41.幸福
――――― 十年後 ―――――
「ちち!なぜ、ももかには にほんのおなまえが ないのですか?」
「百花は百花と言う名前があるだろう」
「ちがいます。あにさまは さくらざかいつき って にほんのおなまえがあります。
でも ももかには さくらのうえももか って ひとつしかありません」
「それは仕方の無い事だなあ。百花は桜都の宝だからねえ」
八年前に男の子「樹」が誕生し、この子は日本と桜都の両方で国籍を取得した。
本人の希望で日本の学校と桜都の学校の両方へ通っている。
週の半分づつをそれぞれの学校に通っているのだが、成績が良いせいかどちらの学校からも、大して文句は言われていない。但し、日本の学校からは出席日数が足りないと言われ、長期の休みの時に補充している。
樹は両親の魔力を受け継ぎパラメーターは約90の持ち主である。
行く行く、どちらの世界で落ち着かは本人次第だと思っている。
しかし、三年前に生まれた女の子「百花」は桜都でしか出生届を出さなかった。
それは生まれた時に首の後ろに持って生まれた「標」の所為であった。
百花の母は月の化身を呼び出し、大層文句を言っていたが、今更変えられない事であった。
この子は桜都の将来を背負う運命を持って生まれた未来の「関白」である。
しかし百花は歴代の関白と違い魔力を持っている。
パラメーターでは60であるが、テレポートをする事が出来るのである。
パラメーターは成人に達しないと安定しないと言われているが、小さい頃から強い魔力を持って生まれたこの兄妹の魔力は計り知れない。
さほど大きくも無いエンジン音とズザザザー っと砂利を踏むタイヤ音がする。
バンッ! と車のドアが閉まる音がする。
「百花―!ただいまー!」
「ははだ!おかえりなさーい!」
ぎゅうぎゅうと抱き合う親子。それを見ながら片眉を上げる男が一人。
「俺には?」
「また片眉上げるし。それが出来るのって悪魔の証拠なんだよ?分かってる?」
「五月蠅い」
「くすくす、ただいまー」
百花を両手に抱えながら、春臣の胸に飛び込む小梅である。
プラムボックスとして始めた歌手活動が今も続いており、友人の深沢朱音の映画音楽を担当した時に頼まれたメイキング映像により顔が流失した。
それ以来、音楽活動とモデル活動をこなしている。
家族が居るからと、無理な時間組をせずに、ほぼ普通のサラリーマンと同じ生活を過ごして居る。
それは、椿のお蔭である。
但し、年に一度だけ一週間のライブ活動をしているので、その時だけは子供たちに寂しい思いをさせている。
椚や花梨やその子供達が来てくれるので、大して寂しくないような話もあるのだが。
「樹は?」
「友達とサッカーしに行ったよ」
「何だ、そうなのか」
「ははー、くろたんはー?」
「あー ミニの中に置いてきちゃった!」
「くろたーん! ミーニー!」
日本の自宅に簡易車庫を置いた。
その中に車を入れて置けば、テレポートしても分からないからである。
百花の大のお気に入りのミニクーパーと黒ちゃんは、私と一緒に両方の世界を行き来しているのである。
「えーっ!?」
百花を乗せたミニはふわふわと空へと浮いて行く。
「おさんぽしたら、かえるねー」
「わてが付いてますさかい、心配せんといて下さいなー」
「プップー♪」
黒ちゃんとミニには一時間で戻って来る様、いつも頼んである。
しかし、今までは殆どがドライブで、空を飛んだのは初めてだ。
恐るべし、わが娘。
「あー わらび餅ごと行っちゃった」
「直ぐに戻るさ」
「そうだね」
空に浮かぶ車を眺めながら、春臣が小梅に顔を向ける。
「何か良い事が有ったのか?」
「ふふ、良い事かどうかは分からないけど、ずーっと気になってた事がやっと分かったの」
「何の事だ」
「あのね、ずーっと前の話になるんだけど。春臣さんと知り合ったばかりの頃に冬樹さんから、あなたには気を付けろって言われた事があったの」
「また随分と昔の話だな」
「そうなの。私も忘れてたんだけど、たまたま冬樹さんと椿と三人であの頃の話をしてたら、私が思い出しちゃって、冬樹さんに聞いたんだよ。そしたらね、冬樹さん覚えてて、あれは今なら何も気にする事じゃ無かったって言うんだよ」
「気にする事じゃないのに、気を付けろと言ったのか?」
「春臣さん、時々会社からテレポートして何処かへ行って無かった?」
「そうだな・・・疲れた時はマンションまでテレポートしてたな・・・それか?」
「そうだって。ふっと消える所を見ていたらしいよ。だから春臣さんは人間じゃ無いと思っていたって言ってたよ」
「そうか、気を付けていたんだがな・・・」
「まあ、今でも人間じゃ無いと思ってるっぽかったけどね」
「冬樹とは今度ゆっくりと話さないといけないな」
「程々にしてあげてね」
春臣は小梅を抱き上げ、そのまま家の中へと消えて行った。
外で遊ぶ子供達が歌を歌う。
♪ さくら さくら
やよいの空は 見渡す限り
かすみか雲か 匂いぞ出ずる
いざやいざや 見にゆかん ♪
桜都では小梅の歌った日本の童謡が根付き、知らぬ者が居らぬほど浸透しているのであった。