33.春臣
「小梅!」
受け止めた筈の腕の中には誰も居ない。
「・・・夢か」
最近同じ夢を何度も見る。
真っ暗な闇の中、小梅が一人立って居る。それも高い山の上だ。
真っ暗なのに山の上だと思うのは何故だろう。
高い山の上に居るのが小梅だと何故分かるのだろう。
別段疑問にも思わない。夢だから。
私を見つけて微笑み、私に向かって落ちてくる。
受け止める寸前に金色の龍が奪って行く。
今度こそ、両の手を伸ばして受け止めようとするが結局は空を掻いている。
目覚める度に空っぽの腕の中が切ない。
今日こそ日本へ続く道を見つけるのだ。
ベッドから降り、衣文掛けに掛ったままの黒い着物を手に取る。
そっと鼻先へ近づけると小梅の香りがする。
この香の傍は一番居心地が良かった。
【無月】の終わりの日。
藤乃を私の部屋へ呼び、最後の夕食を取る事にしていた。
藤乃は秋乃の生まれ変わりでも無いし、身代わりでも無い事に漸く気が付いた。
藤乃は普通の女性で有り、まだ年若く自由奔放で流行に飛び付くのも早く、自分を着飾る事が大切な女の子だった。勿論自分の容姿に自身を持っているから余計なのだろう。
これで、巷で噂の俺の元に嫁げば自由な暮らしが出来ると思い、関白の話に乗って来たらしいが、上手く行ったのは始めだけだっただろう。
日に日に藤乃と一緒に居る時間が短くなり、ここ二日程は会ってもいなかった。
きちんと話をして分かって貰おうと思い、この場を設けたのだがそれが失敗だった。
「何をしている」
夕刻近くに来客があり、藤乃を呼び出しておきながら待たせる形になった。
椚から話は聞いていたが、部屋に入って目に入ったのは散乱したモノ達と、髪を振り乱して箪笥を漁る藤乃だった。
「何処にあるの」
椚から報告を受けたのは、藤乃が屋敷に来て五日目の事だった。
夕食を一緒に取った後はそれぞれの部屋へ向かうのだが、その後不審な動きが有ると言う。
屋敷の部屋を回り、スキャナで部屋の隅々まで覗き歩いていると言うのだ。
〈スキャナとは名刺サイズの端末で、かざすと箪笥の中の物が全て見えると言う物だ。探し物を見つける為の便利グッズとして当たり前に使われている。但し、人間には使用出来ない。〉
当然何かを探しているのだろう。見当が付かないし、見つけられて困る物も無いのでそのままにしておく様に言っておいた。何を探しているのか興味が有る。
俺の部屋へは簡単に入れないし、入ったとしてもスキャナでは見られないようにしてある。
「鍵よ」
「鍵?」
「関白様から奪った鍵は何処よ!」
「・・・・・あれか」
藤乃が片手の平を上にして差し伸べてくる。
「まて、何処にやったか覚えて無い」
「嘘!」
「嘘じゃないし、あれが欲しかったなら言えば良いだろうに」
本当に分からなくて考えていたら、藤乃の顔色が青く変わり目つきが虚ろになった気がした。どうしたのかと思った瞬間に抱き着いて来た。
「えっ・・?」
「若!」
椚が直ぐに割って入ったが間に合わず、春臣の左脇腹に短剣が刺さっていた。
藤乃は直ぐに拘束され連れて行かれた。
春臣は痛みと流れる己の血に渋い顔をしていたが、気を失う事も無くそのまま立っていた。
医務室から迎えの者が来た時に、ほっとした顔をして「あそこだ」と言って医務室へ向かって行った。
その時、ふと思い出した事がある。
小梅がこの着物を嫌っていた。これを着ないで欲しいと言っていたのを思い出した。
医務室へ向かう廊下は庭には面していない。
医務室へ入って直ぐに麻酔を掛けられた為、春臣は桜の木に咲いた紅梅を見る事は無かった。
翌日、麻酔から意識を戻した春臣は関白を呼び出した。
「これが欲しかったのなら、自分で取りに来い」
手には赤いリボンが結ばれた鍵が一つ有る。
「何度も申しただろうが。返して寄越さぬ上、異世界に行って戻らなかったでは無いか」
この鍵は関白の宝箱の鍵だった。
十二年前に現関白が二十歳で即位し、春臣もその後五年間大臣として残る事になった。
