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箱をあけよう  作者: ひろりん
第5章:遺跡編
110/240

街の子供達:中編

イルベリー王国。


この国の建国の歴史は他の国にくらべると比較的新しい。


海と谷と森に三方を囲まれた自然豊かな恵み多き土地には、

もともとの土着民族がいた。


彼らは海の民、イルドゥクと、谷と森の民、イグドゥールと呼ばれていた。

海の民は海の神を信じ、海の恵みを齎していた。

谷と森の民は大地の女神を信じ、山と大地の恵みを齎した。


彼らは相容れない考えをもつ一族ではあったが、それぞれに足りない所を補う形で、

お互いに譲歩しあい、この国の半分の大地をそれぞれ支配していた。


ある時、海の民が難破船を見つけ沢山の遭難者を助けた。

彼らは外海から来たものだった。


あるものは権力闘争に負けて逃げ延びた。

あるものは宗教戦争に負けて逃げ延びた。

あるものは戦争に嫌気を覚えて逃げてきていた。


皆が皆、それぞれに故郷を追われた人たちばかりだった。

どこへいくのかと聞いても、自分達がいつか自由でいれる国としか答えられない。


そのような、いく当ての無い寄る辺の無い人間ばかりが、その船に乗っていた。


彼らの中の若い青年が、イルドゥクの女性と恋仲になり居を共にし、子供が出来た。


イルドゥクは彼を、そのほかの漂流者を一族に受け入れた。


彼らはイルドゥクの民に無い高い技術と発展した生活様式で、たちまちイルドゥクの民を魅了した。


今までに10人のるのがやっとであった木をくりぬいて作った舟が、

100人を越す大勢が乗れる大型船となる。


雨水を溜めるだけの水桶が井戸となり、滑車が出来、水車が出来た。

そして、生活用水は格段に進歩し、日照りで死ぬ人間がいなくなった。


今までに奇病とか、神の罰と思われていた病が、彼らの薬で治癒された。


イルドゥクの民は彼らを歓迎し、その便利で発展した文明の力を取り入れようと、

沢山の移民をこぞって受け入れた。


それに相反するようにして、イグドゥールは彼らの発達しすぎた文明を忌避した。

自然の流れに彼らは身を任すべきなのだと、人の手で運命を変えてはならないと。

頑なまでの硬い考えは、目新しい便利さを拒んだ。



その結果、イルドゥクとイグドゥールの間に大きな隔たりが生まれていった。


一定の人数しか増えないし、増やせないイグドゥール。

外界の血を取り込み、どんどんと人口を増やしていくイルドゥク。


時が流れるにつれ、イルドゥクは土地が人口に見合わなくなり、

狭い土地に押しこめられた大勢の人間は、広々とした隣の大地を欲した。


ある時、イルドゥクはイグドゥールの土地である森や谷、山や大地の侵略を始めた。


極力、自然と神の力に逆らわない生活をしていたイグドゥールは、

イルドゥクが使う新しい強い兵器に叶うわけが無かった。

しかし、彼らのいう神の力というものを駆使して、力の限り抵抗を続けた。


そうして200年もの長きに渡り、イグドゥールと争いを続けたが、

建国王ラドクリフによって、ついにイルドゥクは

彼らを森や大地から追い出し、誰も住むものの無い枯谷へと追いやった。


イルドゥクは十分な大地を手に入れ、イルベリー王国と名前を変えて君臨する。


イグドゥールは枯谷の中で、小さな村をつくり、イグドールと呼ばれるようになった。


イグドールは昔からの信仰を貫き、彼らだけの文化を未だに持ち続けている。

その教えや考えは独特なものが多く、未だに謎に包まれている。

戦時中に彼らが使った神の力については、未だに全く解っていない。



金銭的にも貧民となった、豊かな土地を追い出されたイグドールは、

イルベリーの民を、国を恨み、その一部が数多くの犯罪社会に根づいたと言われている。

イルベリー国のあらゆる犯罪社会に、その暗躍の影を見出せるであろう。



ーーーーイルベリー王国起源考察録、第一章抜粋、イルドゥクとイグドゥールより






********







必要以上なことは一切話さない隣の席のレヴィウスに、

いつか何か聞かれるかもと、がちがちに緊張していたディコンは、

日が経つにつれ、気が抜けてきた。


この学校に通い始めて数日経ったが、ディコンの学校生活は

