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箱をあけよう  作者: ひろりん
第4章:王城編
103/240

明かされた秘密。

ゼノやロイドは、なぜここに梟がと疑問に思うこともあったが、

ポルク爺さんのすることに、詳しい事など聞いてもまともに帰ってくることなど、10回に一度しかないことを経験からよく知っている。


それに状況からして、今はそれを追及する時ではない。

口元をきゅっと引き締め、現状を把握し、人員を一番いい形で塔の周りに配置する。

こわれた塔の上でロープがピンと張られ、上と下とで救出作業が手早く進められた。


まず最初に、ワポルが王妃様を背負って一緒にロープで下ろされる。

風もあまり無い夜だったから、何の問題もなく無事に二人とも下についた。


次いで侍女とステファンが、そして、シオンそっくりな長い髪の少年と兵の一人が、同じようにして順番に降りていった。


捕縛予定の侍従長は気を失ったままで、他の4名もワポルたちによって手と足を拘束されていた。

いつ倒れるかわからない塔の中なので、彼らからは抵抗らしい抵抗など一切無かった。

侍従長とその一味はぐるぐる巻きに簀巻きにされて、二、三人でひとくくりにされて下ろされる。


塔にいた最後の一人の足が地に付いたとき、塔は待ちきれないようにぶるぶると震え始め、ぼろぼろと上から下からと、一斉に崩れ始めた。

治まったはずの砂埃が、足元に渦を巻き始める。


「おい、全員早急に退避しろ。もう、もたん。塔が崩れるぞ」


その様子を傍目に見ながら、全員がゼノの指示で塔の側より慌てて離れる。

皆が各自の顔を確認し、ほっと一息ついたとき、


ズズズズ、ゴゴン。


目の前に残った塔の残骸が、地下の穴に砂地獄に飲み込まれるように、その姿を地下に沈めていく。

砂と石が砂埃のなかで、あちこちに弾け飛んでバチバチと音を立てている。

真っ直ぐに倒壊した塔は、深い穴を埋め尽くしていった。


砂埃が治まったとき、塔のあった場所には、小さな瓦礫跡だけがその場に残っていた。

皆、その跡地を前に一言も口を聞けず呆然とたたずんでいた。


「なんとまあ、見事なものじゃの」


ポルク爺さんの淡々とした、感嘆にも近い感想を耳にしたとき、誰しもがやっと我に返った。


見ていた光景から、そこに居た誰もがはっきりと口にはしなかったが、もしかしてあの中にいたのは自分達だったかもしれないと想像して、襟首を軽くすくめて、お互いに目を合わせ、お互いの無事を心から喜んで腕を組み交わした。


怪我をして意識がない侍女は、ステファンの背に背負われたまま救護室に運ばれた。ステファンのその必死な様子を見送りながら、ゼノは軽く口角を上げた。


「ステフもこれから大変だ」


ぼそっとつぶやき、首を左右にひねる。

そして、きびすを返しロイドに合図を送った。


ロイドは、その合図に応えて頷き、全ての部下に聞こえるように声を張り上げた。


「さあ、犯罪者を拘束して軍の牢へ運べ。

 持ち物はすべて取り上げろ。靴も服も何一つ身に着けさせるな。

 何を隠し持っているかわからんからな。

 髪も髭も剃り上げろ。隠せる場所はすべて曝せ。

 あと、舌を噛み切られないように、口にも猿轡をかませろ」


ロイド軍団長の指示が的確に示され、部下達はてきぱきと作業を進めていった。


「侍従長の意識が戻り次第に尋問を始める。

 ゼノ総長や自分の許可がない限り、彼らとの接触は一切禁ずる。

 牢は、三番の半地下牢だ。手錠で壁に繋げ。

 見張りは常時5人体勢だ」


侍従長達は、次々と簀巻きのまま荷馬車の上に運び上げられ、

ロイドとゼノの監視のもと、軍の牢に向かって次々と出発していった。





 

 

 




