわ。

 だって、幸せの記憶を持っているから。

 そして、必ずどこかでセランに合える日を待っているの。」


私は、セランの縋るような視線に微笑み返し、自分の袖口でセランの涙をぬぐった。

カースが、横からすっとハンカチを差し出してくれたのでそれを受け取る。

 

「セラン、貴方の運命の輪は廻り続けているの。 

 その輪の行く先を見つめるのが、生きていく者の決まり。

 だから、私達は精一杯前を見て、幸せを見つけるの。

 不運を消すほどの幸せを。

 生まれかわった娘さんも、必ずそうしているはず。

 だから、セラン、自分を、運命を責めないで。」


ハンカチをセランの目尻に当て涙をふき取る。

しばらくそうしていたが、ハンカチの重みが増した頃、

セランの右手がそっと私のハンカチをもつ手をとった。



「……俺は、許されていいのか。」


ぼそりと呟いた言葉に覆いかぶさるように、セランをそっと抱きしめた。

そうして、肩越しに言葉を紡ぐ。


「もう、いいのよ、セラン。

 もう、自分を許していいの。」


そうして、すがり付いてくる背中を抱きしめ、ぽんぽんと軽く背を叩く。

セランは、私の肩に額を乗せ、私の肩越しにまだ泣いているようだった。

私の肩の辺りが冷たく濡れていた。


しばらくして、大きなため息が肩口でつかれた。

落ち着いたようなので、抱きしめた腕を解き、セランに向き直る。

そして、まだぐずぐずと情けない顔をしたセランの肩をパシッと軽く叩いた。



「娘が許しているのよ。

 セラン本人が許さなくてどうするのよ。

 それに、そんな情けない顔はセランには似合わないわよ。」



セランは濡れてぐしょぐしょになったハンカチを膝に置き

真っ直ぐに私を見返して微笑んだ。



「そうだな。」



その微笑は、何かを吹っ切れたように見えた。

私は、ほっとして肩の力を抜いた。







やっと落ち着いたセランにようやくカースが声を掛ける。



「そうでしたか。 

 随分、メイの設定が細かいと思っていました。

 セランの本当の娘さんの情報だったのですね。」


あ、そういわれてみればそうですね。


セランは、レヴィ船長、カースと見渡した後、私の顔をじっと見つめた。



「ああ、そうだ。 娘が生きていたら、17になる。

 この国に申請したお前の履歴に嘘は無いんだ。

 娘の遺体は、旅の道中の見晴らしのいい丘の上に埋めた。

 娘の死亡届けも俺は出さなかった。

 一刻も早く、あの国から出たかったんだ。

 だから、誰もメイが俺の娘でないと疑う奴はいない。」


セランは目を細めながら、私の髪をゆっくりと撫でた。


「…セランは、本当は嫌だった?

 私が娘になることを。」


セランは娘の身分証明を私の為に用意してくれた。

昔の事情を聞く限り、その心中は穏やかだったとはいい難いだろう。


「いいや。船でお前のことを知る度に、俺はお前に娘の存在を重ねた。

 そして、いつしかお前との出会いは娘がくれた運命かもしれないと思うようになった。

 レヴィウスとカースにお前の身分証明を作る為の相談を持ちかけられた時、

 当然のように娘にすると言ったのは、そういう事だ。」


娘さんが私とセランを引き合わせたということなんだろうか。

もしそうなら、私こそ娘さんに感謝しなくてはいけない。


「セラン、私を娘にしてくれて有難う。」


今更遅すぎるきらいもあるが、きちんと言っておきたい。

私は、本当に感謝しているし、セランの娘になれて本当に嬉しいのだと。

 


「最初は贖罪のつもりだった。

 娘にしてやれない分、お前を幸せにすることが俺の使命だと。

 俺の身勝手だ。 解ってる。

 だけど、俺は今、俺の決断を誇りに思っている。

 メイ、お前は俺の娘だ。 俺が決めた俺の娘だ。」



セランの目には、先程までの悲壮な色は見えない。

青い瞳は真っ青な空のように、輝いていた。



じっと黙って聞いていたレヴィ船長が、セランを真っ直ぐに見詰め言葉をかける。



「セラン、苦しい過去があったからこそ、

 我々との出会いがあった。

 俺達はいつもお前に感謝し、仲間として、友として絶大な信頼をおいている。

 俺の船の船医を任せられるのはお前だけだ。 それを忘れてくれるな。」



レヴィ船長の言葉は、ずしりと重い。

他の誰が千の言葉、万の言葉を積み重ねようと、

レヴィ船長の短い言葉は心に光の道をつくる。


「ああ、忘れない。

 ありがとう、レヴィウス。 最高の賛辞だ。」


未来を運ぶ言葉をもつレヴィ船長を、その言葉を受け取り力強く答えるセランを、

私は眩しいものを見るように見つめていた。



いつか、どこかで、お前だけだと言ってくれる言葉を、

私は誰かにもらえるのだろうか。


それが、レヴィ船長ならば天上に登るほどに幸せになれるかもしれないと、

ちょっと想像して、へらっと笑っていた。



程よく濡れたカースのハンカチで鼻をチーンと勢いよく噛んだセランは、

ニカっと笑い、カースとレヴィウスに向き直った。



「ということで、俺は娘を危険にさらす行為は絶対反対する。」





ああ、そうでした。

その言葉で思い出しました。

遺跡のところまで、私が一緒に行くかどうかと言う事ですね。


「お前やカースがついて行くことで疑いを持つわけじゃない。

 というか、一番の懸念はメイ自身だ。」


は?

