act 1:十歳の誕生日 [Starting]
物語は動き出す。
―それは
運命だったのかもしれない。
時雨はその日、住み慣れた孤児院で誕生会を祝われていた。
5歳のとき、幼くして両親を事故で亡くした時雨は、近くの施設に預かられることになった。
それから既に五年。施設の先生や他の子供たちとは、とても頑丈な黒い鎖で繋がれていた。
決して切れることのない、固い絆。
それは結ばれた関係、つまり鎖の形がよく表していた。
漆黒の鎖は二、三重にまで重なって、結ばれている。
暗闇の中、小さなロウソクの灯を皆で楽しそうに囲んで、10歳になったことを祝ってもらった。
その日は時雨にとって、とても嬉しい日になった。
そんな日の夜の出来事だった。
その日は、時雨にとって、10歳になったことよりも、重要な記念日になった。
どこからともなく聞こえた男の声。
その言葉は今でも鮮明に時雨の記憶に残っていた。
彼の第一声は、確か。
「ハーイ、時雨ちゃん。コンバンハ」
「だ……だれ?」
何も知らない時雨は、身体を震わせながら、得体の知れない謎の若い青年の声に怯える。
「時雨ちゃんはぁ……」
男の声は一息置いて、時雨に訊ねた。
「"鎖"見えるよね」
「……知ってるの?この"鎖"のこと」
時雨は彼の言った鎖という言葉に反応し、訊ねるように言った。
「当然。僕も見えてるんだからさ♪」
時雨は昔、孤児院の友達に鎖のことを訊いたときに、他の人には見えないことを知った。
だが、耳に入ってくる声は、それを知っている上に、見えると言うのだ。
「……教えて」
「ハイ?」
聞き返すその声に対し、時雨は力強く言い放った。
「私に……この鎖のこと、教えて!」
その言葉に続くように、時雨は言う。
「昔から見えるのに、鎖はしっかりそこにあるのに、これが何なのか、全然わからないよ!!」
時雨の泣くようなか細い声に、その声はゆっくり答える。
「そっスねぇ……簡単に言うなら、この鎖は…」
――関係。
「かん……けぇ?」
「そっ、人間同士の関わりっス」
時雨は足の震えも忘れるほどに、その話に食い入っていた。
謎の声は、彼女に全てを話した。
それぞれの鎖の個々の違いは関係の強さによるもの。
その鎖を司る者が"鎖術師"であること。
そして、時雨にその素質があること。
「…さじゅつし?」
「そう。鎖を正しく導く者っす」
「それに、私がなるの?」
時雨は少し驚きながらもそう訊ねる。
「はい。充分に素質はあるはずです」
「それって…具体的には何をするの?」
「主には鎖…つまり、人と人の関係を断ち切ろうとする魔物を討伐すること」
重たい口調で言った声が、妙に時雨の心を締め付けた。
「それって…私とみんなの関係も?」
時雨が震えるようにか細い声で、恐る恐る彼に訊ねた。
「ハイ……下手をすれば、そうなることもありえます」
その一言は、時雨を動かすきっかけとなった。
「私……やるよ。できるかはわからないけど、身近な人との関係ぐらいは守っていきたい!」
これが時雨の、鎖術師としての運命の始まりとなる、記念日となった。