お友達ですか?
大きな暖かい手が、私の背中でかすかに動く。
くすぐったいので、思わず首を上げると、
そこには楽しそうに笑うレヴィ船長の顔。
レヴィ船長の笑顔の近距離接近に、一気に顔が真っ赤になる。
赤く染まった私の頬に、額に、顎に、目の上に、レヴィ船長の右手が
私の顔の傷跡を、一つ一つ確かめるようにそっと触れていく。
最後に鼻をつつかれて、思わず目を瞑った。
その耳元でレヴィ船長がぼそっと呟いた。
「治ってよかった。」
その声にびくっと来て、無意識に瞼を数倍の速さで瞬かす。
レヴィ船長は私の反応を見て、子供のようにくっくっと楽しそうに笑っている。
「もう、レヴィ船長、からかうの駄目です。」
私がぷうっと頬を膨らますと、目を細めて微笑んだ。
その優しい微笑みにちょっとした憤りなど、あっという間に消えてしまいます。
釣られるようにして、つい私も微笑み返すのです。
「おい、あれは幻か。
俺の目が幻覚をみているのか?」
「大丈夫だよ、レイモン。
僕にもその幻覚みえてるから。」
「あ、あれ、誰? レヴィウスさん?」
「えーっと、多分、本物よね。」
目と口をパカーンとあけたまま、呆然としていた客人4人は、
思い思いに疑いを正直に口にする。
その4人の背後から、ずかずかとやってくる大きな足音。
「おい、レヴィウス、メイ、いい加減にしろ。
人前だぞ。というか、俺の娘でいつまでも遊ぶな。」
セランが、ふうっとため息をつきながら、重い荷物をどさっと居間の床に下ろした。
持っていった荷物の3倍の量に増えている私の荷物。
大きさも重さも相当量ある。
殆どがお城の皆からのお餞別です。
中身は、ティーダさんからいただいた手ぬぐい10枚セットに手袋、エプロン。
ポルクお爺ちゃんから貰った美味しいお勧め紅茶。
王様、王妃様からいただいた蜂蜜のビン。
トムさんから貰ったお砂糖壷と内緒オヤツ。
セザンさんから貰ったセザンさんのお手製クッキー。
マーサさんから貰ったピンクのナイトキャップ2枚セット。
ローラさんから貰った可愛い銀のピン。
ステファンさんから貰った可愛いお花の飾りがついたリボン。
シオン坊ちゃんからは綺麗な黄色の花の木のブローチ。
紫からは、かわいい鳥の模様がついたペンダント。
などなど、皆さんが思い思いにいろいろとお餞別を贈ってくれました。
皆、私の好物ばかりですね。
ですから、しっかりと抱きしめて帰りたかったのですが、
しかしながら重量はかなり重く、私では持ち上げる事が出来ず、
セランに頼んで馬車の荷駄に積んでもらったのです。
ドサっと落とされる荷物の中に、ガチャっという音も聞こえます。
セランの声と荷物の音で私は、はっと我にかえりました。
そして、こちらを見つめる初対面の人たちの目線を捉えたとたん、
恥ずかしさに今度こそ足の先から頭の先まで、真っ赤になった。
「あっ、えっ、だっ、ご、御免なさい。
あの、はじめまして、すいません。」
混乱して自分が何を言っているのか解らない。
とりあえずレヴィ船長から離れようとするが、
背中と腰に廻った手がいちいち邪魔をする。
右手を剥がせば、左手が。
左手を剥がせば、両手が塞がるといった感じ。
焦れば焦るほど、羽交い絞めのようになり、
気がつけば背中から抱えられている。
くっこれは、捕縛術かしら。
レヴィ船長は面白そうに笑っている。
「そうですね。皆、あれは、幻覚ですよ。
後ろを向いていてくださっても結構ですよ。
……いい加減、メイから離れてください。
レヴィウス、冗談が過ぎます。」
カースの腕が間に入って、ベリッと私達を引き剥がした。
なんとか、私とレヴィ船長の攻防は終わったようだ。
それにしても、冗談かあ。
本当に、なんて心臓に悪い冗談なのかしら。
私は、熱を冷やすべく自分の頬に手をあてた。
手のひらも熱いので、さっぱり熱が下がらない。
ぱたぱたと手をふって仰いで見るが、どうにもこうにも。
レヴィ船長は軽く肩をすくめ、
ソファの方で呆然としたままの友人達の側に戻っていった。
「メイ、疲れているのではないですか?
