39.受難
「いい?分かってるの?小梅?」
「もう、分かったってばー お母さんしつこいよー」
「桜坂さんだって伊達に年取ってるんじゃないんだから、甘えなさいよ!?あんたに甘えられて嬉しそうにしてる人なんて、そうそう居ないし、来年三十路のあんたが、あんなイケメンと二度と会えないわよ!」
「五月蠅いってば!正月にテキサスに行くの辞めるよ!」
「えっ!?小梅、約束したのに来ないのか?」
「もーお父さん泣かないでよー 行くってばー」
ここは羽田空港の国際線ターミナル。
両親がアメリカへ帰るので見送りに来たのである。
両親が日本に滞在したのは三日だけだったが、JRとの交渉や、行方不明と報道されていた為にメディアへの対応に追われる日々だった。
JRとの交渉と言っても、私は元気だし、吹っ飛ばされた時に落としたリュックも無事に帰ってきたので、これと言った話も無く挨拶をした程度で終わっている。
メディアの対応もJR側で全て請け負ってくれたので、私個人が露出する事も無かった。
「それじゃ、行ってくるね」
「いってらっしゃい、お母さん」
「小梅、待ってるからな」
「うん、お父さんも泣かないでね」
「桜坂さん、小梅を頼みます」
「はい。お父さんもお母さんもお元気で」
今年の暮れには春臣さんと一緒にテキサスへ行く事になっている。
そこで両親と合流してから、桜都へと飛び、春臣さんのご両親に会う事になったのだ。
春臣さんの両親も仕事で桜都に居ない為、正月(桜都では正旦と言う)には帰るとの話から挨拶を兼て一緒に桜都へ行くのである。
春臣さんは無国籍だと不便な為、数年前に会社の社長を代理人に立てて国籍を取得してい
る。だからパスポートも持っているのだ。
「春臣さんは何人の人をテレポート出来るの?」
「さあな、試した事は無いけど四・五人なら飛べるよ」
「へーそうなんだ」
「小梅だって、二人位なら飛ばせるだろう」
「はぃ?魔力無いよ?」
「無くなったのは月が預けた力だけで、小梅が持ってる魔力はそのままな筈だよ」
「まじですか!?知らなかった」
「俺のマンションに飛んでみる?」
「うん!やってみたい」
春臣さんのマンションを思い出して、広いリビングに到着するようにイメージする。
ふいに、あのマンションの寝室で大泣きした事を思い出して、躊躇する。
愛していると言われて抱きしめられたあの夜は、箍が外れたのでは無いかと思う程泣いて、春臣さんが居ないと嫌だと駄々を捏ね、本当は一人ぼっちは嫌なんだと文句を言って困らせたのはつい二日前の事だった。
あの時の事を思い出した所為で顔が見る見る赤くなる。
ふふふと笑った春臣さんに手を引かれ、物凄く混雑しているお土産屋さんの奥へと連れて行かれた。
「練習は今度にしよう。見せたい物が有るんだ」
「へっ?あぁ・・・」
私が立って居るのは満開の桜の木の下。
正面には懐かしい「離宮」が有る。此処は桜都だ。
しかし見慣れた筈の離宮なのだが、何だか違和感が有る。
「寝室が無くなってる?」
庭に面していた部屋の障子が開けてあり、其処に有った筈のベッドが無くなっている。
代わりに置いてあるのは、座り心地が良さそうなロータイプのソファーと沢山のクッションである。
「この部屋は居間にしたんだ」
「うわーこの部屋なら一日中居たいなー」
靴を脱いで廊下に上がる。
ソファーもクッションもふかふかで気持ちが良い。
「気に入ったか?」
「うん!凄く居心地がいーよ!」
「おー小梅様、お戻りになられましたか」
「藤森のおじいちゃん!あの・・・私、黙って・・・」
「なーんにも言わなくて宜しいですわ。只、ただいまと」
「・・・ただいま」
「おかえりなさい。それじゃあ、お茶にでもしましょうかね」
ふぉっふぉっと笑うじいちゃんの後ろから、茶器を持ってやって来たのは見覚えのある男性だった。
「小梅様、お帰りなさいませ」
「は・・い。 ただいま・・・」
「睡蓮の事は知っていたな。今はじいさんと一緒にこの離宮周辺を護って貰っている」
「睡蓮さんでしたか。名前を聞かなかったのを少し後悔していたんです」
「気にして下さったのですか。それは大変嬉しいです」
笑いながら淹れてくれるお茶は、緑色が濃い緑茶である。
緑茶と一緒に出された菓子の落雁を一つ頂く。
「うーん。美味しいー」
「砂糖の塊が美味いのか?」
「うん。春臣さん、嫌い?」
「甘い物は好まないな。でも、あれは美味かったよ。わらび餅」
「あー あれは本当に美味しかった。じゃあ、今度来る時は買って来ようかな。おじいちゃんにも睡蓮さんにも食べさせたいからね」
「わらび餅ですか、楽しみですなあ」
午後の一時はお菓子談義に花が咲いた。
夕食は睡蓮さんがテイクアウトで買って来てくれた中華のコース料理が並んだ。
これが本当にテイクアウトなのかと疑問に思う位、出来立ての熱々がテーブルに並んだのである。
明日からは花梨さんが離宮へ来てくれる。
家事全般は機械化が進んでいるのだが、操作するのは人間なのだし、花梨さんはそれらを上手に使いこなす達人らしい。
明日、花梨さんに会えるのが楽しみである。
食べ終わった食器を食洗機に入れ終わる頃には、月が昇り始めて夜になろうとしていた。
「お茶を飲む?」
「嫌、今はいらない」
春臣さんが私の手を掴み、見せたい物がまだ有るのだと言って廊下を歩いて行く。
「何?」
「見れば分かるよ」
食堂を出て、さっきまで皆でお茶を楽しんだ居間を通り過ぎ、其処を回り込む様に廊下を進んでいくと、少し短めの渡り廊下が出来ていた。
渡り廊下の先には木造で円形に近い形の建物が現れた。
そのまま進んで行くと入口には淡い光の灯篭が灯されており、何やらお香の様な良い香りが漂っている。
「帰って、いい?」
心臓が爆音を響かせており、耳の奥が痛い。冷や汗が背中を流れて行く。
繋いでいた手を離そうとするが、痛い位に握り締められ引き寄せられる。
そのまま膝の裏から救い上げられて、お姫様抱っこをされたまま中へ入って行く。
其処は巨大なベッドが鎮座した寝室だった。
「無駄にデカく無い?」
「俺の愛しい人は、暴れん坊将軍だからな」
「なっ!それって酷く無い?」
「試すか?」
「えっ、試・・・・・んっ・・・」
春臣さんが私を優しく包み込む。
何処までも優しくて涙が流れる。
「泣かないで・・・」
涙の雫を吸い取られる。
「は・・・恥ずかしいよ・・・」
「可愛い・・・」
重ねた唇が段々熱を帯び離れない。
何処で息をしたら良いのか分からず、抗議をしようと唇を開きかけたら、やわらかな塊がスルリと入り込んで来た。
「はぅっ・・・」
絡め取られ、愛撫されながら、口づけは更に深くなって行く。
口づけだけで、これだけ翻弄されたら、この先私はどうなるんだろうか。
考える事も抵抗する事も出来ずに、この夜は初体験を迎える小梅の受難は続くのだった。