表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
箱をあけよう  作者: ひろりん
第4章:王城編
104/240

テアの手紙と紫の真実。

目の前で、どうみても熱々夫婦な男女の会話に、紫の心はすうっと冷めていく。

この部屋の水が今にも沸騰しそうなほど熱そうだ。

二人の世界に嵌っているといえばいいのか、色恋沙汰はとかく始末に悪い。


軽くため息をついて、この部屋に居る自分以外の人間に視線を動かした。


ポルクは、セザンの出してくれたお茶請けのクッキーをつまみながら、セザンと話をしていた。マーサはネイシスと部屋がなにやらベッドがなにやらと真剣な顔で話し合っていた。


なんだか、のけ者にされた気分だ。

やることもないので、紅茶でも飲もうかと手を伸ばしかけて止めた。


自分がいつの間にか握り締めてしまっている、テアの手紙の存在に気がついたからだ。

元は白い紙だったものが黄色に変色し、紙の隅には多分何度も読み返したのであろう、ハインツの指の跡ような染みが出来ていた。


渡された時は、長方形の筆箱くらいの大きさの平たい巻紙だったそれは、

今は無残にもくしゃくしゃにされ、あちらこちらで傷にも似た様相の折跡をくっきりと残している。


手持ち無沙汰な紫は、改めてその手紙をゆっくりと膝の上で、紙を伸ばすように広げていく。

そうして、じっと書かれている文字の羅列を、その文字の癖を、

インクのしみを確認して、ふっとわずかに微笑んだ。


右にわずかに上がる文字、インク壷にインクをつけすぎて最初の文字が必ず太く濃い。

一見、子供が書きなぐるような字体ではあるが、しっかりと読めば、

それが一生懸命に綴られた物と推測できる。


懐かしい字。

これは、紫が見慣れたテアの字だった。

このような器用な字を書くなんて、他の誰ができるだろうか。


テアが必死で手紙を書いている姿を想像して、ちょっとだけ苦笑した。

先程、初めて見せられたときは嘘だと思っていたし、

書かれている内容からは、自分の知っているテアとは違うと思い知らされるようで怖くなった。だから、途中で読むのを止めた。


だけど、テアの手紙であるならば、読むべきだと頭の何処かで何かがささやいた。そして、やはりテアの手紙なのだと改めて納得したところで、手紙を読み始めた。


*****


「拝啓、イルベリー王国王、ハインツ・ランスーリン様。

 

 突然、このような手紙をお送りするにあたって至極驚かれたと思います。

 ですが、私の短い命の火に免じて、お怒りを宥められるよう伏してお願いいたします。


 私が手紙をしたためたのは、貴方様に是非とも聞いていただきたい願いがあってのことです。


 まず、お知らせしたいのは、マリア王妃のことです。

 王は、ご存知でいらっしゃるでしょうが、マリア王妃は現教皇の弟、公爵の娘とされていますが、それは事実ではございません。現教皇その人自身の娘でございます。実は、現教皇は、私の乳兄弟で幼馴染に当たります。

 私は、彼が出世の階段を登るたびに、侍女として仕えてまいりました。

 その縁で、王妃付きの侍女として、私がこの国に参りました。

 

 教皇であり、我が乳兄弟でもある彼は、昔から大変わがままな気質がある男で、野心家でもあり、努力家でもあり、そして、好色家でもありました。

 妻帯を許されない教皇の地位にありながらも、止まることを知らず、

 誰もが口に出せないのを良いことに、数多くの浮名を流して参りました。

 彼が、教皇の地位について5年目に、美しい女性と知り合いました。

 彼女は、教皇に溺愛され子供を産みましたが、産後の肥立ちが悪く、若くしてなくなりました。


 彼女を失った教皇の悲しみは激しく、しばらくは誰とも会いたくないと面会を断るほどでした。彼女の死の原因となった赤子の顔も見ることなく子供を修道院に捨て置いたのです。