部屋で休みますか?」
カースが赤みが治まらない私を心配して、顔を覗き込んでくる。
「大丈夫ですよ。カース。」
にっこりと笑って返事をすれば、優しく頭を撫でられた。
カースも私に微笑んでくれる。
そんな優しいカースに対しても、お客様達の反応は極端だ。
「おい、俺は明日死ぬのかもしれん。
カースのあの顔は、なんだ。」
「止めろよ。俺まで巻き添えをくいたくないよ。
レイモン、下手なことは口走るな。 悪魔が降臨する。」
「ねえ、これってどういう関係なのかしら。
やだ、ドキドキしてきちゃった。」
「カースさんって、女嫌いじゃあなかったのね。」
なんだか、皆さん随分な感想をお持ちのようですが、どうしてでしょう。
カースはくるりとお客様の方を向きました。
「久しぶりに会った友人に対して、随分な言い草ですね。
貴方達、覚悟は出来ていますか?」
こちらからは見えませんが、カースは怒っているのでしょうか。
なんとなく、全身から黒いオーラが見えるような見えないような。
「「「「……すいませんでした。」」」」
皆さんの真っ青になった顔が、一気に下げられました。
腰90度角度のお辞儀というより、160度くらいの角度ですね。
ひとしきり謝って謝り倒したお客様は、冷ややかな目のカースの勧めで、
皆で隣の食事部屋に移動した。
ソファでは椅子が足りませんからね。
壁際にあった予備の椅子を、長テーブルに幾つか移動させる。
全員が座れるように等間隔に並べる。
あ、そういえば、お客様にはお茶出すものですよね。
今、見た限りでは、お茶はまだ出ていないようだった。
「レヴィ船長、お茶の用意をしてきます。」
そういって、私は台所に小走りで向かった。
一月ぶりに帰ってきた家の台所。
紅茶の場所、ポットの位置、カップの置き場、何一つ変わってません。
変わっていたらどうしようと思っていただけに、ちょっとほっとしました。
荷物から手ぬぐいとエプロンを出して、装着します。
うしろできゅっとリボンを締めると気持ちいいですね。
王城で貰ったセザンさんのクッキーとトムさん作のオヤツを私の荷物から出し、
大きなお皿にそれぞれ並べました。
トムさんのオヤツは食べる前に暖めたほうが美味しいと聞いたので、
真っ赤に焼けた温石の上にフライパンを置いて、軽く暖めました。
いいにおいです。
皆にも食べて欲しいなって以前から思っていたから、最高のお土産になりました。
ポルクお爺ちゃんに貰った紅茶の蓋を開けて、
茶葉をポットに入れお湯を注ぎ、ポットにティーコーザーを被せ蒸らします。
お替りのお湯挿しとクッキーとオヤツの大皿、砂糖壷、蜂蜜を小皿に入れて、
カップと食器を人数分用意して、ワゴンに載せました。
マーサさんの教えで、必要な数を再度確認してから、
お手拭を濡らしてワゴンに置きました。
よし、完璧です。
きゅるきゅると軽い音を立ててワゴンを押していると、
カースがやってきました。
「どうしたんですか? お客様のお相手はいいんですか?」
ワゴンの足を止めてから、カースを見上げるといつものカースです。
やっぱりカースは優しいのです。
「いいんですよ。彼らは気心が知れた者ばかりですからね。
それより、人数が増えたので一人では大変でしょう。」
人数が増えたって言っても、王城では最後はいつも10人を越えてましたからね。
お茶の用意も慣れたものですよ。
それに、ワゴンもありますし、問題ありません。
「有難う、カース。
大丈夫です。多分。」
確実とはいえないですけどね。
とりあえず足元には注意しながら進まなければいけないです。
「そうですか。やはり一月の間に貴方は、成長し逞しくなったのですね。」
逞しくですか? 筋肉は正直ついてないと思いますが。
二の腕は相変わらず、お振袖だし、ぷにぷにですよ。
背の高さは一向に伸びてないというか、もう伸びない。
「そうなのかな。 別段、私は変わらないですよ。」
さっき、帰り道に変わらないですねって言った本人が忘れたんでしょうか。
「落ち着きが無いのは変わらないですが、やはり少しは成長してほしいですね。
貴方も少しは成長しないと、怪我が絶えないでしょう。
貴方は、私の…妹なのですから。そうでしょう。」
カースの言葉にむっと反抗心が沸き反論しようとしたが、
その瞳に揺れていた戸惑いのような悲しい瞳にかき消される。
