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初KISSは、どんな味?

超短編です。よろしかったらドゾー

「初キッスはイチゴ味が理想よね、裕ちゃん」

「小六にもなってイチゴ・キャンディが好きなお子様なら、そーだろうよ」

「なによう」


 俺の横でほおをふくらませる女の子――井上苺とは、家が近所の幼馴染だ。そのためか、下校時はよく一緒に帰る。


 たしか成長期……とかいうものを、どこかへ置いてきたらしい背の低い彼女は、頭の中身も同じなのか。

 性格は昔から変わらないようにみえる。子供っぽいまま。

 来年は中学生だぞ、そんなんでいいのか。そう問い詰めたくなること多々あり。


「しっかし、初キスの味ねえ……」


 つぶやきが散りかけた並木桜の隙間を通って、夕焼けの空へと消えた。

 普段の俺達の会話は、もっととりとめのない内容だ。

 この前に観たテレビがどうの、ペットの犬がどうの、実に平和なものである。


 ところが今日になって、少し方向違いの話題となってしまった。

 原因は何か……と問われれば探るまでも無い。それは昼休みのことだ。


「ぎゃははっ、おいコレ見ろよ」


 持込み禁止のマンガ雑誌を読んでいたクラスメイトが、隣の男子生徒を招き寄せる。


「あん、何だよ? え~何々……、『理想の初キスは何味? 堂々の一位はレモン味』だあ? 何ですかあ、これ。ガキっぽいっすねー」

「だろ、ウケるべ? 今どきレモン味は、ナイよなー」


 彼へ同調するように周囲の男子が笑い声を上げる。俺もその一人だった。ただし俺のそれは、乾いた笑いでしかない。

 実のところ、俺の思い描くものはレモン味なのだ。そのことがバレたらどうしようという思いで、冷や汗いっぱいだった。


 だから焦る俺は、とにかく話題を変えたくて、ふと頭によぎったことを考えなしに口から出していた。


「じゃあさ、何味ならアリなんだよ?」


 この質問へ真っ先に喰いついてきたのは、最初に雑誌を読んでいた少年だ。


「少なくともレモンじゃねーな。やっぱ、コーヒーじゃね?」

「はいはいっ、俺は塩タンだと思いまーす!」

「…………しょうゆ一択で」


 次々にカミングアウトする友人たち。しかし彼らの口にする内容は――。


「おいっ、喫茶店の息子に、焼肉屋にラーメン屋! おまえらの言うこと全部、身近にある喰いモンのことだろ!」


 思わず声を張り上げてしまった俺へ、家業が喫茶店の少年はおかしそうに肩をゆする。


「ははははっ、だよな! でも、ぶっちゃけキスの味って、“そーゆーこと”なんじゃね?」


 幻想なんかへったくれもない、しかし息づいた生身の答えは意外だった。不意打ち気味に的を得た返球をもらった俺は、少しぼうっとなった。

 なんだろう、こういうの。含蓄のある言葉……だっけ?


「で、裕はどうなんだよ?」

「え?」


 軽く空白状態の脳内では、彼の質問の意味が分からなかった。そんな俺を不思議そうに見るも、ヤツはイタズラを図る狐みたいな顔つきになり、ある一方を指差す。


「初キスの味」


 指の延長には俺のよく知る少女がいた。

 背を向けて、女友達とおしゃべりをする井上苺。やわらかな髪からチョコンとのぞく苺の耳は、名前のように赤く色づいて俺の目に映った。


「ええっ?」


 あのとき、いやらしいニヤケ面をさらす友達は、どんな回答を期待していたのだろう。

 あいにく苺と……まぁそうゆうことなどしていない。とはいえ今さらガキ判定された答えを、言うわけにもいかない。


 結局俺は、その場をうやむやに納めるしかなかった。


「――――じゃあ、裕ちゃんの考える初キッスってどんな味?」


 しかし神様がいるとしたら、とんだイジワルな存在らしい。

 現実に神様はいないが、その代理のごとく、下校時になって昼休みの再現をしてくれる少女の姿があった。


「ねえねえ」


 しつこく回答を求める苺は、とうとう俺の袖をつかんで引っ張ってきた。やたらと執拗だ。

 仕方ないから、とりあえずテキトーに答えるとする。


 そうなると、幼稚とされたレモン味と逆のものがいいだろう……。子供っぽくない……、大人は苦い……?