拍子抜けするくらいに、至極まともだった。

気を張って毎日を過ごしているのが馬鹿らしくなるくらいに平和だった。


派手な嫌がらせの類はまるで無い。

それどころか、クラスの皆は普通に接してくる。


そう、普通なのだ。 可笑しすぎるだろう。 

レグドールの一族に対する偏見や当て擦りなど、まったく感じられない。

現に、掃除当番やら日直などのクラスの用事をする時も、誰とも態度が変わらないのだ。


毎朝の始業の鐘の音がなり、授業を受け、わからない質問などを尋ね、

皆と同じ昼食を食べ、掃除をして、終業の時間の鐘がなる。

毎日が、この繰り返しだ。


そんな状態を過ごしている内に、緊張感など薄れてくる。



転入初日に感じたような嫌な視線や、ひそひそ話は、まったく無くなった。

それは、家に帰って妹に聞いてみたら、ほぼ同じだった。


それどころか、友達が出来たのだと嬉しそうに話していた妹の久しぶりの笑顔は、

ディコンを酷く喜ばせた。


血の繋がったたった一人の妹、ウィケナ。

薄い褐色の肌を持ち、同じような鈍い色合いの金の髪。

母譲りの綺麗な青い空のような両目の瞳。


その目の色と肌の色の薄さから、一族では半端物として扱われていた。

だから、友達など今まで居たことがなかったと思う。

まあ、それは俺も同じだが。


苛められても、黙って俺の服の裾を掴んで我慢していた妹。

そんな光景に何度も出会った。


俺が彼らに文句を言おうものなら、父と母が一族から叱責を受ける。

だから、俺はその度に、悔しさに唇を噛んで耐えていた。




ウィケナは、笑うと花が開くように可愛い。

肩よりも長い髪をさらりと靡かせて、お兄ちゃんと駆け寄ってくる姿は

身内の贔屓目にもならないくらいに、可愛い。


大きな目に、長いまつげ、すっとのびた小さな鼻、ぶくっと膨れたような小さな唇。

妹は、大きくなったらこれは美人になるだろうという容姿をしていた。 



父が亡くなり、部族にいれなくなった母に連れられて、俺達はこの街にやってきた。

この街は、かつて母が両親と暮らした街だ。


母の友人であったこの街の区長夫妻は、俺達に住む場所を世話してくれた。


母は、新しい街、新しい生活、新しい環境になじむのは、俺達には難しいといっていた。


俺達の容姿、特に俺の容姿は父親の部族の特徴を如実に再現していたからだ。


自分達の部族が、この街の人たちからは、蔑みとか忌避の目で見られると

父は生前にそういっていた。それは根深くこの国の根幹に関わっているとも。

だから、余計に部族の者達は、この部族だけの生活の輪から抜け出せないのだと。


それをなくしたいのだと、父は事あるごとに言っていたのを憶えている。

事実、父は他部族の女を妻にした。 

母を愛していたのもあったのだろうが、少しでも外界との理解の道を作ろうとしていたからだ。


実際、この街に来てみて当初感じたのは、体が重たくなるほどの理不尽な嫌悪の視線。

何もしていないのに、泥棒と見なされ唾棄された。


そして、侮蔑の言葉と、偏見に満ちた扱いの酷さに怒りを覚える。

妹はその顔を下に向け、髪で顔を隠すようになった。



やがて、この街での移住許可が正式に出て、母は工場で働き始め

俺達は学校に行くように区長から通達がきた。


体の強くない母を働かせて自分は学校に行くなどと当初は反抗したが、

母からの強い要望もあり、しぶしぶと学校に連れられていった。


だが、ガバナー国民学校に行きはじめた時から、次第に俺達の環境が変わってきた。





まず、学校内の誰からも冷遇されないし、険悪な視線を受けることもなかった。

特に、同じクラスのレヴィウス達は、俺と同じ目線で話かけてくる。


俺は、このオッドアイのせいで、以前いた部族の人間からも避けられていたから、

レヴィウス達の態度は、目新しく、変で、戸惑ったが、次第に楽しくなってきていた。


すごいな、ディコン。

そうだろ、ディコン。


そういって声を掛けられるたびに、胸の中がくすぐられている様な、

ふわふわとどことなく浮き立つ様な、変な気分だった。


めったやたらに褒められているわけじゃない。

間違っていたら、それは違うと意見を言い交わす。


彼らと一緒に意見を交わし、行動を共にする。

