36.再会
「小梅!何処だ!?」
「・・・せんせー!?」
「小梅は居ないのか?」
「先生!もう会えへんと思うてお「話は後だ!小梅は何処だ!?」
「東京です。東京へ行くと言って随分前に行ったきりです」
「東京・・・椿・・・」
部屋の中をうろうろとしていたら、椅子に何かがぶつかりドサリと落ちた。先程まで庭で大切に掘り起こした梅の幼木が床に落ちていた。
それを土と一緒に空のゴミ箱の中に入れ、椿の元へ飛ぼうとした時、宙に浮かぶ小梅と、それを狙う黄金の龍が見えた。
迷う事無く小梅と龍の間に飛び込み、小梅をしっかりと抱き留めると桜都の本家、医務室へと真っ直ぐ飛んだ。
「・・・医務室・・・」
天井を見上げながら、自分の手を持ち上げ見つめる。
確かにこの手にした。
部屋の中を見回すが誰も居ない。
体を起こそうとするが、背中に焼けるような痛みを感じて戸惑う。
直ぐに、椚が部屋へ入って来て楽な態勢を取れるようにクッションで支えを作ってくれた。
「ありがとう」
「若、何が有ったのですか?」
「その前に、小梅はどうした」
「集中治療室です。体の火傷はそれ程では無いのですが、呼吸器官が焼けており危ない状態です」
「・・・今夜が峠か」
「多分」
痛みに顔をしかめながら、ベッドから降りて小梅の元へと向かう。
椚は何も言わずに体を支えてくれ、小梅が見えるガラス越しの部屋へと入って行く。
其処には管に繋がれ、体のあちらこちらを包帯やガーゼで覆われた小梅が居た。
もう少し早くに見つけられたらと切実に思う。
あの黄金の龍は炎だった。
あの瞬間に間に入らなければ小梅が龍に呑み込まれていただろう。
俺が夢で必死に戦っていたのは炎の化身だったのだ。
どうしても小梅を取り戻したくて、夢中で龍の前に飛び出した。
毎夜戦った相手にやっと勝ったのだと思うと正直誇らしい気分だ。
しかし、最初から炎の化身だと知っていたら、やはり多少なり躊躇したかもしれない。
「月の欠片」め、知っていたな。
俺もまだ薬が抜けておらず、眩暈がする上背中の焼けるような痛みに立っては居られなかった。一度自分の病室へ戻りベッドへ横になると直ぐに眠ってしまった。
目覚めた時はもう外は暗く、治療室の者達も眠っている時間のようだった。
そっと、俺は小梅の病室へ向かう。
ガラス越しの部屋には、ゆったり座れるソファと沢山のクッションが用意してあった。
「流石だな」
多分、椚が用意して行ったのだろう。
しかし今日の地震は大きかった。あれでは地震を知らない桜都の人々に恐怖をもたらしたと思う。それにその日の夜は月が昇らなかったから余計だ。今日の内に関白へ使いを送ったから、早い内に何らかの声明を出してくれるだろう。そっちは任せておいて大丈夫だと思う。
さて昇らなかった月だが、正確に言えば途中で止まったまま、上まで昇らなかったのである。
何故途中で止まったかと言うと、小梅が居る治療室の窓の高さで止まったまま動かず、「月の欠片」ともう一人、この世の物とは思えない絶世の美女が降り立ったのであった。
「この者には大変な苦難を強いてしまった」
そう言い、小梅の頬に手を添える。その手を離し小梅の顔の上へかざすと小梅の体がふわりと浮いた。その体が真っ白に光り、ゆっくりと消えながらベッドの上へ降りて行った。
ガラス越しの部屋で見ていた俺の元へ、「月の欠片」はガラスをすり抜けてやって来た。
俺の背に手を当てると「少し我慢するのだ」と言って目を瞑った。一瞬背中が暖かくなり痛みに声を出しそうになったが寸での所で耐えた。
「多少、痕は残るぞ」
「気にしないさ」
「良くやったな」
「褒めて貰えるのか」
「当たり前だ。龍より小梅を取り戻してくれた事に感謝しておる」
「そうか、そうだな」
「元気になったら酒を飲もうぞ」
「分かった。小梅も一緒にな」
「楽しみにしているぞ。それから、もし小梅が目覚めぬ時、これを飲ませるように」
「・・・治っていないのか?」
「傷は治せても、心が戻ろうとせねば龍の元へ行ったも同じじゃろう」
手渡されたのは空のガラスの水差しだ。
「これは?」
「時が来れば月の泉の水で満ちる」
「そうか・・・月の泉か」
「ふふふ 不老不死にはならんよ」
それだけ言うと月の入りと共に帰って行った。
月の化身が来てから三日が経つ。
小梅の体の傷は殆ど治り、生命の危機も脱している。
しかし脈が弱く血圧も低い為、心拍数も止まるのでは無いかと思うほどゆっくりの状態が続いている。
