38.求婚
「小梅さんを僕に下さい」
「「「えっ?」」」
ここは私の自宅であり大木家の居間にて、私と両親と春臣さんの四人でテーブルを囲んでいる。
今回の列車事故で唯一行方不明になった私を心配して帰国してくれた両親に、事情を説明してくれたのは春臣さんであった。
自分が異世界の人間で有る事も包み隠さず話し、私の治療の為に桜都に連れて行って治療した事も話していた。
当然両親は吃驚した顔のまま話を聞いているのだが、多分殆ど頭に入っていないと思われる。
その状況の中、私も吃驚する言葉を発したのだから私の頭の中も真っ白である。
それでも父はこの状況を何とか理解しようと懸命だ。
「小梅の全てを理解してくれたあなたになら、任せても良いと・・・思うのだが・・・小梅を異世界に連れて行くのは許せないなー」
「小梅と会えなくなっちゃうの?・・・嫌よ」
「いえ、日本で暮らします。出来ればこの家で暮らしたいと思っています。桜都には時々帰る程度と考えています。私の仕事もこちらですから」
「そうか。しかしなあ・・・異世界の人と結婚って、なんか納得出来ないんだよ」
「でも桜坂さんって日本人っぽいわよね。純粋では無いけど、そうねぇクウォーターって言う感じかしらね。仕事もこちらで続けるならいいんじゃないの?」
「お前なぁ、異世界だぞ、異世界。地球外だぞ。宇宙人って事じゃ無いか」
「パパ、宇宙人って古いわよ。宇宙船で来た訳じゃ無いじゃない。異世界って言っても日本に凄く似ているって言うし、小梅の体の事も分かって下さってるのは嬉しいじゃない。今までしたくてもこんな事出来なかったのよ?」
父と母は私を抱きしめたまま、私の頭の上でおしゃべりをしていた。
私の左腕にはピンク色のブレスレットが光っている。
ちょっと待って下さい。
私はそんな話は聞いていません。
「結婚はしないよ?」
両親と春臣さんが私を見て黙ってしまった。
縁側に座り庭を眺める。
庭には土を掘り起こして植えたばかりの梅の幼木が、お日様を浴びて気持ちよさそうに緑色の小さな葉を伸ばしている。
今朝、久しぶりに家に来て見たら、私の部屋のゴミ箱の中で小さな木が半分死にかけていた。緑色だった葉は焦げ茶色に変色し、細い幹も乾燥して白っぽく変色していた。
一緒にやって来た春臣さんが、忘れていたと言ってこの家の庭に植え、一度桜都に戻って「月の泉」を持って帰って来た。
その水を幼木にたっぷりと掛けてあげると、見る見る葉の色は緑色になり白っぽかった幹も茶色の健康そうな幹の色へと変わって行った。
恐るべし、「月の泉」
その水も今は空になったままである。
「小梅、俺の傍にずっと居てくれないか」
「・・・父さんと母さんは?」
「親戚の家に行くと言って出かけて行った。車を借りると言っていたよ」
春臣さんが隣に腰掛ける。
「そう」
「小梅、こっちを見て」
「うん・・・」
春臣さんの顔を正面から見つめるが、春臣さんの余りに真剣な眼差しに瞳を下へと落としてしまう。自信の無さの表れなのかな。
春臣さんの大きな手が私の手を取り、ぎゅっと力を込めて握られる。
「・・・いっ」
「俺はこの手を離したく無い。離す気も無い」
正直な所、嬉しいのだけど素直に喜べない。
嬉しいよりも不安な気持ちの方が大きいのだ。
自分は一生独りで生きて行くだろうと考えていた。
誰かと寄り添って生きて行くなんて今まで想像した事が無い。
「私はこのままで良いよ」
「・・・そうか」
「うん」
「一度戻る。明日また来るから」
空の水差しを手に取り、テレポートで帰って行った。
その夜は久しぶりに母の手料理を食べ、親子三人水入らずで過ごした。
途中、さくらが立ち寄ってくれて私の無事を確認すると、生きた心地がしなかったと泣きながら抱き着いて来た。
携帯でメールの遣り取りはしていたのだけど、実際に会わないと落ち着かなかったらしい。
父と母も上がって行ったらと声を掛けてくれたが、明日も仕事だから今度は休みの日に遊びに来ると言って、笑顔で帰って行った。
父も母も何かを言いたそうにしているのに気が付いて居たけれど、今夜は適当に誤魔化して自分の部屋へ早々に引き籠った。
「小梅はん?どないしたんですか?」
「・・・・・」
「久しぶりに両親とお会いにならはって、嬉しいでっしゃろうなあ」