思わず、カースのそうでしょうっと言う言葉に、そのまま頷いた。
私の怪我を知って、随分心配をかけたのを、今更のように思い出したからだ。
寂しそうなカースの瞳を見返し、自然に口から言葉が出てくる。
「カース、心配かけてごめんね。 ただいま。」
瞳を見ながら、ただいまの挨拶をする。
口から出てきてから気がついたが、
そういえば、レヴィ船長にしか、ただいまの挨拶してなかった。
「……メイ。 お帰りなさい。」
カースの瞳から、悲しい色が消え優しい色に変わった。
さらっと私の髪が撫でられ、耳元で髪が遊ぶ。
優しい手が名残惜しそうに離れていった。
******
ワゴンを押して、皆が待つ部屋へ帰ると、
お客の4人は、セランと楽しそうにお話をしていた。
「そうなんですか、彼女はセラン先生の娘さんなんですね。」
トアルがセランの隣に座ってにこやかに話をしていた。
どうやら、彼とセランは面識があるようだ。
「ああ、容姿は妻に似たが、性格は俺に似たから、抜群に気立てはいいぞ。」
随分な自慢げなセランの顔に私の顔が引きつる。
「おい、親馬鹿っていうものじゃねえのか。」
机を挟んで正面隣にレイモンが座っていた。
「やだ、レイモン。そういうことは思っていても口にしたら失礼でしょう。」
レイモンの横に妻のデリアが座っていて、レイモンの腕を景気よく叩く。
「デリア、貴方のその言葉の方が失礼だと思うのだけど。」
デリアの隣に座ったウィケナが、小刻みにデリアの肩を揺すっていた。
中央にレヴィ船長を挟むようにして、右にセランとトアルが座り、
左にレイモンとデリアとウィケナが座っていた。
レヴィ船長は長机の一番端。
家の主人の座る場所にいつものように座っている。
レヴィ船長のすぐ右隣と左隣が空いていて、
どうやらそこがカースと私の席のようです。
カースが席につき、私は、皆さんに紅茶を入れて一つ一つ置いていき、
取り皿を用意してオヤツの大皿を回しました。
勿論、レヴィ船長には一番に回しましたよ。
私が席について、お客様にまずは自己紹介です。
レヴィ船長とカースが、簡潔に紹介してくれました。
「皆、彼女がメイだ。」
私は軽く目を下げた略式のお辞儀をしてから、挨拶をしました。
「メイです。 よろしくお願いします。」
4人の目がじっと見つめていてちょっと緊張するといいたいところですが、
実は、ちょっとだけ皆さんの目線が、いえかなり目線がずれてます。
見たこともない魅惑のおやつに女性達の目がキラキラと輝いています。
その様子に、はあっとため息をついたカースが友人達の紹介を始めた。
「セランの隣がトアル。私の隣がレイモン。
その隣がレイモンの妻のデリアとコナーの妻のウィケナです。
コナーとウィケナの兄のディコンは、今ここに居ませんが、
彼らも私達の幼馴染になります。」
カースの物凄く簡単な紹介説明に、
トアルさんという茶髪の人が文句をいいたそうにしていたのだけれど、
女性陣のキラキラ光線にとりあえず黙っていることにしたようです。
ですけれど、とりあえず名前はわかりました。
「これは、何かしら。物凄くいいにおいがするのだけれど。」
「本当に、いいにおい。見たことないけれど、美味しそう。」
二人が恐る恐るというか、嬉しそうに手を伸ばしたのは、
トムさんの新作オヤツ。
チーズのマドレーヌです。
形は、どちらかというと正方形の食パン型に近いのですが、
食べた感触から、これはマドレーヌでしょうと確信しましたよ。
しとっとした舌触りなのに、ふわふわの食感。
香ばしいチーズの香りと鼻に抜ける柑橘系の香りが、たまりません。
チーズケーキという柔らかさではなく、焼き菓子の香ばしさが舌の上で広がります。
暖めたせいでまだほかほかの湯気が出ているマドレーヌが、
見た目にも、また匂いでも引き寄せ効果を倍増している。
「はい。トムさんに作ってもらった新作です。
凄く美味しかったので、皆にも食べて欲しくって、トムさんにお願いしました。
レヴィ船長、カース、セラン、それから、皆さん、食べてみてください。」
大きなサイズの竈で作ってもらったので、皆で別けても十分な大きさです。
切り分けた先から、ふわんと香る湯気がそそりますね。
にこにこと笑って皆に勧めました。
「う、旨、なんだ、こりゃ。」
「うん、美味しい、ほのかに甘いね。」