 ですが、教皇の失意は次第に忘却へと変じ、子供のことは長く忘れられていたのです。

 ある日、修道院の院長が、子供の顔が公爵家のマリア様に瓜二つだと教皇に告げるまでは。


 ちょうどそのころ、マリア様には貴方様との婚姻の話が持ち上がっておりました。

 ですが、マリア様は体が非常に弱く、ちょっとした拍子に熱をだし生死の境を彷徨う有様。

 公爵は婚姻の話をお断りされようとなさいましたが、

隣国にアトス信教の地盤を築きたい教皇には、

 この婚姻は無くてはならないものでした。 

 また、彼に敵対する派閥の長の娘が軍部上層部の人間に嫁ぎ、

国内での地位が揺らぎ始めていました。

 彼の地位を確固たるものにする為、イルベリー王国のいずれ王となるであろう

貴方との婚姻は逃すわけにはいかなかった。

 そこで思い出されたのは、修道院に打ち捨て忘れ置いたマリア様と瓜二つの自身の娘。

 

 その日を境に、彼女の人生は変わってしまいました。

 優しく可愛らしく、信心深く慈悲深い子であった彼女は、公爵に引き取られ、

 マリア様の側で暮らし、互いに信頼し仲良くなった頃合を見計らって、

 マリア様の代わりに貴方に嫁ぐように強制されました。 

 娘が嫁がなければ、マリアが行かねばならぬ。だが、マリアは病弱の身。

 嫁げばすぐにも天の階を登るに違いないと。

 それは、マリア様の命を守る為と脅しを掛けられたも同然でした。

 それに自分が教皇の娘、本来なら存在することすら許されない娘であることを

 親である教皇自身から告げられ、彼女には逆らうことなど出来ませんでした。

 

 彼女は、マリア様になるしかなかったのです。

 自分の全存在を初めから否定された彼女は、マリア様でいることで

なんとか自分を持たせている。

 側でずっと仕えてきた私には、無理をなされているのが手にとるようにわかりました。

 この国に来てからも、彼女は、神の名の下に、名乗れぬ父の名の下に、

数多くの理不尽を飲み込まなければなりませんでした。

 人の欲求はとどまるところを知らないとよく言ったものです。

 私にできる範囲ではありますが、何度も教皇に手紙を出し、

 このような無体は止めるよう進言し、いくつかは私の判断で握りつぶしました。

 そうでないと、王妃様となられた彼女は狂ってしまうと思われたからです。

 その頃には、私にとって彼女は我が娘同然になっておりました。

  

 教皇のしたことは、神の教えなどあったものではない。

 だから自由になれと何度も口から出そうになりましたが、私には教皇を裏切ることも、

 王妃となった可哀相な娘を助けることも出来ませんでした。


 その上、彼女がこちらで男の子を産んだことが、教皇の野心に拍車を掛けました。

 そして、その子供が双子であったことが、二つ目の、私がお伝えしたいことでございます。

 

 アトス信教では双子は忌むべきものとされ、一般的には

生まれてすぐに、最初に生まれた子を悪魔の使いとして殺します。

 ですが、例外はあります。通常、双子の片割れは体が弱いことが多く、

 名家では秘密裏に育てることは珍しくありませんでした。代用品として。

 

 教皇は、双子の片割れを大きくなるまで秘密裏に隠して育てよと言われました。

 後に、我が権力の全てをその子供に譲渡するのだと。

 

 もとより、この国では双子は忌むべきものではない風習が色濃いため、

 最初から公表しても問題は無かった。 ですが、教皇の命令を実行する為には、

 最初から双子でないものとして、対応するしかなかったのです。

 私は、最初に生まれた子供を、北の塔の教会で見つけた隠し部屋にて育てることにしました。

 勿論、この隠し部屋については、教皇にもこの国の誰にも内緒で。

 また、王妃は双子を産んだことで、その精神はさらに病んでいきました。

 気がついたら、動かない顔、誰も愛せないかわいそうな人形に成り果てておりました。


 彼女の産んだ可哀相な子供には、名前すらつけられておりませんでした。

 なぜなら、アトス神皇国では教区の司祭が名づけるものだったからです。


 私は、そんなあの子を、坊やと呼んでおりました。

 