軍の人間が引き上げた後、そこに残っていたのは王城の人間のみ。

気がつけば、遠巻きではあるが城の人間ほぼ全員に近いくらいがそこに集まっていた。

あれだけ大事になったのだから、気にして集まるのはまあ当然であろう。


ならば、号令を掛けるのは、王であるハインツの仕事だった。


「さあ、皆も遅くまでご苦労だった。

 マーサとセザン以外は各自、就寝につくように。

 また、今日のことは軍部からの発表があるまで不問に処すように」


セザンとマーサが、集まった城の従業員をにこやかな笑顔で散らしていく。

従業員は、何が起こったのか大体の想像はついているが、誰かの口から真実を知りたいという欲求を押さえて、不承不承で部屋に帰っていった。



そうして城の皆が去った後、残ったのはセザンとマーサとネイシス、シオンに似た少年、ポルク、そして、王と王妃のみだった。

王であるハインツは、マーサに連れられて自分の方に歩いてくる王妃と少年の姿を、涙の後の残る顔と今までにないこらいに穏やかな目で迎えた。


「ハインツ、お騒がせいたしましたこと申し訳ございません」


抱きしめようと手を伸ばしたハインツから一歩下がって、マリアが丁寧に腰を折った。

姿勢を正し、顔を上げたマリア王妃の表情は、緊張で硬くこわばったままだった。

感情のまま抱きしめられなかったことに軽く不満を覚えたが、ハインツは返事を返した。


「よく無事で、本当によかった。 二人とも怪我はしてないのか?」


「は、はい。 …で、ですが、王、お、驚かれないのですか?」


王妃は王の言葉に、びっくりしたように言葉を詰まらした。


「ああ、ずっと前から知っていた」


ハインツは王妃の顔を見つめてわずかに苦笑した。

その表情も珍しいものだったが、その言葉にもっと王妃は混乱したようだった。

どういうことかまったくわからないといった王妃の表情を前に、ハインツは目を細めた。

そして、ふっと息を吐き肩の力を抜いた。


そうしたら、目の前にいるマリアと少年の風体が目に入った。


いつもの綺麗なドレスはあちこち裂け、靴は片方を掃いておらず、

髪は乱れたまま、そして、目に見えるところのあちこちに傷があり、

美しくたおやかな指は爪が割れ、汚れて黒ずんでいた。


後ろに黙ってたたずんでいる少年も同じく、頬は黒い埃で汚れており、

シオンと同じ銀の髪は砂と埃とで白く固まっていた。 

その服は、マリアと同じくあちらこちらが汚れ、裾が破れていた。


それらの草臥れた様子の服装に示されるように、彼らの顔にも疲れを露にしていた。

だから、ハインツにとって大事な彼らを気遣う意味で言葉を発した。


「今日は、大変であったな。 身を清めて休むが良い。

 詳しい話は、明日朝一番で話をすることに」


ハインツは、王としての威厳を保ったまま、マリアにいつものように話した。

ところが、いつもなら頷くだけのマリアが、首を振ってハインツの言に否定の意を表した。


「いいえ、ハインツ。 教えてください。

 先程の言葉はどういう意味なのでしょうか。

 それを聞かずして私が枕を高くして眠れると思われるのですか?」


マリアは、ハインツの目を真っ直ぐに見返した。

その様子に、ハインツはちょっと困った様子でポルクの方を見遣った。


「まあ、その通りじゃの。

 ハインツ、覚悟をきめるのじゃの。

 ほい、セザン、一等良い紅茶を入れてくれんかの。

 場所は、そうさの、南の個人執務室でよかろうて。

 そうそう、ネイシスにマーサ、清拭の手はずを整えてくれんかの。

 手足をふいてやるだけでも違うからの。 出来るだけ急いでの」


ポルクは、王に成り代わって返事を出した。

全員がその提案に頷いて、場所を移動する為にその場を去った。


誰も居なくなった城の渡り廊下の残骸跡。

うっそうと茂ったままの木々の間で、2羽の梟が内緒話をするようにホーホーっとただ鳴いていた。



******




マリアと少年が手足と顔を軽く清めた後、暖かい紅茶を振舞われ、その後、セザンによって、一人掛け用の椅子とソファが長椅子の前に来るように移動させられた。王とポルクが一人掛けの椅子とソファにすわり、長椅子には王妃と少年が座る。


王は口ひげを撫でながら、なにから話をしようかと目を空中に彷徨わせた。

その様子にしびれを切らしたマリアが自分から話を切り出した。


「ハインツ、いつから知っていたのですか?」


「どのことから話せばいいのか。・・・そうだな。

 君の事の真相を知ったのは、シオンが生まれるよりずっと前。

 そして、そこに居る少年がシオンの双子の兄弟で、ずっと塔に隠されていたとはっきりと知ったのは、おおよそ2年前だ」


ハインツは、なんでもないことのように、いつもの淡々とした口調に、

地をはうような低い声で話し始めた。

視線は、真っ直ぐにマリアを見ている。


「……知っておられたのに、何故?」


震える声で返されたマリアの返答に、ハインツは眉を顰め口をゆがめた。


「貴方と約束したからだ、マリア。 覚えておらぬのか?