その間、前政権の引き継ぎや、新たに増える政策等で忙しかった。
しかし、まだ若かった関白は隙あらば遊ぶ事にも忙しかった。
特に端末ゲームや動画、アニメと今で云う「オタク」だった為、夜の寝る間を惜しんで遊んでいたのであった。
当然、日中の政務が進まなくなってくる。
何度注意しても取り上げても次から次へと買ってくる事に頭を痛めた春臣は、それら全てを取り上げ、娯楽系の買い物専門のキャッシュカードも無効にしたのだった。
キャッシュカードの再発行は出来ない。娯楽系カードは不正が多く特に子供が多くのシェアを占めている為管理体制が特に厳しい。無効扱いになったカードは返還してまた必要になったら取得するか、そのまま保存し再度使う時に申請する方法の二種類しか無い。
無効化したキャッシュカード、取り上げた端末機械、ゲーム機械、ソフト等全てが収まっているのが宝箱である。
宝箱自体は関白の手元にある。
しかし、春臣が作った宝箱は特殊な材質の為、この鍵が無ければ開かないのである。
「お前が遊び過ぎて倒れた時に、この医務室で宝箱に鍵を掛けたのを忘れたのか?」
「それは覚えておるに決まっているだろう」
「その時、五年経ったら取りに来いと言ったのは覚えていないのか?」
「・・・五年だったか」
「三年で取りに来るから追い返されたんだろうが」
「・・・二年くらい多めに見てくれても良かろうにな」
「医務室長が大切に保管しておいてくれてたんだぞ」
「てっきり返す気が無いのかと思っておったのだ」
「藤乃に謝れよ」
「・・・分かった」
関白は藤乃を使って「鍵」を取り戻したかったのである。
もしも藤乃が春臣と恋仲になり、そのままこの屋敷で暮らす事になれば藤乃から取り戻して貰うつもりであった。
しかしそれが無理で有れば、赤いリボンの付いた鍵を探して持って来れば、一生暮らせる様に面倒を見ると言っていたのである。
それも期限が【無月】の間にと決められていた。
藤乃は商人の娘で、金には不自由していないと思っていたが、それは違っていた。
女性としての宝飾品や着物に美容用品に至っては親が何も言わずに支払ってくれる。
がしかし藤乃は大のコスプレマニアで、アニメやゲームが大好きなのであった。当然そちらに関するお金は渋るし、カードの上限も低い金額に設定されていた。
親はそんな彼女に事有る事に小言を言うらしい。そんな子供の遊びは止めろ、女性らしくしろと、お茶やお花といった習い事をさせようとするらしい。
そんな時に仲の良かった関白と会い、見合いをしてみないかと誘われたのだ。
上手く行けば話の分からない親元から離れられるし、自由に遊べる。
若い子の考えは短絡的で、先を考えていない。それを分かっていて騙そうとする関白もまだまだ子供なのだろうか。
その話に飛び付いた藤乃も借金が有った為に内心は必至だったらしい。自分の着物や宝飾品をオークションで売り捌いて金にしていたと言う事実もある。
しかし期限は近づくが俺は遠のいて行く。ましてや鍵など見つからない。それで、短剣を取り出す事になったのだろう。
大した傷では無いし、元々は関白の悪知恵から始まった事だ、後の事は関白に任せる事にした。
只、それだけで済ませるには面白く無い。血を流した分の見返りとして一つ、頼みごとをしておく。
「昨夜のさくらを見たか?」
「嫌、何かあったか?」
「見事だった」
そう言って布団の上に乗せられた紅梅の花が三輪。
「梅の花・・・」
「春臣殿、この度は誠に申し訳なかった」
関白は鍵を手に取り頭を下げて、医務室から出て行った。
「若!まだ動いてはなりません」
「離宮へ行くぞ」
「若!まだ傷が塞がっておりません!」
「椚、離宮へ急げ」
「・・・今車を用意致しますのでお待ちください」
「花梨はどうした」
「本日は暇を取りました」
「そうか」
今日は月が昇る日だ。
小梅は一人で「闇の月」を戻すつもりだろう。
そして、そのまま日本へ帰るだろう。
その前に、行かなければいけない。
春臣君のお話は次話にも続きます。