 育てていくうちに、坊やは賢く、聡い。

 そして、とても優しい子であることがわかりました。

 この様な境遇にありながらも、他人を気遣うことのできる。

 本当に強い、真っ直ぐな子供です。

 閉じ込められた狭い世界を出たがる坊やに、母と兄弟が困るであろうと伝えたら、

 すぐに自分の意思を押し殺してしまうほどに優しい子。

 自制心が強く、自分を後回しにしてしまう哀れな坊や。

 

 そんな坊やを教皇の野心の毒牙にかけるのは、私には本当に心苦しく、

 この子は、この国の体の弱いシオン坊ちゃんの影になるやもしれぬからと

 教皇の再三の引き渡し要求にも応じませんでした。

 

 そうして、坊やが5歳になったころ、あの男が取り巻きの女に

男の子を産ましたことを知りました。

 同時に程なくして、教皇本人からも、処分しろという非情な命令も届きました。

 坊やを抹殺したと報告するは易い事。ですが、坊やに似た遺体を見つけることは出来ませんし、

 城の外で育てるには、坊やの容姿は余りにも際立っておりますので、すぐに見つかるでしょう。

 そうして見つかったならば、坊やに刺客が送られる。私の手の届かないところで。


 私は命令を濁し、適度に誤魔化し続けました。

 

 あれから何度も何度も、隣国から坊やの居場所を知って殺そうと刺客が送り込まれました。

 私に直接、力ずくで口を割らせようとやってくる者もございました。

 それらを、秘密裏に処分したのは、私でございます。

 教皇は、私を決して疑いませぬゆえ出来たことにございます。


 このような老婆にしてやられるとは思いもしないでしょうが、

 私は元来、薬師でございます。

 身近にお仕えしていたときは、教皇の毒見、及び、全ての薬の処方は私の役目でした。

 薬と毒を誰よりも熟知していると自負しても良いかと思っております。 

 子供の頃より知っていて、教皇を絶対に裏切らない駒。

 それが私です。 いえ、私でした。

 

 今、この手紙を書き終えるにしたがって言える事は、

 教皇よりも誰よりも、私が坊やと娘を大事に思っていること。

 坊やを助ける為に、最善の手を尽くすに喜びを感じていること。

 そして、その為には、幼馴染で乳兄弟の教皇ですら手にかけようとしていること。


 教皇の右手に握られている錫杖には、毒が仕込んであります。

 即効性ではなく、それはそれは微量なもの。

 綺麗な翡翠のような色と、輝く聖銀の杖は、芳しい匂いをほのかに放ち、

 常に手持ちにするほどに教皇のお気に入りだとか。

 あれは、私が2年ほど前に送ったものです。

 美しく目を奪われる色調の錫杖の色は、私が調合した禁断の青。

 周りの金属は月の光のように輝く水銀を練り合わせた銀。

 その二つの成分が、体温で気化し、空気に溶け出し、

 混ざり合い猛毒へと変化するのです。

 その錫杖を握るたびに、じわじわと体に毒が浸透していくのです。

 私の計算ではあと二年もすれば、教皇も私の元、死の国へと向かうことになるでしょう。

 もっと早く何故と思われるかもしれませんが、教皇は昔から疑り深く、

 自分の少しの体調変化にも、すぐに気がつくほどに神経質なのです。

 遅々とした毒だからこそ、わからない。

 