 私は、決して無理に貴方のことを聞かぬとあの時約束した。

 貴方から話してくれるのを待つと、約束したであろう」


マリアは、驚きに目を見開く。

そして、何かを言い返そうとし、口を開けたが言葉は出てこなかった。


ハインツも、じっとマリアの言葉が返ってくるのを待っていた。


二人のその様子に話が進まないと判断したであろうポルクが、大きなため息をついた。そして、ハインツに成りかわり話の続きを話し始めた。


「マリアよ。この国の王を、この国の情報網を軽んじておるようじゃの。

 お前さんが嫁いできて3日目から調査は始まっておった。

 その結果が出たのは、おおよそ二月後じゃの。

 問い詰めようとしたハインツとお前さんは約束をしたのじゃろう」


「え、あ、あの時の……」


何かを思い出したマリアの視線が、ハインツに注がれた。

ハインツは、その視線をじっと受け止める。


「お前さんが、本当のマリアではないこと。

 本物のマリア伯爵令嬢とは従兄弟同士であること。

 本来ならば、存在するはずの無い教皇の直系の子供であること。

 病弱なマリアに成り代わり、修道院にいたお前さんが、教皇の地盤固めのため

 この国に嫁いてこなければならなかったこと、もろもろじゃの」


ポルクの言葉に驚いていたのは、少年とマリアのみ。

マーサ、セザン、ネイシスはそれら全てを知っていたらしく顔色を変えない。


「全て知っておられたのに、何故です。

 私と、ここにいるこの子は、存在さえ許されるはずのない人間。

 何故、見逃したのです」


マリアは、手のひらをぎゅっと握り締め、膝の上でスカートの布を掴んだ。

そのマリアの言葉にポルクが返事を返す。


「ふん。隣国とこの国では常識が全く違うと言う事を、まだ理解できておらんのかの。ここに嫁ぎ、王が王妃として認めた以上、お前さんは王妃として存在を許されておる。そして、この国では双子は忌むべき対象ではない。

 現に、数多くの双子の市民が沢山この国で暮らしておる。

 そして2年前、そこの少年のことを確かめた後、王は自分の子供として、また、シオンの双子の片割れとして、すでにこの国の戸籍を取得しておる」


その言葉に、紫の目がぱちぱちと瞬きを繰り返した。

そして、ポルクの言葉を反芻するように、下を向いて、子供、戸籍、片割れと小さく呟いた。そうして、目を上げて、王達をそれぞれ見返した。


「僕のことを貴方達は知っていたんだ」


王とポルクは、大きく頷いた。

そして、王が言葉を続けた。


「マリアが塔に誰かを匿っていることは、報告が上がっていた。

 詳しい事情は、テアが亡くなる前に私にあてた手紙に記してあった。

 それが、事実と確認できたのはテアが亡くなって、マーサやネイシスが塔に上がってからだ」


「テアからの手紙ですか?」


「ああ、病身で最後の頼みだと、マーサを通して預かった。

 そこには、マリアがこの国に来ることになった事情、

 そして、自分がいなくなった後の世話を託す為、心配であった幼子のことが書いてあった」


「心配? テアばあさんが? ありえないし、嘘だね。

 あの婆が僕のことを、心配なんてするはずない」


紫が、目を細めて王の言葉を、感情と顰めたような冷たい声で否定する。


「本当だ。自分が死んだ後、君が隣国によって殺されるかもしれないと危惧していた。教皇は、マリアはともかく、君の存在は生きてもらっていては困ると、テアに手紙でこぼしていたらしい。それを宥めすかして、強硬派の連中を煙に巻き、ずっとごまかし続けていたのはテアだ」

 

