act 2:恋心 A. 2/13 [st.Valentine's Day Eve]
感情は―
自分を迷わせる。
御門時雨、16歳。
この年、高校に入学した。
季節は2月。人々が恋に燃える月でもあった。
2月14日のバレンタインデー。
これが主な原因だろう。
男子に関しては、チョコレートがもらえるだろうか。などと期待に胸を膨らませている。
さらに、今日は前日の13日なので、一際テンションが高い。
「時雨ぇー。時雨は、誰かにチョコあげんの?」
「んー。誰にも」
少し悩む振りをして、時雨は答えた。
実は全く悩んでなどいない。最初から、誰にもあげるつもりはなかったから。
「そっかぁ。あげないんだぁ」
「そういうリオはどうなの?」
彼女は時雨の友人、周防莉緒。
明るい性格で、人と話しているときの彼女は、とても楽しそうに笑っている。
「私は……」
そう言って、莉緒は頬を赤く染めて、恥ずかしそうに俯く。
「バレバレ。誰かにあげるんでしょ?」
そう時雨に告げられた莉緒は、小さく頷いた。
(羨ましいなぁ。私に恋してる余裕なんかないしなぁ)
そうして、時雨は帰宅する。
昔住んでいた孤児院ではなく、今は近くのアパートで暮らしている。
理由の一つは、孤児院の人に鎖術師に関しての秘密を漏らさないように。そしてもう一つは、おかしな同居人のせい。
「お帰りィ、時雨ちゃん」
時雨の帰宅を察すると、奥からは黒いニット帽を被った金髪の男が現れる。
長い髪を後ろで束ねた形の髪は、彼には妙に決まっている。
「ハァ……ただいま、グレイ」
グレイと呼ばれた男はニヤニヤと笑いながら、一言。
「そんなしかめっ面ばかりじゃあ、可愛いお顔が台無しですよ?」
この彼女の隣で笑うは、彼女にもとに就いた使い。
その名をアール・グレイという。
彼こそが、時雨の十歳の誕生日に、声をかけた張本人である。
「ほら、こぉんなに可愛いのに」
近寄って、抱きしめようとしたグレイを時雨は一蹴。
「黙れ、ケダモノ!!」
「ケダモノ……」
グレイは、その場でガクリとうなだれる。その彼を哀れむ様子もなく、時雨は帰りに買ってきたコンビニ弁当を無言で食べ始める。グレイとは視線を逸らすように、彼に背を向けて食事をとっている。
「ヒドいなぁ」
「自業自得!」
時雨は鮭弁当を半分残し、
「ハイ」
と言ってグレイに差し出す。食べろということだろう。
そのことがグレイにとって、とても嬉しかった。
(この箸!まさか、関節キス!)
グレイは差し出された弁当の上に乗せられた、使用済みの箸を見て、思わずにやけてしまう。
「いただきまーす!!」
そして、その箸を手に取り、口に含む。
「フフ…」
「何笑ってるの?変なの……」
グレイは頬を染めて、満面の笑みを浮かべていた。
「そういえば、仕事は?」
時雨はそんなグレイは放っておくと決め、一言訊ねる。
「ン?明日の午後二時ごろに魔物…鎖牙が来ます。ポイントは…」
そう言って、グレイは不適な笑みを浮かべた。
「時雨の通ってる、―清涼高校です」
―!?
「誰……!?誰が標的なの…」
「そんなの、わかりませんて」
時雨は不安そうな面もちでベッドに倒れ込んだ。
やはり、身近な人が狙われるということに不安を抱いているのだろうか。
「ハァ……明日の二時って、授業中じゃん。確か…科目は体育」
時雨は気持ちを落ち着かせるためか、ゆっくり目を瞑る。まるで眠るように。
「そんなに心配しなくても、僕が見張っとくから大丈夫」
グレイが時雨とは対照的な、明るい声で囁いた。
「あんたはイマイチ信用できないし」
「心外ですねぇ。これでも信用できる人間なんですよ」
呆れ顔で言い捨てる時雨に、グレイは苦笑しながらつぶやいた。
「それに、相手は下級鎖牙です。あなたの実力なら、心配するほどのものじゃありませんて」
「そう、かな?」
時雨の顔色が少しだけ明るくなった。グレイの励ましは少なからず効果があるように見える。
「ハイ。もちろん」
「フフ……少しは気が楽になったかな。ありがと」
「いえいえ」
そうして彼は、微笑む少女を楽しそうに見つめていた。