 教皇の命はあと2年です。

 ですが、私の命はもういくばくもありません。


 王よ、ハインツ様。

 お願いでございます。 坊やをお助けくださいませ。

 私が連れてきて王妃となった娘の、本当の心の支えになってくださいませ。

 私が居なくなれば、必ず隣国の刺客が坊やを殺しに来るでしょう。

 無体なことをしでかした教皇とその派閥の者達には天罰が下るように祈るしか、

 死した後の私に出来ることはありません。


 私の死した後の遺体は、アトス教区の司祭にお渡しくださいませ。

 教皇には、自国の墓に入りたいと手紙を書き送っております。

 問題なく受け取られることでしょう。

 

 なぜなら私は薬師であり、毒使いでもあるからです。

 長年にわたって、毒を受け続けた私の体は、いまや全身猛毒でございます。

 それゆえ愛しいと思ってる坊やをこの手に直接抱くことも出来ないのろわれた体。

 泣いている涙をぬぐってやることも出来ない猛毒の手。

 過去の自分をどれほど後悔したことでしょう。

 この地に葬られ、その毒が坊やに害を与えたとしたら、私は死んでも死に切れませぬ。どうかこのことだけは、必ずお守りくださいますよう伏してお願い申し上げます。


 長々と私事を書き連ねましたが、ここに書き記したことは全て真実でございます。

 我が神アトスと、我が母に誓って嘘偽りが無いこと明言しておきます。

 

 テア・ルスル・フォーレンブルグ  」





信じられないところは、何度も何度も読み返した。

だけれども、ここに書かれているテアは、本物なのだろうか。

いぶかしむ気持ちが強く、ここに書かれている坊やが自分の事なのだと信じられなかった。


手紙を元のように綺麗に折りたたみ、ため息を小さくついた。


「のう、坊主。 たいした女だと思わんかの。

 ここに居る時には、よろよろしわくちゃの婆と誰もが思っていた。

 口が達者で喰えぬ婆だった。

 ワシですら、婆との賭けは負け続けじゃったからの。

 実際、わしよりも12も年上じゃったもの。

 淡々と必要最低限しか語らないが、仕事確かな実直な侍女としか見えんかった。

 それが、まさかのまさかだ」


いつのまにか、セザンとの会話を終えていたポルクが、

紫の表情を観察するように、じっと見つめていた。


その視線に、なんだか心持居心地が悪い。

セザンは一体どこに行ったんだ。

周りを見渡したけど姿が消えていた。


「驚いているのは、教皇の侍女だったってこと?