「そうだなあ……、なんというか甘いんじゃなくて、もっとオトナっぽいというかさぁ。…………ビターなカカオ?」

「なぁにそれ? ほんとに~?」


 苺はじっとこちらを見つめてくる。くりっとした丸い瞳を潜めた彼女は、半信半疑といったところだ。


「ほ、ほら、いつも言ってるだろ? もうすぐ中学なんだからオトナになんなきゃってさ」


 よく少女を子供扱いしている俺が、彼女と同レベルなんて知られるなど我慢ならない。

 そのため、嘘を重ねる舌が二度回ろうとしたとき、ふいに自転車の近づく音が聞こえた。脇へ避けると、思いもよらず声をかけられた。


「あら、帰り道で会うのは久しぶりね」


 声の主へ顔を向けると、自転車に乗った隣家のお姉さんが、ゆるやかな速度でそばまで来ていた。

 春から高校生だという彼女は、小学生じゃ着ない制服が新鮮でとても大人っぽい。


「祐君、苺ちゃん、じゃあねぇ」


 俺の対応もそこそこに、お姉さんは笑顔で手を振ると、止まらずそのまま行ってしまった。

 彼女の通り道には、軌跡のように漂う花の香り。ピンときた。


「――コレだよ」


 はっきりとつかめた大人のイメージに、俺は上機嫌で苺へ向き直る。


「なあ、苺。さっきの質問にちゃんと答えてやるよ」


 けれども、あれほどしつこかった当の少女は顔を背けていた。


「どうしたんだよ」

「……別に、なんでもない」

「なんでもなく、ないだろ。せっかく人が、まじめに答えてやろうと思ったのに」


 俺がうらみがましく告げると、少し間を置いて、苺はぽつりとこぼした。


「聞きたくない」


 続く彼女の語調は叫びに近かった。


「聞きたくないっ。……にデレデレしちゃって……裕ちゃんなんか嫌いっ!」

「なんだよ突然!」


 怒気を発する苺につられてしまったのか、思わず俺は、小さな少女の肩を小突いていた。

 このとき、しまった、と思った。


 相手が男子ならば、たいした問題じゃない。せいぜいケンカのゴングが鳴るだけだ。

 しかし苺は――普段のあどけない笑顔のカケラもなく、うるませた瞳でこちらを見ていた。肩を押さえてボウっとたたずみ、せりあがる感情をこらえきれないのか、しゃっくりが出始め――――


「裕ちゃんが……ぶったぁ……」


 わあっと泣き始めたのだ。


 ここは通学路。しかも下校時刻で周囲には生徒たちも多い。

 クラスの違う同級生たちや、下級生のいっさいが「なんだなんだ」とばかりに、俺と苺へ注目していた。


「おねえちゃん、どうしたの?」

「おんなのこ、なかせたりしちゃダメだよ、おにいちゃん」

「いじめっこ、わーるいんだ」

「うっせ、ガキんちょはさっさと帰れ!」


 通り過ぎるついでに、口々にはやし立てる下級生たちへゴー・ホームをうながす。だが、俺の心では荒波がうねっていた。

 年下にすぎない彼らの言葉が、たしかなことだと自分を責めていたからだ。


 なんで自分は、あんなことくらいでカッとなってしまったんだろう。

 よく笑う苺の急変ぶりに動揺したからか?

 いつも子供っぽく、小さなお姫様のようにふるまう苺を上手く扱えないと思ったからか? 自分の未熟さを隠す裏返しか?