時に喧嘩状態になることもあるが、それは殆ど、レヴィウスかカースの仲裁で仲直りする。

こんな本音で話せる関係を友人、仲間と言うのだと、トアルが言っていた。


仲間、友人、それは、耳に途轍もなく心地良い言葉だ。

だけど、知人というのならまだしも、彼らを俺の仲間、友人と認めるには躊躇する。


だって、俺はレグドール混じりだ。

彼らは、れっきとしたこの街の生まれだ。


いままで、レグドールの血筋を嫌だと思ったことはない。

それどころか、父の血をひくことは俺にとって誇りでもあった。

あの小さな部族の村では、それが俺の唯一の頼れるものだったから。


だが、この街に来て、その常識が大きく揺れていた。

父の血よりも母の血を濃く受け継ぐ妹を、一瞬でも羨ましいと思ったのだ。


こんな風に、ころころと考えを変える自分が嫌だった。

こんな俺の友人だなんて、本当に良いのだろうかと悩んだ。

そして、レグドールの誇りを忘れたのかと自分を叱咤する思いにも襲われる。


出口のない思いの渦に巻き込まれて、どうしたらいいのか解らなくなった。



レヴィウスたちが、俺達の登下校の際も一緒に行動することが多くなった。

5人の内の誰かが俺達と必ず一緒にいた。


妹は単純に、お兄ちゃんが5人増えたと喜んでいた。

素直な妹は彼らにとっても、随分と可愛い存在だったのだろう。

時折、美味しいおやつを手に、家までやってくることもあったくらいだ。


その内、俺を、俺達家族を取り巻く環境も変わってきた。



八百屋のおばさんは、ご苦労だねとお使いの時におまけを笑顔で入れてくれた。


借家の大家さんは、玄関掃除を一緒にすると、良い子だねと頭を撫でてくれた。


見回りの警邏の人たちからも、坊主、おふくろさんと妹を大事にするんだぞって、

声をかけられ、うんうんと頷かれた。


母の仕事先の造船会社の下請け工場でも、沢山のおばさんたちが母に優しくしてくれた。

時折、これもこれもとご飯のおすそ分けを持ってくるようになっていた。


妹は友人の家に遊びに行って、笑顔で帰ってきて楽しかった一日の報告をする。



俺の周りの環境が、優しく明るい色に変化していた。



今は、周りの偏見も父親が言っていたものほどのことは無いのねと、

母はのんきに笑っていたが、だけど、本当は俺は知っていたんだ。



レヴィウスやカースたちが、俺達の生活に関わる一人一人の大人に、

直に説得にいき、街の子供として俺達が生活できるようにと頼み込んでくれていたことを。



「ディコンもウィケナも、本当に良い子なんです。

 彼らを唯のこの街の子供として、受け入れてください。

 お願いします。」


そういって、真摯に一人一人に語りかけ、頭を下げて廻った彼らの姿に出会ったとき、

ディコンは不覚にも涙が出て、とまらなかった。


なにも言わないで俺の、俺達家族の為に、

頭を下げてくれる人間がこの世界にいるなんて考えもしなかった。


それを見たとき、俺のプライドとか拘りとかが、がらがらと崩れ落ちた。

俺の大事にしていた誇りは、こんなにもくだらないものだったんだと解ったんだ。


涙を袖でぬぐいながら、決心した。

今は、俺が助けてもらっている。

だけど、俺がいつか彼らを、仲間を、友人を助けようと。


レヴィウス達と、レヴィウスといつまでも対等の友人で、仲間でいたいから。


そう決めた時、ディコンはこの友人達の顔を始めて真っ直ぐに見れる気がした。



******



ディコン達が、学校生活にも慣れてほぼ一年が経過しようとしていた頃、

ウィケナの表情に陰りが見え始めた。


何があったのかと聞いても、首を振ってなんでもないと答えるだけ。

だけど、青い瞳は青空の色をしていない。

悩み事で常に曇っている。



その変化に周囲の誰もが疑問をもつ。

なにしろ誰にとっても可愛い妹だ。


特に、コナーの張り切りようは見ていて面白いくらいだ。


コナーにも妹、デリアが居るが、デリアはウィケナと違って口が達者で、

いつもコナーに対して、生意気な態度しか見せないらしい。


コナーがウィケナの悩みを教えろとデリアに迫ったが、舌を出して断られたそうだ。

デリアの奴は役に立たないと、コナーはぶつぶつと文句を言っていた。




デリアは、豊かな髪を両脇で2つに分けて三つ編みにした姿が、可愛らしい女の子だ。