私?


「まあ、そうでしょうね。

 私の心配もそこにあります。」


カースまで。

私が一体何をしたと。


……言いかけて、思い出しました。


私もわかっているはずなのですから、反論できるはずが無いのです。



「メイは必ず、何か事件に巻き込まれる。

 それも渦中の栗を拾うぐらいの真ん中で。」





はい。

そうなのです。


今までの私の行動パターンなんて、ここにいる誰しもが知っている。


だって、降ってくるんですよ。

避けられないというか、避けそびれるというか。



だって、神様の守護者ですからね。

宝玉が自分から呼んでるんですよ。

逃げようとしても、追って来るんですよ。



だけど、逃げても追ってくるなら、

立ち向かうのが女の心意気というものです。



顔をぐっと上げて、決意を新たにする。



「セラン、カース、降ってきた事件に巻き込まれると言うなら、

 ここでもう巻き込まれているんです。

 ならば、逃げずに立ち向かうことが、解決の一番の近道です。

 レヴィ船長、私を一緒に連れて行ってください。」


スカートの裾をぐっと握り締める。


「だけど、メイ、ここにいれば安全なんだぞ。

 安全を選ぶことも、時には必要だ。」


セランは、真剣な目つきで私を説得にかかった。


「セランがもし私なら、レヴィ船長の友人を見捨てる?

 違うよね。 セランなら一緒に行くでしょう。」


セランの口角が軽く歪み、眉が右に上がる。


「だが、お前は女で俺は男だ。」


あ、なんだか男尊女卑発言です。

心配してくれるのは解るけど、それはどうなのかな。


私は、椅子から立ち上がって、

雄雄しく見えるようにぐっと片手で拳を固め前に突き出す。


「セラン、それは男であっても女であっても関係ないよ。

 私に出来ることがあって、それを必要とされているならば、私は行くべきなの。

 セランが医者として皆に必要とされているように、

 私も、自分を求めてくれる声を断りたくない。」


なにしろ、セランの娘だからね。

父親に恥じない娘でいたいでしょ。

そんな思いを込めてセランを見返す。



「ですが、今回は怪我ではすまないかもしれないですよ。

 万が一のことがあったら…。」


カースが必死の形相で私を振り仰ぐ。


「カース、どんな場所にも災難は降りかかるものなの。

 (降りかかる火の粉は払うべし)って言葉が私の国にはあってね。

 災難や火事は待っていないで、積極的に消しに行けってことなの。」


確か、そうだったと思う。

う、違ったかな?



「消しに行った結果、死んだらどうするのですか。」


立ち上がったカースの伸ばされた手が私の肩を掴み、強く揺さぶる。

カースの肩に置かれた手の上に自分の手を乗せ、カースの瞳を真っ直ぐに見返す。



「カース、私は死なないの。 そう決めているの。

 どんなに怪我をしても、どんなに死にそうな目に会っても、決して死なない。 

 必ず生きて帰ってくるわ。 だから、私を信じて。」


そういえるだけの確信がある。

何しろ、腐っても神様の守護者だ。

海で空で大地の上で死なない加護がある。

ゾンビにはなるかもしれないけれど、死なない保証は貰ってる。


それだけではないが、自分の生命力の強さにはちょっとだけ自信がある。

ゴキブリから数えて30番目くらいには生き汚いはずだ。

なにしろ、賞味期限を一月すぎた物体を食べてもなんとも無かった。



セランの大きなため息が聞こえた。

それにあわせて、カースの肩ががっくりと落ちる。



「カース、諦めるしかないようだ。 

 メイは言い出したら聞かない。

 全く、お前は、なんて娘だよ。親に心配ばかりかけて。」


セランの大きな手が私の髪をぐしゃぐしゃに掻き混ぜる。


「うん。セランの娘だからね。」


にっこりと笑うと髪をかき混ぜる手がとまり、人差し指が私の額をつんっと小突いた。


「生意気だぞ。娘の癖に。」


私は額を押さえて、上目遣いにセランを見上げ、へへっと笑った。


心配してくれたのに、御免なさい。

心の中で盛大に謝っておく。


それまで黙っていたレヴィ船長が机の端をとんとんと小突いた。

その音で皆の視線がレヴィ船長に向き直る。


レヴィ船長は右の口角をにっと上げて、笑って言った。


「決まったな。 

 メイとカースと俺はレイモン達と一緒に遺跡にいく。

 カース、バルトに船の出航準備の引継ぎをしろ。

 俺は今から3日の間に必要な書類を全てそろえて済ませる。

 それから、セラン、旅に必要な薬やもろもろの準備をしてくれ。

 メイは、その手伝いだ。 いいな。」



「おう。わかった。」

「ええ。わかりました。」

「はい。」


各々が自分の役割を胸にこたえる。


早速動き出そうとしたら、レヴィ船長の声が私達の足をとどめた。


「ところで、どうしてメイはロハニを解るんだ。

 それを先に説明しろ。」




説明って、どうすればいいのでしょうか。


 

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