 それとも、毒使いだったってこと?」


「いいや、それくらいじゃワシは驚かんよ。

 むしろ、隣国から来た時点で、刺客になりえる人物像は想定内じゃよ。

 ワシが驚いたのは、自分の命を懸けて坊主を守ろうとするその心のありようじゃ」


「心のありよう?」


「実際、テアが死んだ後の検死報告書では、全身が猛毒であったことは確認できた。

 それも恐ろしいほどの威力があるもの。

 そんな毒を体内で持つということは、明らかに刺客として育てられたと言えるじゃろうの。

 何人も何人も殺め、その手を毒で、死人の血で染めたはず。

 そんな女が、母性というのかの、わが身を賭して我が子を救う」


「我が子……」


「そうであろう。 

 この手紙は、どう見ても娘と孫を守る祖母の口上というものじゃの」


「祖母」


さっきからポルクに語られるテアの姿とこの手紙。

紫は、頭が混乱するばかりだった。


「テア婆は、お前さんを坊やと呼んでいたのかの?」


反射的に頷いた。


「ならばこの手紙で、テアがお前のことをどれほど心配してか解るであろうの」


心配、そう、心配だったんだ。

鬼気迫るほどの心配の様子が書かれた手紙に、思わずこちらがたじろぐほどに。

ポルクに言われて自分がたじろいだのは、生まれて初めて受ける心配という名の感情。



「僕は、テアにとって、どうでも良い存在だと思ってた。

 テアは教皇の為に、僕を育てていると言ってたのに」


祖母と孫。そんな関係は慣れない上に、くすぐったく恥ずかしい。

そんな感じを持て余し、紫は手紙の文字を指でなぞる。

まるで、その文字が消えないかどうか探るように、一字一字を追っていく。


「婆は、随分と用心深かった。

 このワシですら、尻尾をつかめなかった。 全くな。

 そんな女が、素直に愛情表現を示す危険性を気がつかないわけがないからの。

 距離をあえて置くことで、お前さんを守っておったということじゃろうて」


ポルクが、飲み終えた紅茶のカップを皿に戻した。


「……僕は、何も知らなかったんだ、本当に、何も」


唇をわずかにかみ締めながら、いつもどおりの無愛想な顔なテアの顔を思い浮かべた。


全ての行動は、僕を守る為だったなんて。

あの無愛想の下に、大きな激情を秘めていたことを、初めて知った。

自分の為に、一番大切なはずだった教皇を毒殺するほどに。

僕は、テアにここまで思われていたなんて。


「そうさの。 じゃが、知った今、どうするのかね。

 いや、どうしたいのかね」


どうしたい?

そんなこと、今までに考えたこと無かった。

したいことは全て出来ないことに変わっていたからだ。


そこまで考えて、ふとメイの言葉が頭の中で蘇る。


(知りたくない?いろんな事を。紫は、これからいろんな事を知ればいい)


「これから……」


(一つ一つ知りたいことを知っていこう)


そうだ、僕はさっき、メイのことを知りたいと思った。

そして今は、テアのことも知りたいと思ってる。


なんだか、知りたいという気持ちが、どんどん大きくなっていく。

こんな短時間に、自分は随分と欲深くなったのかもしれない。

だけど、そんな自分の変化に取り残されるような感覚が抜けない。


その時、扉が外からノックされ、セザンが外から声を掛けてきた。


「私です。お連れしました」


かちゃり。


扉が開いて、セザンとその後ろに、初めて顔をあわせる自分と同じ顔の双子の弟、シオンが入ってきた。

その突然の出来事に、紫は頭が真っ白になる。


「父上、母上、ポルクさん、僕にも事情を説明していただけますか。

 特に、そこに座っていらっしゃる、僕の兄弟のことを」


二人の世界をつくっていた王と王妃は、改めて椅子に座りなおし、

今度はシオンを加えた形で、話し合いのテーブルについた。


「シオン、お前はどこまで知っているのじゃ」


ポルク爺さんの言葉に、目を細めたシオンは、苦々しげに答えた。


「どこまでも何も、ほとんど知らないよ。

 さっき、セザンに軽く説明を受けたくらいしか知らない」


ハインツとエリシアが目をお互いに見合わせ、声を上げようとしたところで、

ポルクに手で制された。


「謝罪合戦は、後程にするがよかろう。

 まず、事実をワシが語ろう。良いな」


ポルクの言葉とその厳しい目で、まずは謝ろうとしていたハインツとエリシアは

口を噤み、そしてしぶしぶと頷いた。


「王妃のことは、まずは置いておいて。

 シオン、目の前に居るのは、お前の双子の兄だ」


シオンは、その言葉に大きく頷き返す。


「アトス信教の教義に双子は忌み子だと論じられ、また隣国の紛争などの事情から

 長らく北の塔のなかで育てられた。

 今回の騒動でそのことが公になったが、正真正銘、戸籍でもお前の兄弟となっておる」


ポルクの言葉で、シオンが眉を寄せ軽く舌打ちした。


「また教会ですか。

 それに、ずっと塔の中って、知らなかったのは僕だけですか?」


「結果的にはそうじゃ。 ワシ達も知ったのは2年ほど前からじゃ。

 テアと王妃によって、それは見事にその存在を秘せられていたからの」


「なぜです。

 この国は双子を禁じてはいないでしょう。

 それに2年前なら、僕にも教えてくれたって良かったじゃないですか」


シオンは、大きくなりそうな声を、意思の力でぐっと抑えている。

だが憤る感情は抑えきれず、肩がいかるようにぐっと上がる。

 

