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6.春臣




ブースの中でヘッドホンを掛け、目を瞑って歌っている姿から目が離せなかった。

高音でも無く低音でも無い独特の音色。R&Bやブルースに近い雰囲気を感じさせるが、それはまるで子守唄を聴いているような錯覚を起こす。

「彼女がプラムボックスだったのか」

「そう。だからギブアンドテイクだ」


プラムボックスと云う歌手は謎だらけだった。凄い力を持っているのにデビューしていない。CDも椿が持っている一枚だけで、何時でも快く聞かせてくれるが誰にも貸す事はなかった。彼女は音楽業界では有名だったが一般では無名なプラムボックス。


昨夜、椿が俺の事を暴露した時は正直焦った。まさか一般人に話すとは思って居なかった。いくら椿の大切な人かもしれないが、俺には初対面の女性でしか無い。

この世界で騒がれては今までの苦労が水の泡になる。とにかく静かな生活を送れる事を望んでいた。

しかし、彼女は最初こそ驚いていたがその後はいたって普通に接して来る。

友人を呼ぶ気配も無ければ、写真を撮ろうともしなかった。そもそも彼女が携帯電話を持っている所を一度も見ていない。

俺と彼女がギブアンドテイクなのか、俺と彼女に対して椿がギブアンドテイクなのか。

やっぱり椿には負けるな。


「?」

微弱だがヘッドホンにノイズが入る。

他の二人を見るが、変わりなくミキサーを調整している。

顔を上げガラス越しのスタジオで歌っている彼女を見て、大声を張り上げた。

「椿!冬樹!ダウンだ!全てダウンしろ!!」

二人は俺の顔を見上げ、俺の視線の先を見て瞬時に動いた。

彼女のヘッドホンから煙が上がっている。


電気が落ち真っ暗なスタジオに急いで入り、何が起こったのか分からずに居る彼女のヘッドホンを引っ手繰るように取り上げる。

「あ、えっ?な・・・」

最後まで言葉を発し終える前に彼女は気を失った。

その彼女を抱き留めた時、体中に稲妻が駆け巡った。



「小梅は電気体質なんだ。静電気とか言うレベルじゃ無い。稲妻レベルだよ」

彼女を抱き上げたまま居間へ向かい、ソファへ寝かせる。

椿は台所でコーヒーを入れている。

冬樹は地下のブースで被害の確認をしているが、多分ヘッドホン1つの破損だけだろう。

「小さい頃から静電気には良く泣いていたよ。鍵とかドアノブを触る度にビリビリするって泣いてたから、誰かが開けてあげなきゃいけなかった。この家も昔の日本家屋だろ?新築を考えていたらしいけど、小梅がそう云う体質らしいって事で止めたんだ」

日本家屋の中でも特殊な作りの数寄屋造りに近い様式の家だと思う。茶室が有り、茶室から中庭を眺められる作りになっている。其々の部屋の戸は木枠の引き戸、切子のガラスが嵌め込まれて入る物や、竹細工で編まれた物など味わいが有る。

柱や鴨井も太く黒光りしていて年代を感じさせるが、手入れが行き届いているから建物自体はどっしりしており重みを感じる。


居間から中庭に続く縁側に腰掛け、椿と二人コーヒーを飲んでいる。

「最低限の家電と電話、操作画面には厚いゴムのシートが貼り付けてあったのはそのせいか。当然携帯電話なんて無理だろうな」

椿はカップを持ち上げ「コーヒーメーカーもお客が入れなきゃいけないんだ。あいつはインスタントでしか飲まないからな」

「・・・大変だっただろうな」

「んー 思春期過ぎた頃にはそれなりに折り合いを付けてたな」

「握手を断るのもその為だね」

「やっぱりハルさんでも断られたのかー」

「ごめんなさいって泣きそうな顔で謝られて、こっちが泣きたくなったよ」

あはははは!と椿は空を見上げて笑った。


「ハルさん。小梅を頼むね」

「・・・・・椿の宝物だろ」

「蒼い月、CDが欲しいと言う人が居たら教える条件で預かったよね。今まで言えなかったんだ。あのCDは小梅が持ってるってね」



俺にとっての全ての中心は彼女って事か。





6年前に日本でこの仕事に携わる様になった。

それに伴ってこちらで暮らす様になった。

今でも年に一度「正旦」(正月)には「桜都」へ帰っている。


「桜都」に生まれ、育った俺は「桜都」しか知らなかった。十七歳で関白に任命され、大政大臣を15年務めた。本当なら大学へ行きたかったのだが大臣への任命が成された為、断念するしかなかった。高校も途中だったが飛び級扱いになり、卒業のぎりぎりまで勉強するはめになった。

任命したのは関白本人であり、俺の姉である。


「桜都」では子供を産み育てる女性を神と同等と考えている人が多い。其れゆえか関白は歴代女性である。関白の標と言われる桜の花の標も女性にのみ現れる。これは代々受け継がれる物では無く、月に選ばれた大切な子として、一般の人からも選ばれる。