この状態も余り長く続くと良い事は無く、魂が自分の器を見失ってしまい戻れなくなると言われているのだ。
昨日から小梅は集中治療室を出て、俺の部屋へと移動させた。
相変わらず数本の管には繋がれては居るが、治療する事が無い為に許可が下りた。
「小梅、そろそろ起きてみないか?」
ベッドの上で、手を摩ったり、頬をなでたりしているが一向に目が開かない。
枕元に置いた水差しも空のままそこに有る。
「何時まで待てと言うんだ」
チリリン・・チリリン・・
携帯電話の音がする・・・携帯? そうか、日本とまだ繋がっていたんだ。
「はい」
「・・・!ハルさん・・・?」
「久しぶりだな、椿」
「・・・久しぶりって!?何してんだよ!小梅が事故に遭って行方不明なんだよ!」
「あ・・・済まない。連絡をしなかったんだが、今病院に居るよ」
「何処の?何処の病院?」
「ハルさん、事情を説明して欲しいんだ。さっぱり状況が分からない」
電話で説明しようにも難しいし、いずれ椿には説明しなきゃいけない事だったのでこっちへ連れて来た。目の前には小梅が居るから、少しは落ち着いたようだ。
それでも、この状況に困惑しているのは手に取るように分かる。
さて、何処から説明したら良いものか。
寝室の小梅は花梨に任せ、隣の居間で椿と話す。
六年前のテレポートに始まり、「蒼い月」へ興味を示す者を探したり、突然俺が行方不明になった事や、今回の小梅を救出した経緯を話した。
流石に【無月】に有った事は言えなかったのだが、触れられる事は無かった。
椿は口を挟む事無く黙って聞いていたが、俺が黙ると漸く口を開いた。
「異世界なんて信じたく無いけど、ここにうさうさが居るって事が事実なんだろうね」
小梅が寝ている寝台の横には、椅子に乗せられたうさうさが居る。
「それは分かったけど、どうして小梅は目を覚まさないの?怪我は治っているんだろ?」
「・・・多分だが、生きようとしていないんじゃ無いかと思う」
「はあ?何でさ?意味が分からない」
旧型のラジオアイソトープに、小梅の動画カードを差し込んで再生する。
「これを見て欲しい。そして見たら忘れて欲しい」
「ごめんね?」
と小梅が笑っている様な泣いている様な顔で話始めた内容に、椿は驚きを隠せなかった。
「昔から、大人びていたんだ。僕の性別の事も最初に気が付いたのは小梅だし、東京へ行くと言った時も成功するよと言ってくれた。人と触れ合わないのは電気の所為じゃ無かったなんて知らなかったよ。・・・昔、公園のぶらんこから落ちた事が有ったんだ。でも何故か怪我をしなくて不思議がってたら、小梅が側で笑ってたんだ・・・」
「なあ椿、龍の話を聞いた事が無いか?夢で龍を見ると言った事はなかったか?」
「龍・・・龍の夢なら随分前に聞いた事がある・・・確か、美しい黄金の龍が迎えに来る夢を見たって」
「やっぱりそうか。龍は炎なんだよ。あの事故で炎に巻かれ龍に呑み込まれたと思っているのかもしれない。それなら自分は死んだと思っているだろうな。生きようとしない事が理解出来る」
今夜は泊って行くように薦め、小梅を心配しているだろう人達に連絡をして貰った。
一緒に夕食を食べ酒を飲んだが、椿は余り寝ていなかったのだろう直ぐに寝てしまった。椿を椚に頼み、俺は自室へと戻った。
「花梨、後はもう良いぞ」
「分かりました。では明日参ります」
「ああ、頼む」
小梅の隣に横になり頬を撫でる。青白い顔が少しでも染まればと思い、思わずしてしまう行動なのだ。如何にかしなければと思いながら、うとうとと眠ってしまう。
ふと、何かの音で目が覚める。
月の位置を見るが、大して寝ていないようだ。
枕元で「ちゃぷん」と音がする。
「月の泉」の水差しが、ちゃぷんと音を立てながら波打っている。
小梅の頭を膝の上に乗せ、水差しを口元に運び傾ける。
水は口の中に納まらず流れ出て行くばかりだ。
「くそっ!」
自分の口に水を含み、小梅の口へと流し込む。
始めは、それでも流れ出て行く水も、「ごくん」と言う音と共に小梅の口の中へ落ちて行った。
「小梅、小梅、 小梅?」
瞼がぴくぴくと痙攣したかと思うと、口から大きく息を吸い込み「ふうー」と吐き出した。
それからゆっくりと瞼が持ち上がり、焦点の定まらない瞳で見上げて来る。
「・・・だあれ?」
そう聞いてくる声は擦れていたが待ち望んだ小梅の声だった。