「隣国に命を狙われておった故、アトス信教の教区を何とかするまで

 内緒にしたほうがいいと、わし達は判断した。

 これは、国としての判断でもある。

 シオンに知れたら、お前は会いに北の塔にいこうとするじゃろう。

 そうすると、折角テア婆と王妃が直隠しにしてきた居場所がばれるでの」


「命って、何故」


「僕が、教皇の血筋の引く、教義に反する存在だからだよ」


そこで初めて、シオンと紫の目があった。


「それは君も同じだよ、シオン。

 だけど、僕が君より先に産まれた。

 それだけだよ、違いは。

 君はこの城で暮らし、僕は塔の中で暮らした」


自分の口から淡々と語られる事実に、本当にその通りなのだと、自分でも納得していた。

だが、その事実に物申したい弟は自分以上に混乱し、

自分だけが知らなかったことに憤りを感じている。


不思議な感じだった。

弟の感情が手に取るようにわかる。

僕の感情は、シオンとは反対に次第に落ち着いてくる。

それはシオンも感じたようで、目を合わせるだけで僕の考えがわかるみたいだ。


繋がってる。

ああ、僕達は確かに双子だったんだ。

そう感じることで、心の中に暖かな灯りがともる。


「そんな簡単なことじゃないだろう。

 どうして君は怒らないんだ。

 大人の都合で、宗教だの国の決定だので、人生を無駄にしたんじゃないか」


「そうだな。 僕もこの間まで、そう思ってたよ。

 でも今は、そうじゃないって気がついたんだ。

 僕の人生は無駄じゃないし、僕は生きていかなくちゃいけないってことを」


「生きて? 死のうとしていたということなのか。

 僕に会わないままで死ぬってことなのか。

 双子の兄弟なんだぞ。どうしてそんな」


「知らなかったからだよ。シオン。

 死ぬことも、全ての問題も全て受け入れるつもりだった。

 僕にとって、生きているのと死にに行くことはたいした違いは無いはずだったんだ。

 僕が死ねば全てが解決する。 それならばいいと思っていたんだ。

 でも、僕は、全てを知ったつもりが、本当は何一つ知らなかったんだ」


紫の顔は、メイにくってかかられた時の会話を思い出して、ふっと微笑んだ。

あの時の必死な顔、自分の為に泣きそうな表情、メイを思い出したら、自然と笑みが浮かぶ。


僕の言葉に、シオンがわからないと首を傾げる。

だけど、僕の微笑みに釣られる様に、シオンも微笑み返した。


「もう、死ぬ気は無いんだよね」


「ああ、生きなきゃいけない理由が、沢山出来た。

 そして、その先に何があるのかを僕は知ろうとおもう」


紫の穏やかな顔に、シオンは力が入った肩を落とし息をはく。


「それでは、後で二人で話そう。話したいこと知りたいことが沢山あるんだ。

 やっと会えた僕の兄弟。 まずは僕から。

 始めまして、僕はシオンです。 お会いできて本当に嬉しいです。

 僕の半身、僕の兄上。名前を教えていただけますか?」


シオンは右手を紫の前に差し出した。

紫はその差し出された右手をみて、ちょっと戸惑っていたが、

やがて、ゆっくりと自分の右手をその手をあわせる。


「そうだね。 シオン。

 始めまして。 僕は紫。僕も君にずっと逢いたかったんだ。

 僕の半身、僕の弟。 

 話をしよう。 今までの分を埋めるつもりでお互いのことを知ろう。

 僕に、君の事を教えてくれないか」


握手された右手をシオンが軽く握り返す。


「はい。紫のことも僕に教えてください。

 これからの日々が、僕は凄く楽しみです」



シオンの言葉に、最後までシコリのように残っていた紫の心の中の何かが、

さらさらと砂がこぼれるように形を崩していく。


(日々の楽しみ。それが大事なの)


脳裏にメイの言葉が、くっきりと蘇る。

ああ、楽しみだ。 僕の未来が。


見つけたよ。

僕の真実。






誤字、直しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