いつも、コナーが髪を引っ張っていたずらする為、お兄ちゃん嫌いと口癖のように言う。

だけど傍から見るに、兄妹は喧嘩するほど仲がよいというやつである。


女の子らしいぽっちゃりとした頬と鼻が、つぶらな目を引き立てている。

愛嬌のある容姿であり、活動的でよく笑う。

デリアのそんなところが、男子生徒からも人気が高い。


それから、ウィケナと同じクラスのポピー。

明るい茶色の髪に、瑠璃色の瞳。

暖かい印象の好意を持たれる、ガバナー校の誇る色白美少女である。

髪が癖毛らしく、いつも内巻きに髪が巻いてある。

細い眼鏡が似合う知的な美少女。



ウィケナとポピーとデリア、この三人は仲がよく、度々連れ立って出かけていた。


ポピーは、暖かな容姿と知的な印象を与える強い眼の美人。

デリアのくったくのない笑顔は周りの目を自然にひきつける。

ウィケナの儚げな容姿と天使のような微笑が庇護欲をそそる。


三種三様、そろうと華が開くがごとくに、良い意味で目をひくグループだ。



とりあえずポピーに聞けば解るだろうと、トアルが放課後に彼女を連れてくることになった。

それを聞いた後にウィケナの問題解決について、皆で話し合おうと言う事になった。




授業も終わった下校時に、トアルが俺達の溜まり場である、

3階の学生会議室にポピーを連れてやってきた。


2学年下のポピーは、レヴィウス達も昔から知っている。

はきはきと用件を的確に伝えることが出来る、頭の良い信頼できる数少な女生徒の一人だ。

女性ながらも、対校試合の幾つかを仕切っているツワモノでもある。


先生や生徒からの信頼も熱い。

だからこそ、ウィケナの転入先で彼女のクラスが筆頭に上がったのだ。



トアルに連れてこられてすぐに、ポピーはレヴィウスやカースの前で話し始めた。



「ウィケナの問題のことですよね。

 私も早く貴方達に伝えたほうがいいといったのですが、

 心配を掛けたくないとの一点張りで。」


ポピーは、大きくため息をついた。

そして、真っ直ぐに俺達、いや、正式にはレヴィウスとカースに向かって話し始めた。


「私の判断でお話しようと思ってました。相談に乗っていただけますか?」


その瞳は、何かを必死で掴もうと縋っているように見えた。

ウィケナは、本当にいい友人を持ったようだ。


「ああ、最善の手を尽くそう。」

「私達を信じてください。」


レヴィウスとカースが、強い信念を持ってしてその瞳に返答した。

それでようやく、ポピーは安堵の表情を浮かべ話し始めた。





「20日程前、三人で雑貨屋に行った帰りに、洋裁店にも寄ったんです。

 もうじき、お兄さんの誕生日だから何か作りたいと。

 紳士服とか男の人の服が見たいというから、私達が付き添って、

 コルドン洋裁店にいきました。」


「俺の為に?」

「ああ、気取った紳士服が置いてあるあの店。」

「あそこに、俺達が着れる服なんてあるのか?」

「まあ、参考にということだろうね。いじらしくていいじゃないか。」


レヴィウスが、手を軽くふって、彼らの言葉を遮る。

静かになったのを見計らって、ポピーが続きを話し始めた。


「そこで、サットンの男子生徒に会ったんです。

 ロッド・サースデンと言いました。

 彼と彼の取り巻きがウィケナに目をつけたんです。」


ポピーの言葉に、俺達は混乱したままいきり立った。


「なんだって、俺の妹に目をつけたって?」

「単純に目をつけたっていうのはどう言う事なのかな。 一目惚れってことかな?」

「全員そろってか? 明らかに可笑しいだろ。馬鹿も休み休み言え。」

「まあ、ウィケナは可愛いからな、惚れるのは解る。」


最後の空気を読まない言葉は、コナーだ。

皆に目をむいて怒られる。


「サースデン、ああ、親が国議会議員で、爵位持ちを鼻にかけた彼ですか。」


そんな4人をほっといて、カースが何かを思い出したようだ。

その顔のしかめ具合から鑑みるに、彼にはよい印象など欠片もないのだろう。


「はい。あれから、彼と取り巻き4、5人が、何かとウィケナに付きまとっているんです。

 私達が一緒に居るときには、余り側には寄ってこないのですが、

 どうやら、ウィケナが家に帰って、夕食の買い物に出かける時などに、

 決まって付きまとうらしく、困っているとウィケナは言ってました。

 