王は、首を振り、紫の目を真っ直ぐに見た。


「自分が死ぬことを悟ったテアが助けを求めたのは、隣国でも教皇でもない。

 この国の王であり、マリアの夫であり、そして君の父親である私だった」


「ならば何故、二年もこの子のことを放置したのですか?」


マリアと紫の目が、何かを訴えるように王を見ていた。


「マリア、一番は貴方との約束があったからだ。 

 それに、隣国の様相がきな臭くなっていて、2年前に君の存在を明らかにしていたら、君達は確実に隣国の政治紛争に巻き込まれていた。

 それを避ける為、マーサとセザン、そして、君の世話をする信頼する侍女達だけに、秘密裏に知らせた」


「へぇ、侍従長には知らせなかったんだ」


あの時、あの男は、紫の顔を見て驚きを露にしていた。

紫の存在を知らなかったからだろう。


「わしが教えるなとゆうたからじゃ。アヤツの愛想笑いは気持ち悪かったからの。真っ黒い腹の中が丸見えじゃ。

 じゃが、誰に繋がって居るか、外の糸を手繰り寄せる為に泳がして居った。

 まあ、今回の裁判で一斉に摘発できるくらいの証拠はそろっておる。

 今度の誘拐については、ワシの見通しが浅かったと認めることになった。

 王妃にも、嬢ちゃんにも、坊にも怖い思いをさせてしもうた。

 それについては、平身低頭に頭を下げて謝罪しよう。すまんかったのぅ。

 奴らは、終身刑など生ぬるい処罰では終わらせんよ」


「では、貴方達は、彼らがしてきたことは全てわかっていると…」


「まあ、おおよそじゃ。回収できるところは、回収しておる。

 奴らが知らぬところでの。人身売買と薬の件だけが、ちょっと厄介での。

 医師会館のビシンが解毒剤の処方と患者への対応で苦情を進言してきておる。

 医師の数が足らんので、もっと根本から解決してくれと泣きつかれた。

 まあ、今度の裁判でアトス信教の教区の排除が決定すれば、もっと対策は立てやすくなる」


王とポルクは互いの目を見合わせて頷いた。

そんな二人に、呆然としたままのマリアが、ぼそりと呟いた。


「ずっと前に知っていたのに、私を騙していたのですね」


その言に焦ったハインツが言葉を返そうとしたが、ポルクが止めた。


「お前さん、問題を履き違えておらんか?

 いい加減、自分が、全ての被害者のような考えを改めてもらいたいの。

 そもそも、王を、この国を騙していこうとしたのはお前さんのはずじゃ。

 全ての問題の鎖の始まりは、お前さんじゃ。

 そして、ハインツは王で、法制館の長でもある。

 この国の民を守る為、疑わしきを調べるのは当然の行為だろうて」


「私は…」


「最初にお前さんがマリアではないとわかったとき、王に問い詰め、断罪せよとワシが進言したが、ハインツは王としての立場ではなく、夫としての立場でお前さんを認め守ると決めた。ハインツは、それを今まで遂行していたに過ぎん」


「それは…どうして、ハインツ…」


今にも壊れてしまいそうなマリアの虚ろな目がハインツの視線に絡め取られる。

ハインツは、膝の上で握り締められていたマリアの拳をそっとその手で包み込んだ。


「君は、あの時言っただろう。

 自分を愛してくれるなら、決して自分の過去を問い詰めてくれるなと。

 それを守ってくれるなら、王妃としてふさわしくあるように努力すると。

 そして、ずっと私の側にいると約束した」


マリアは顔をクシャリと歪めて、泣きそうな表情になる。


「私は、貴方を裏切っていたのよ。

 ポルクのいうとおり貴方を騙していたの」


「いいや、最初はそうでも、君がずっと王妃としてふさわしくなるように努力していたことを私は知っている。そして、ずっと私の側にいてくれた。

 約束を君は違えてない。 だから、私も君との約束を守っている」


マリアの顔が、ふっと緩んで軽く口角が上がった。

力が緩んだような微笑で、儚げに笑っていた。


「約束、そうね、約束だから、貴方は私を守ってくれたのね」


「それもある。でも、一番は貴方を失いたくなかったからだ」


「私を? でも、私はもう貴方にとっても用無しでしょう。

 アトス信教を排除してしまえば、貴方にとって必要であった彼らの支持は得られなくなる。

 今までの後ろ盾であった教皇派の支援もなくなった。

 それどころか、隣国とアトス信教の影響をこの国から排除しようとしている今、

 アトス信教に傾倒している王妃の存在は必要ない。 

 今の私には利用価値がないし、邪魔な存在。わかっているの」


ハインツはマリアの手を掴んだ手のひらに力を込めて握り締めた。

そして、自分の本音を知らせるように、真剣な目でマリアを見つめ直した。


「マリア、私はアトス信教の支持など、どうでもいい。

 隣国とのつながりなど、無くてもかまわない。

 貴方が私の妻として、私の側にいてくれるだけでいいのだ」


マリアの視点は、空中を彷徨っているままで、ハインツを目をあわそうとしない。


「同情? 哀れみ? それとも王としての偽善?