その為この国では男女の差が無いし、身分の差による諍いも無い。但し、女性の意見が優先される事が多いのは否めない。


姉は聡明で頭が良く心の優しい人だった。しかし生まれた時より体が弱く屋敷から一歩も外へ出た事が無い。しかし関白の標を持って生まれた為、毎日の様に屋敷には先志(せんせい)と呼ばれる老師が訪れ沢山の理を教えて行った。学舎に通う事は出来なかったが自学で学び、高校までの認定証も取っている。


先の関白は俺の母親の姉だった。この人はとても厳しい人だったが、民からは信頼されていた。自分の先が短い事を知ると、姉の元に頻繁に足を運び体を気遣ってくれていた。

それから間もなく先の関白は崩御され、20歳になったばかりの姉が関白となった。


関白以下の大臣・将軍等は関白を支え、時には意見をも言って憚らない強者ばかりである。

只、先の関白が長く政権を預かった為、大臣以下も長く携わり、汚職が蔓延していると言う噂が立っていた。

次期関白は若干20歳の病弱な女性である。大臣以下、このままの体制だろうと高を括っていた所に大政大臣の辞任が報告された。彼は先の関白の父親だった。高齢だった為政務には殆ど携わっておらず、関白が兼務していたと言う。


大政大臣は関白の良き理解者であり良き意見者であらねばならない。民の為に心を砕き、関白の為に忠誠を誓う。

関白にとっても大政大臣とは最も信頼出来る人間で無ければならないのである。


姉が15歳の祝いの席での事。俺を呼び出し奥の部屋へと連れて行かれた。

座りもせずに向き合ったまま、私が関白になった時にはお前が大政大臣になるようにと言ったのである。

何故かと尋ねると、次々期関白がまだ10歳であり、自分は現関白程長くは留まれないからだと言った。私からの橋渡しも必要だし、早々に腐った果実を摘み取らねばならないとも言っていた。

それなら許嫁殿が良いのではないかと言ったが、彼は自分の警護に付けると言われた。

確かに彼の剣の腕と5秒先を読む力はずば抜けている。


何故俺か。

頭の良さ、顔の良さ、人を引き付ける力で惑わし現政権を崩壊せよと。

短命な私にしか出来ない改革が有るのだよと、体が凍る程冷たい微笑みを浮かべていた。

自分の姉ながら、辛辣な言葉が良く似合う。


それからの五年(姉が関白に着任するまで)は怒涛の日々だった。

今まで通り学舎に通い武術部も辞めなかった。家へ帰ると姉の従事から歴代大政大臣の偉業から失策までを叩き込まれる。姉の従事とは関白の標を持って生まれた時から彼女専門の勉強係として政府から使わされる要人である。

睡眠もドリームランと呼ばれるカプセルに放り込まれ、寝ながら勉強させられた。


流石に一年も経つ頃には精神的に疲労しており、穏やかな日は無くなっていた。

後から聞いた話だが、一般人なら一カ月が限界と言われる殺人的スケジュールだったらしい。なまじ力が有ると求められる事も多いのだろう。


13歳の祝いの日、両親も兄弟姉妹も集まって身内だけの祝いを催してくれた。

嬉しかった。嬉しかったのだが腹立たしかった。

弟が持って来たゲーム機で遊んでいた時、自分よりも上手くなっているのに腹を立て剥きになってしまい力を放出させてしまった。そう言えばこの一年ゲームをした覚えが無い。

バチ!と言う音と共に明かりが消えた。


自分の屋敷だけでは無く、この地区一帯の停電を起こしてしまっていた。

復旧には数時間掛るだろうと言われ、俺は自室へ戻った。

停電と共に自家発電が作動しており、淡い明かりが足元を照らしている。

自室へ戻ると、其処には小さな幼子がぬいぐるみを抱きしめてぽつんと立って居た。


見た事の無い顔に服装。何処の子だろうと思いながら腰を屈め名を訪ねようとした時、小さな手が俺の頬に触れ「だいじょうぶだよ」と笑いかけた。

気が付くと俺はその子を抱き締め、泣いていた。

俺の背中をとんとんと小さな手が規則正しく叩いている。

涙は少し前に止んでいたが、小さな手が起こす振動に身を任せていた。

幼子をひょいと抱き上げ、長椅子に一緒に座る。

隣に座らせていた幼子は俺の膝の上によじ登り落ち着いたと思ったら、歌を歌いだした。

単調な曲調に耳を傾けながら安心感に身を委ねる。

「歌って」と言われ、一緒に沢山の歌を歌った。


ジジジ・・・と明かりが点滅を始めた。意外と速い復旧だと思っていたら、ポンと言う音と共に明かりが付き、幼子がふっと消えた。傍らにうさぎのぬいぐるみが残っていた。






春臣目線のお話です。春臣は意外と俺様主義の人物でと思っておりますが、表面上は穏やかな人設定です。

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