 昨日、腕を掴まれて囲まれたと言ってました。

 運良く街の警邏の方々が助けてくれたらしく、無事だったそうです。

 

 ウィケナ自身は、お金持ちの気まぐれだろうと、

 もしくは、兄達に対しての対抗心から、からかっているのだと言っていたのですが、

 私には、それだけには見えません。 

 

 アイツのねっとりとした気持ち悪い目つきには、震えがきます。」


彼の目つきを思い出したのか、ポピーは両手で自身の体を抱きしめる。

そして、下を向いて小刻みに悪寒で震えていた。


その様子と聞いた情報から、カースが冷静に現状を把握する。


「そうですね、私達に対する対抗心というより、

 ウィケナ本人に対しての執着と見たほうが良いようですね。」


淡々とした感情を出さないその言葉に喰らいつくように、ポピーが顔を上げた。


「どう、どうしたらいいでしょうか。

 ウィケナは、天使みたいに悪意を疑うということをしません。

 大勢で一人を取り囲む、彼らの行為に続きがあるとは露ほどにも思ってないんです。

 怖かったのは事実のようですが、また同じことをされても同様に囲まれると思います。

 もし、そうなったら……」


ポピーは手をぎゅっと握り締めて、カースとレヴィウスに縋るような目を向けた。

その目は、いずれ起こるかも知れない惨事を実現させたくないのだと告げていた。


「そうですね。今の時点で私達に出来ることは、

 我々のうちの誰かが、必ずウィケナと共に行動することですね。

 あとは、サースデンのほうですが、対校試合も近いですからね。

 サットンの学生代表と話をつけるのではいかがでしょう。」


「おい、そんな悠長なことで何かあったらどうするんだよ。」


昨日の一件を知って、いきなり慌て始めたディコンが、言葉荒く机を叩く。


「俺達が常についているって、実質無理だと思うんだけど。」


トアルは、腕を組んで考え始めた。


「実の兄は一人だけですしね。

 ウィケナには、しっかりと理解してもらったほうがいいと思います。

 その上で、一人歩きをするなって言い聞かさないと、

 また一人でふらふら歩き、囲まれることになります。」


カースの言葉に誰しもが、その場を思い浮かべて身震いする。


「言い聞かすって、ウィケナにか? 

 男は本当は怖いんだぞって言うのか。 そんなの誰が言うんだよ。」


レイモンが口を尖らせて、頬を膨らます。


「ああ、俺が言う。

 サットンには、明日にでも俺達から出向く。」


レヴィウスのはっきりとした言葉と眼差しに、

今まで黙ってみていたコナーはほっと息をついた。

そして、早口で言葉を発する。


「ああ、それはいい。俺も行く。 

 明日は、とりあえず交流会の打ち合わせとでも言えばいいだろ。

 実際に打ち合わせも必要だし。

 サットンの方でも、最悪の事態なんて、極力起こって欲しくないはずだ。

 下手したら、警邏が出張ってくるようになる。」


何しろウィケナは12歳になったばかりだ。


相手のサースデンの馬鹿は俺達と同学年、つまり14歳くらいになるはずだ。


年下の子供、それも女の子を大勢で囲って不埒なまねをするなど眉を顰める行為だ。

騎士道精神に反するどころか、男としての矜持にかかわるだろう。

どんな人間だって、その行為を正しいと言わないはずだ。


なんとか話がまとまって、ポピーは肩を撫で下ろした。


「ウィケナには、怖い目にあって欲しくないんです。

 過保護に聞こえるかもしれないけれど、あの子にはあのままで居て欲しいって、

 今のままで、変わって欲しくないんです。」


そこに居る全員がウィケナの笑顔を思い出して、一緒に頷いていた。


あの天使の微笑みを無くしたくない。


それが、全員の共通の望みだと、口に出さなくても皆が思っていた。




その時、バタバタと大きな足音がして、乱暴に生徒会議室の扉が開かれた。


ドンドン、バターン。


全員が、大きく開いた扉の向うで息を切らせている人物を驚きの目で見つめていた。

誰がどう見ても、これは唯事ではない様子に息を呑む。


その人物は、太い三つ編みを振り乱し、ぐしゃぐしゃに泣きながら部屋に飛び込んできて、

コナーの胸に飛びつくように抱きついた。


「お、お兄ちゃん、お兄ちゃん、た、助けて、お願い。

 レヴィウスさん、カースさん、

 う、ウィケナが、 奴らに連れて行かれちゃったの。」


「なんですって?