 そんなの私が惨めになるだけ。もう、放置してくださいませ」


ハインツは席を立ちマリアの前に座り、その腕でマリアをすっぽりと覆うように、抱きしめた。


「貴方を放置などしたくないし絶対にしない。

 なぜなら、私は貴方をずっと愛しているからだ」


「は?」


信じられない言葉を聞いたように、マリアの目が瞬いて、

宙を彷徨っていた視線が、自分を抱きしめているハインツに定まった。

ハインツは、体を起こして、マリアと目線を合わせる。


「貴方を愛してる。

 マリアでも誰でもかまわない。

 ここにいる貴方を、ずっと永遠に愛している」


「私を?」


「貴方が私を愛していないことは百も承知だ。

 なにしろ無理やりに嫁がされたのだから。

 だがそれでも、私は貴方を、貴方自身を愛している」


「貴方が私を? 愛? 嘘」


マリアは信じられないようで、何度も瞼を瞬かしている。


「ああ、愛している。君がどこの誰であろうと私の気持ちは変わらない。

 私は嘘は決してつかない。君はそれを知っているだろう」


ハインツは、ふっと優しく微笑んだ。

その表情を真近にして、マリアの白い顔が一気にぼっと赤くなった。

マリアは、赤くなった顔を片手で隠すように覆うが隠せてない。それに、耳まで赤い。その様子に、ハインツは目を細めて嬉しそうにマリアを抱きしめた。


そのまま、二人の世界にいこうとする彼らをポルクの咳払いが止めた。


「まあ、後は二人だけのときにするんじゃの。

 それより、もう一人、ちゃんと説明をする必要がある人物がここにいるのをわかっておるかの?」


そうして、忘れ去られていたもう一人の少年を二人の視線が捉え、

ハインツはちょっとだけ気まずそうに咳払いをした。


紫の視線は、ずっと冷めたままだ。


「そうだな。先ずは、テアの手紙を読んでもらうほうがいいだろう」


そう言ってハインツは立ち上がり、本棚の深緑色の装丁と金の縁取りがある分厚い本と取り出した。

本の背表紙には、イルベリー国法事典と書かれてある。


「侍従長があやしいとわかっていたから、見つからないように隠しておいた」


本の間から、隅が黄ばんだ巻紙の潰れた手紙が取り出された。


「これがテアの手紙だ。

 最初は、王妃のこと、そして、途中からは君の事が書いてある」


差し出された手紙を、紫は受け取ってゆっくりと開いた。

そして、何度も何度も読み返しては首を振り、

最後の方を読み返していたときは、紫の手は震えていた。


「嘘だ。テアは僕のこと、本当はどうでも良いと思ってたはずなのに」


ポルクはその言葉に反論した。


「どうでもよい人間のことを、普通、死の間際まで心配するかの。

 彼女の守りようは、ワシからしてみると感嘆するほどじゃ。

 隣国の執拗な教皇派と反対派、それらを一人で言葉と態度だけで巧みに捌いておった。

 いやはやまったく、誠に見事なものものよの。

 調べによると、教皇から破棄宣告がでたのは生まれて5年目じゃの。

 そのころ、教皇の新たな取り巻きの女性との間に男の子が生まれておる。

 勿論、弟の公爵の子供となっておるがの。

 そんなものは、すぐにわかること、公然の秘密というやつじゃて」


紫は、その言葉に紫の目を更に大きく見開いた。


「私は、テアの手紙を受け取ってすぐに、マーサとネイシスを侍女として塔に送った。確認と君の世話をする為に。そこにアデルをねじ込んだのは侍従長だ」


ポルクは、白い髭を擦りながら、そのころを思い出すように話を続けた。


「あいつは大きな体に気持ち悪い顔のくせして、やることがえげつないというか、小回りが効きすぎでの、かといって、詰めが甘いのは頭が悪いからじゃの。

 いままで、思い通りにならなかったテアの遺産というべき秘密を暴いて、

 この国とあわよくば隣国までもを、その手に納めようなどと、野心丸出しの絵空事を描いておった。そのため、自分の情婦を侍女として王城に召し上げた。

 アデルが、従順に仕事をする女ではなかったことが、奴の敗因じゃの」


紫は、その綺麗な顔に似合わないぐらいに眉を顰めた。


「ねえ、一体どこまで知ってるの?」


「アデルが死んだ時、アデルの部屋を調べたら、