 だとしたら俺の方こそ、とんだ身勝手なガキだ。


 情けなさを暴かれてしまった気がして、ショックでいっぱいだ。だが、目の前で泣く少女を放っておくのは、さらに自身の情けなさにドロを塗る。

 とにかく、すみやかに事態を収拾しなければならない。


「俺が悪かったって。ぶってしまうなんて、どうかしてた。ごめんなさい」


 聞く耳持たずといわんばかりに、苺はわんわん泣き叫ぶ。

 手の出しようがない。

 しかし、こういうときにこそ、父さんの教えてくれた秘奥の口伝を使うときだ。


 口伝の一『女に許して欲しければ――――とりあえず男から折れろ。謝り倒せ。それで大概、なんとかなる』


 よくわからんが、男らしくないように思える。


 茶飲みバナシのついでに秘奥破りをしたら、苺のお母さんは「まあまあ、だから裕ちゃんのおうちはカカア天下なのね」とおっしゃっていた。

 カカア天下とは……なんだろう。ボナパルティズムか?


 だがとにかく、俺には手が残されていなかった。


「ごめん、この通り。なんでも苺の言うこと聞くから、許してくれ」


 思いっきり頭を下げる。ほんの少し、声がゆるくなった気がした。

 取っ掛かりは得た。


 あとは押しの一手。

 父さん秘伝、その二『一で足りなきゃ援護攻撃しかない。ひたすら貢げ!』。つまり懐柔とのこと。


「泣きやんでくれよ。おまえの好きなシャトレーゼのショートケーキ買ってやるから、な?」

「ヴィタメールじゃなきゃヤダー!」


 この女……、しっかりと主張するとこは押してきやがる。母親の指導か?

 つーか、ヴィ……なんとかってシャトレーゼより高いのか? 小遣いで足りるのか?


 不安はあるが、もう折れるしかないだろう。


「わかったわかった、そのビタ一文ってとこで手を打つから。だから許してくれるよな?」

「…………ビタ一文じゃなくて、ヴィタメール」


 ようやく声をひそめてしゃっくりを上げる苺を見て、気のゆるんだ俺はタメ息をもらした。

 これを聞きつけた少女は、まだ赤みの差すまなじりで、こちらを不満そうに見る。


「まだ、完全に許してない……」

「マジですか」

「わたしの言うこと、ちゃんと聞いてもらうわ。ケーキのこととは別に。“子供じゃない”ならトウゼンよね?」


 こちらの弱みを、とことん逃す気の無い少女に恐れ入る。これも母親の教育のタマモノだろうか?


「おう、俺は“オトナ”だからな。言ったことは守るぞ」

「じゃあ、ひざまずいて」


 彼女の意図は見えないが、とりあえず従う。俺が膝立ちになったことを確認した苺は、満足そうに口端を上げる。

 だが、すぐに強い表情へと顔を変え、腕の袖をまくった。


「スゴイのあげるからね。覚悟が出来たら目をつぶって」

「か、覚悟なんかできてる」


 啖呵をきって目を閉じるものの、案外怖い。


「準備カンリョーだね。じゃあ――――」


 両ほほを抑えられたと思ったら、ふわりとやわらかな感触が唇に当たった。そして、甘い香り。

 なにをされたのか一瞬で悟り、俺は目を剥いた。

 膝立ちなことも忘れて飛びずさろうとしたのでバランスを崩し、そのまま地面へと背中から倒れてしまった。


「ふっふーんっ、フクシュー成功! スゴく驚いでしょ?」


 そこには朱の差し込んだ照れた笑みで、舌をペロリと出す子狐がいた。

 下唇へ添えられた少女のベロは、キャンディの着色で赤い。

 なぜかそれへ妙に目を引かれた俺は、なんとはなしにマネをして舌を伸ばす。イチゴの味がした。


 ようやく俺が身体を起こすと、苺は待っていたかのように得意満面で胸を張る。


「じゃあ、もう一回聞くね? 初キッスは、どんな味だった? 理想的だったでしょ?」


 なんともコシャクだと思った。

 せいぜい嫌そうな顔で迎えてやる。


「イチゴ・キャンディのせいで、ダダ甘い」

「なによう」

「ふんっ」


 たしかにイチゴのせいで甘かった。

 だけど、理想のレモンみたいな甘酸っぱさもあったなんて、そんなコト言えるかよ!











今書いてるやつが煮詰まって……息抜きに書いてみました。

ほのぼの青春系っていうんですか?

なんか新鮮でした。

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