 貴方一緒に居たんじゃないの?」


ポピーがデリアの肩をぐいっと掴んで、顔を振り向かせた。

ディコンをはじめ、全員の顔が驚愕でこわばる。


よほど一生懸命に走ってきたのだろう。

デリアの荒い息は治まる気配はなかった。


  

「い、一緒にいたよ。 で、でも、水路脇の道路で奴ら追いかけてきたの。

 い、一生懸命逃げたけど、奴ら笑ってばかりで、こ、怖くって。

 そうしたら、い、行き止まりで。 奴らに捕まっちゃって、そ、それで

 ウィケナが、奴らに頼んで、わ、私だけ逃がしてくれたの。」


ぼろぼろと泣きながらいうデリアに、追い討ちになるようなことをいえるはずが無い。

舌打ちしそうな気持ちを押さえつけ、誰しもが臍を噛む。

今の今で、こんなにも早くに最悪の事態が訪れるなんて。


慌ててその場に赴こうとするディコンの肩を、レヴィウスが止める。

ディコンが目を剥いて口を開く前に、レヴィウスがデリアに詰問した。


「どこの水路だ。何人いた。」


レヴィウスが、デリアの顔を見下ろして聞いた。


デリアは泣いていることも相まって、ひゃっくりを繰り返しながら、

レヴィウスの質問に答えようと顔を上げた。


「ド、ドガーの4、4番倉庫に入る手前の、す、水路脇の突き当たりで捕まったの。

 と、取り巻きもあわせて5、5人いたわ、ひっく。」


全員が、すぐにレヴィウスの言葉の意図を理解して、動き出した。


トアルが、ポケットから街の地図を取り出して、がさがさと広げる。

大きさはA3くらいの紙だが、細かく色区分してある。


「ドガーの4番倉庫の突き当たり、僕の地図で言ったら27,28区だね。

 あの辺りに誰も来ない空き倉庫の類はっと、あった、こことここの2箇所だね。」


コナーはじっと地図を見詰めて、指をそこから西に這わす。


「一番近い警邏の詰め所は、ここだな。」


全員が、その地図に集中して目線をかわす。

そして、しっかりと頷いてレヴィウスを見つめた。


「手分けするぞ。 コナーは、警邏に知らせにいけ。その後合流だ。

 ディコン、レイモン、トアルは右の場所に、俺とカースは左だ。

 見つけたら、合図の指笛を吹け。 3回だ。

 いいな。 行くぞ。」


ポピーとデリアを残して、全員があっという間に居なくなった。


ポピーは、デリアのぐしゃぐしゃになった顔に

ハンカチを当てて拭いながら、その背中をそっとさすった。

ゆっくりとさすることで、デリアの呼吸も次第に治まってくる。


そうして、ゆっくりと手を動かしながら、ポピーは

自身の判断ミスからこのような事件に陥ったのだと、悔しさに歯をかみ締める。


ウィリアが奴らに狙われているのは解っていた。

だから、今回相談に来たのだ。


今まで、私達が一緒にいるときに問題が無かったから

今回も、デリアがついていれば大丈夫だと判断して、二人で下校するにまかせたのだ。


でも、実際考えてみたら、こちらはか弱い女の子二人。

奴らが、数に物を言わせないと、どうして思えたのか。


ぎりっと歯を食い縛りながら、自分を叱責する。


そして、運命の神に祈るように、

レヴィウス達がどうか間に合いますようにと心の底から願った。


彼らが間に合ったとしても、サットンの奴らを叩きのめして警邏がくれば、

学生としての醜聞に、ひいてはウィケナの醜聞に繋がるかもしれない。


今、自分にも出来ることはないのだろうかと、必死で頭をめぐらせる。

そして思い当たったので、すぐ行動する。



「デリア、泣いてないで行くわよ。 私達で皆を手伝うのよ。

 ウィケナを私達も助けるんだから。」


丸まったデリアの背を押して部屋を出る。

顔を真っ直ぐに上げて、手を引っ張って走るように促した。


「え、で、でも、私達じゃあ、あそこに行ったって何も出来ないよ。」

 

涙を必死でぬぐいながら、一緒に走り始めたデリアにポピーは、にっと笑った。


「女の武器は最大に威力を発揮するときに使うものよ。

 ママがそういってたわ。 

 デリア、合図があるまでその涙は引っ込めてなさい。」


「どうするの?」


「大人を巻き込むの。急いで。」


二人は、学校の職員室の先、一番の権力者である学校長の部屋を乱暴に叩いて飛び込んだ。


  



 

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