 見分不相応なものが山ほど出てきた。

 それを処分したのは侍従長だ」


王の言葉に、紫はふーんとまるで他人ごとのように、相槌を返した。


「それから、東の塔が奴らに使われていることくらいかの」


「東の塔?」


「塔の部屋の中に奴らが隠した金や資料などが隠されておる。

 まあ、すでにワシがすり替えておるがの」


ポルクがカッカッカっと軽快な笑いを天井に向かってあげた。


「あとはまあ、梟が、王妃が隣国との連絡を取っておったことくらいかの」


ポルクの言葉にマリアの目が大きく再度開かれた。


「そこまで…」


「ポルク爺さんは千里眼だ。私はいつまでも、どこまでいってもかなわない」


ハインツは、大きくため息をついて、マリアの肩に手を乗せた。


「何を言っておる。若造に追いつかれては、ワシの立つ瀬がないわい。

 それに、梟を手なずけるのには、ほとほと苦労したんじゃぞ。

 お陰で、毎晩寝不足で、お肌が曲がってしもうた。

 昼間に昼寝が必要なほどじゃ」


ほらほらと目の下の隈を見せようとするが、白い髪が邪魔をして、全く判別できない。


「あの梟は、本物のマリア嬢ちゃんとの連絡の為じゃろう。

 だから、あえて放って置いた。 だが、王妃よ。知っておるか?

 テアが死んだと時同じくして、マリア嬢ちゃんも息を引き取っておることを。

 あちらから返事を出して居ったのは偽者じゃて」


「…そんな。彼女の頼みだからこそ、私は…」


「思い出してみるがよかろうて。マリア嬢ちゃんの手紙の様子が変わったのは、2年ほど前からではないかの」


「……確かに。それまでは、私のことを案じている内容ばかりだったのに、

 ある日突然に内容ががらりと変わりました」


「あれは、隣国の教皇派の人間が代わりに送って居ったのじゃ。

 梟の飛行軌跡をたどったから、間違いないのぅ」


「それでは、マリアは二年も前に亡くなっていて、もうこの世にはいないと?」


マリアの手の先が、余りにも強く握りこまれた握りこぶしの影響で蝋燭のように白くなっていた。


「そうじゃ。 若い身空で、残念なことじゃがの」


ポルクの言葉で、マリアの全身から力が抜けた。

そのまま崩れそうになる体を、ハインツが後ろから抱きしめるように支えた。


「…私は、マリアを亡くしたのですね、永遠に」


正直にいえば、マリアが居なければ、そう思ったことは何度もある。

けれども、彼女が居るからこそ今まで生きてこようと思えたことも事実だった。

そう考えると、自分そっくりな顔のマリアが、私の唯一の支えであったのかもしれない。


「貴方の側には私がいる。 

 貴方のことを大事に思っている人間がこの国には沢山いる。

 それでは、亡くなったマリア嬢の代わりにはならないだろうか」


ハインツの言葉にメイの言葉が重なって聞こえた。


(貴方が頼るべきは縋るべきは神ではなく、貴方が愛し貴方を愛してくれている人達です)


頭の中の霧が晴れていく。


こんなに近くにいたのに、私はずっと気がつかなかった。

なんて馬鹿だったのだろう。


(相手のことを考えるのなら、愛したらどうでしょう)


メイの言葉が、マリアの脳裏に広がっていく。


ハインツの真っ直ぐに、熱く注がれる視線。

その愛情を自覚したとたんに、マリアの心に溢れてきて、今にも毀れそうだ。


「ハインツ、私は貴方を愛しても良いのでしょうか。

 貴方を、この国の人たちを私の支えにしても本当によいのでしょうか」


注がれていると自覚した愛が嬉しくて、嬉し涙が止めどなく流れ落ちる。

その顔は今までにハインツが見たことが無い、生命力にあふれた美しい笑顔。


「もちろんだ。マリア」


ハインツは、感動のままにマリアをギュッと抱きしめた。


「どうか私の名前を呼んで下さい、貴方。

 私の本当の名はエリシアといいます。

 貴方を愛したい私は、エリシアです。 ハインツ」


涙が途切れない彼女をハインツは痛いほどに抱きしめた。

その様子を周りの人間は、やれやれと微笑ましそうに見ていた。

 




紫の話は、次で。

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