「いや、なにこれ、美味しい。」
「本当に、さわやかな味で美味しいわね。」
お客の反応はなかなかです。
「お好みで蜂蜜やお砂糖をつけても美味しいですよ。」
そう勧めると、女性陣は我先に蜂蜜の小瓶に手を伸ばしました。
レヴィ船長達はというと、もくもくと食べてます。
「これは、チーズか? 酸味と甘味のバランスがいいな。
体にもよさそうだ。 有難うな、メイ。」
一口食べて、後は、一口ずつ吟味しながら食べたせランは、
紅茶のお替りを要求してきた。
セランにはちょっと甘かったようだ。
「香ばしくて美味しいですよ。メイ、有難うございます。」
カースが穏やかに笑って綺麗にフォークとナイフで切り分けて食べています。
「暖めたのか? なるほど、旨いな。」
レヴィ船長はさくさくとマドレーヌをフォークで切り分け、食べていきます。
その言葉と食欲に机の下で思わずガッツポーズです。
トムさん、お土産有難うございます。
「はあ、どこのお店に行ったらこれ手に入れられるの?」
茶髪の女性のデリアさんは、姿形がなくなった
マドレーヌの空いたお皿をフォークで擦っている。
「もしかして、貴方がつくったのかしら?」
ウィケナさんが、にっこり笑って私に微笑みかけます。
「え? いいえ。 私ではないですよ。
お城の料理長のトムさんの作品です。
トムさんは、レナードさんの兄弟子なんですよ。
私はトムさんのオヤツの信望者なのです。」
トムさん?
と言いながら首を傾げる二人の女性。
この反応では、皆もトムさんファンクラブに入るかもしれませんよ。
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皆でオヤツタイムは無事に終わり、レヴィ船長が話を始めました。
「カース、持ってきたか?」
カースは頷いて、一冊の本と数枚の羊皮紙を机の上に置きました。
レヴィ船長はその本を見てから、皆の顔を見渡した。
「前の航海で引き寄せられた、海図に無い島で見つけたものだ。」
海図に無い島?
「ああ、思い出した。 ほら、メイ、あの島だ。
お前がレーンの花を見つけたところだ。」
セランがぽんっと手を打つ。
おお、照がおじいさんと一緒に暮らしていた島ですね。
「海図でいうとこの辺りなのですが、もう一度行くのは困難ですね。
我々が島を出た後、大きな渦が島の周りを覆ってましたから、
帰って来れなくなる可能性が高いです。」
カースは海図の上で指をとんとんと叩きます。
そういえば、照の力であの島隆起させていたんだよね。
そっか、渦が凄かったし、もしかしたらもう沈んじゃったかもしれないね。
「で、その本や地図は一体なんなのかな。」
トアルが興味深そうに、カースの前に置かれた海図と羊皮紙を覗き込む。
「冒険家、ワグナーの手記と宝の地図だ。」
レヴィ船長が淡々となんでもないように語る。
お客の4人が4人とも、目を見開いて固まる。
「あの島はそもそも、遺跡でもあったようで、
ワグナーが最後の地として選んだ場所だったのでしょう。」
遺跡?
あの島っていろいろ不思議な感じで。
そういえば神殿のような石とかあったような、
なかったような、うーん。
「だから、お前のところの船員がたまたま拾った石版を売ったら、
コナーが引っかかったんだな。」
レイモンさん、引っかかったって、お魚ではないんですから。
「その島の遺物とファブリアド遺跡は繋がりがあるんだろうか?」
トアルさんが、カースの手から本と羊皮紙を受け取り、ぱらぱらとページをめくる。
「私達にはわかりません。
何しろ、古代文字です。 読めませんからね。
ですが、コナーならば、研究対象に最適だと喜んだでしょうね。」
カースの言葉に肩を軽くすくめ、トアルさんはセランの方に本と羊皮紙をまわした。
セランは、数ページめくった後、顔を歪める。
「なんだ、これ。
子供の絵描きか。絵文字に近い記号か?」
パタンと本は閉じられ、それらは私に廻ってきた。
私もその本をぱらぱらとめくって、びっくりした。
このなんともいえない丸みをおびたフォルムに、
角角しい形が混じり、遊んでいるのではないかと思うほどに記号っぽいものがちらほら。
それは、私にはとってもなじみのある文字。
そう、これは、
に、日本語ーーーー???
誤字直しました。
有難うございました。




