40.背中
ああ、ここは桜都だっけ。
目覚めた視線の先には庭が見える。
新しく増築された寝室の窓からは、緑豊かな離宮の庭が眺める事が出来る。
何時だろう。
気持ち良く目覚めた筈が、頭は朦朧とし、体は怠い。
其れもその筈、昨夜は頭と体と心がばらばらに反応した夜だった。
春臣さんの香りに包まれるのはとても安心出来る。
痛みも忘れる程の優しさに翻弄されたが、それがとても幸せだった。
彼を信じて、自分の道を歩もう。
何時か桜都と日本を繋ぐ道が閉じたとしても、悔いの無い様にしたいと思う。
彼の腕からそっと抜け出し、お風呂へと足音を忍ばせる。
此処の建物の作りは大体同じだと思うから、入口脇の奥まった戸を開けて見る。
やはり其処はお風呂だったのだが、何故か露天風呂と言う物が目の前を占領していた。
「これなら一緒に入れる」
「うわっ!」
後ろから羽交い絞めにされ、耳元で囁かれて吃驚する。
「一緒なんて恥ずかしいだろう!」
「・・・何を今更」
確かに、今更と言われれば今更なんだけど。
彼は私にお構い無しにお風呂へ入って行く。
「あっ!?」
彼の後ろ姿から目が離せなかった。
彼の背を追う様に、結局一緒にお風呂に入る。
お湯の上には桜の花びらが散っていた。
もう一度、明るい所で彼の背中を確認したい。
「・・・あの、後ろを向いて背中を見せてくれますか」
「?・・・こうか?」
やはり彼の背中には金色の龍が居た。
私が夢で見ていた、顔の無い龍である。
「龍の尻尾だ」
「ああ、気にするな。もう痛みも無い」
「私が夢で見ていた龍は春臣さんの背中だったんだ」
「これか?」
「うん。これだった」
「そうか」
私を迎えに来るのは火の化身の龍では無く、あの炎から守ってくれる春臣さんだったのだ。
物凄く勘違いをしていたんだ。
私は自分の死期を見ていたのでは無かったのだ。
「春臣さん、ありがとう」
心からの笑顔を向ける事が出来た。
その笑顔が仇となった。
本日二度目のお風呂である。
どれだけ熱めのお湯に入っても、体中の赤い斑点が消える事は無かった。
「春臣さんの馬鹿!」
もうお昼を過ぎており、お腹が悲鳴を上げて「グゥ」と鳴った。
急いで食堂へ行くと、其処には春臣さんと花梨さんが楽しそうに話している。
「花梨さん!」
「小梅様!ご無事で何よりです」
「花梨さんに会って謝りたかったんだ。あの時は本当にごめんなさい」
ぺこりと頭を下げて、少し経ってから恐る恐る頭を上げる。
「本当に、困った方です。もう二度とあのような嘘を付く事はなさいません様に」
「はい「グゥ」」
「ふふふ、お食事にしましょう」
花梨さんと春臣さんに笑われてしまった。
今夜は月を呼ぶと言う春臣さんは、居間の障子を全て開けて、居間のテーブルの上に盆と杯を用意した。
ソファーの上にはうさうさも連れて来た。
月が昇るまでは時間がある。
聞きたかった事を聞いてみる。
「蒼い月の歌詞は誰が書いたの?」
「ああ・・・あれは俺の姉が書いた歌だ」
「お姉さんが、そうなんだ」
「俺じゃ無いって良く分かったな」
「ふふふ 何となくね、違う気がしたんだ」
あの歌詞は、誰かをとても切なく思う歌詞だから、春臣さんが書いたとは思えなかった。
彼が秋乃さんを思って書いた歌にしては、余りにも切ないし、どちらかと言えば女性っぽい歌詞だと思っていた。
もしかして・・・あの二人のどちらかの思いでは無いかと思っていたのだけど、まさかお姉さんの方だったとは。
何だか切ない。
月が昇り杯の中に月が沈んで暫くすると、テーブルの前がキラキラと光り出し、その光の中から可愛い女性が現れた。
「久しぶりじゃのう」
「うえっ? うさうさ?」
「随分な挨拶じゃのう」
「偉いべっぴんさん!」
「褒めてくれたので許してやるぞ」
目の前の女性は身長こそ小さいが(約140センチ位)真っ黒な髪を後ろに結い、目元が凛々しく赤い唇が妖艶だ。
「よく戻って来てくれた」
「それは春臣さんのお蔭だよ」
「この者がしたのは当たり前の事じゃ。小梅が自分の意志で此処におる事に感謝しているのじゃよ」
春臣さんの片方の眉毛がキュッと持ち上がる。
「うさうさ、今夜は帰れ」
「ほー我にその様な事を言うのか?」
二人が本気では無い口喧嘩を始めている。
その光景が前に見た夢を思い出させていた。
「ねえ、うさうさ、私に預けた力って本当に無くなったのかな」
「・・・ゼロでは無いであろう。二十年以上もそなたの身に在った物じゃ。僅かではあるが残ると思う」
「やっぱりそうなんだ。でも、殆ど見たり感じたりしないから大丈夫だよ」
「そうか」
「なあ、何で此処と向こうの道が繋がっているのか知っているか」
「・・・梅の木じゃ」
「「梅の木?」」
この庭で芽を出した梅の幼木が二本有った。
その内の一本が離れの庭に植えられ、もう一本は日本の家の庭に植えられている。
「あの梅の木にはわらわの力が宿っておる。だからこの地と小梅の地を繋いでおるのだろう」
「もしかして、あの梅の木って、あの桜の木の根元から出てきたの?」
「・・・そうだ」
「あそこには、うさうさの目を沈めたお酒を捨てたの。飲むにはゴミが浮いてたし、台所に流すのも悪い気がして、梅の花を咲かせてくれた桜の木に感謝の気持ちでね」
「やはりな、だからわらわの力が宿ったのだろう」
「・・・うさうさって凄いんだね」
「当たり前であろうが。これからは二本の梅の木を大切に育てるのじゃぞ」
「うん。大切にするよ」
「そうだな」
夜明け近くまで三人で語らい、酒を酌み交わした。
そろそろお開きと言う時、春臣さんが水差しを持って来た。
「これを返すのを忘れる所だった」
「それは返さずとも良い。そのまま置いておけ。必要な時には水が満ちる」
「・・・分かった。大切にする」
「うさうさ、ありがとう」
「また飲もうぞ」
夜明けと共にうさうさは帰って行った。
その言葉通り、毎月一度はうさうさが遊びに来るようになるのであった。
それに加え、年に一度、【無月】の期間は此処で過ごす事になる。
【無月】は短くなる事も無く、今まで通り二十日間月が昇らない。
人々が混乱しない様にとの配慮と、月の化身が思いの外、大酒飲みだった為だと思われる。
離れの寝室にはガラス張りのチェストが一つ置いて在る。
その中には小梅の両親の写真や椿やさくらの写真と共に、うさぎのぬいぐるみとガラスの水差しが大切に仕舞われている。
ラジオとミニクーパーのお話はこれで終話となります。タイトルの意味が若干不明ではありますが許して下さいませ。明日、エピローグとして十年後のお話を一つ追加させて頂きます。宜しければお楽しみ下さい。