「・・黒ちゃん、今夜の月は此間までの桜都の月みたいに欠けてるよ」
「・・そうですかあ、今は丸い月に戻らはったんでしたなあ」
ベッドの上に胡坐をかいて、その直ぐ上に有る窓を開けて月を眺めている。
十一月に入るとめっきり寒くなって来たが、お風呂上がりの火照った体には気持ちが良い。
上に昇った月はほんの少しだけ虫食いの様に欠けていて、桜都に居た頃に見ていた月に良く似ている。
どうして日本と桜都を繋ぐ道が出来たんだろう。
私が閉じた筈なのに。
あの時の地震が原因なら、春臣さんが来れたとしても戻れない筈なのだ。
多分、何かが原因で繋がったままなんだろう。
それは嬉しい事で、困った事で、私はこれから先の事を考えあぐねていた。
「黒ちゃん、桜都に帰ってみたい?」
「そうですなあ、帰ってみたいとは思いますけど、わてが帰ってもなーにもする事があらしまへんからなあ」
「そうか、黒ちゃんの新型が流通してるんだもんね」
「それもですけど、わてと話してくれる小梅はんの側が宜しいですなあ」
「私の側ねぇ・・・私の側に居ても良い事なんて無いかもしれないよ?」
「人生、良い事ばかりではあらしまへんがな。大変な事が有ってもそれを乗り越えた先が楽しければ宜しいとは思いまへんか?それが誰かと一緒やったら、その喜びも倍以上嬉しいと思いますけど」
「・・・誰かと一緒ねぇ。その一緒が人間だったら結構しんどいかな。今まで殆ど独りでやって来たし、それで失敗しても返って来るのは自分だけだから覚悟はしてるけど、誰かが一緒なら、失敗して返って来た時の事を考えると怖くて何も出来ないよ」
「端から失敗する事を考えてたら駄目でっしゃろう、小梅はん」
「んー分かるんだけど、先が見えてた頃の方が感情をコントロールしてそれを冷静に見ていられたんだ。今は先が見えないから自分の選択が正しいのか正しく無いのか、物凄く不安でどちらも選べない状態なんだよ」
「・・・戻りたいか」
「・・・戻りたくは無いよ。悲しい事だった場合はその状況を二度見る事になるからね。あれは、とても辛いよ」
「例えば?」
「例えば・・・好きな人が私じゃ無い人と抱き合い寄り添う夢を見るんだ。それを見たく無いから避けようとするけど、結局はその場に立ち会う事になる。二人が恋に落ちる瞬間に立ち会ってしまうんだ。分かってはいても流石に暫くは立ち直れなかったよ。それでも自分に言い聞かせて納得させるんだ。前もって分かっていた事じゃないかってね」
「納得出来るのか?」
「・・・? 黒ちゃん?」
黒ちゃんの話し方が何時もと違うのに気が付いて、窓から顔を離して後ろを振り返る。
「!?・・・どうしてっ!」
其処には黒ちゃんを手に持ったまま立って私を見つめて居る春臣さんが居た。
「納得出来るのか?」
「・・・する」
「小梅、俺を見ろ。俺をみて言ってみろ」
「・・・だって、納得しないと、前へ進めないもの」
「それは前へ進んでいるんじゃない。只過ぎて往く物を眺めているだけだ」
「・・・どうにかしたいと思ってもどうにもならない」
「それじゃあ、これからはどうするんだ?」
「・・・これからも、変わらない」
「変わらなければいけないのは小梅だよ」
「わたし?」
「泣いて怒ってもいいんだ、その先には笑顔が有る筈だ。自分の人生は自分で決めて行かなければ意味が無いんだよ」
「無理だよ。絶対立ち往生する。皆に迷惑を掛けるよ」
「立ち往生したら俺が腕を取ってやる。迷惑を掛けたら一緒に謝るよ。これからは小梅に楽しい人生を歩んで貰いたいんだ。只楽しいだけじゃ無いかもしれないが、その為に俺が共に小梅の人生を歩みたいと思う」
「・・・ごめん、無理だよ・・・春臣さんは自分の人生を歩むべきだ」
「俺の横には小梅が居る事が前提だ。それが俺の人生だ」
「なっ・・・んでっ・・・うぅっ・・・」
春臣さんの顔が涙で歪んで見えなくなる。
「小梅、夢は見るんじゃ無くて叶える物だよ」
ベッドの上で体育座りで顔を埋めて泣いている私を春臣さんが抱き上げる。
「愛している」
二人の姿は陽炎の様に揺らめきながら何処かへ消えて行った。
最近お気に入りの作家の新刊を購入しました。上下巻です。読みたくてうずうずしています。兎に角、このお話を書き終えてからと、PCの横に置きながら苦悩してます。