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32.受難




ギーーーーっと言うブレーキ音と共に、前につんのめる様に車両が急停止する。間髪入れずに照明も落ち、あちらこちらで悲鳴が響く。

本をリュックに終いそのまま背負う。

まだ日中なので電気が消えても余り不安にはならなかったが、車掌からのアナウンスで起こった出来事に驚愕する。

「ご乗車の皆様。只今大きな地震が発生し、後部車両が脱線した模様です。これから避難をして頂きますので、最低限のお荷物を御持参の上暫くお待ちください。」

放送が終わると運転席のドアから車掌が飛び出してきて、緊急時のドア開閉装置で、すべてのドアを開けて行く。


今新幹線が居る場所は高架橋の上であった。

丁度、六編成の新幹線の半分辺りまでがトンネルにすっぽり入ったまま止まっている。

前進方向は高架橋の向こうであり、脱線した後方車両はまだトンネルの中である。それに関しては良かったと思う。高架橋の上で脱線していたらと思うと、大惨事が頭に浮かんでしまい自分の足が地に着かない感覚に襲われた。

しかし自分の居る位置も余り芳しくは無いと思う。なにせ先頭一両目のグリーン車は高架橋の四分の一辺りで止まっているのだった。

車掌の言う暫くとはどの位だろうか。もう三十分近くなるが戻ってくる気配が無い。

多分、後方車両の避難が先に行われているのだろうと思うが、ここで持つのもかなりの勇気がいる。

自分の席を立って、後ろのご年配の夫婦の元へと向かう。

「大丈夫ですか」

と声を掛けるが、婦人は震えていてご主人の胸に顔を埋めていた。そのご主人が何かを言おうとした時に余震が襲って来た。


高架橋の上のせいだろうか、物凄い揺れである。立って居る事が出来ず直ぐ後ろの席に倒れ込むように体が投げ出された。

随分と長く揺れが続き、やっとおさまったと思った時、後ろの方から爆音が聞こえたのである。

慌てて車両のドアから後ろを覗くとトンネルの中から煙が噴き出しており、ちらちら炎が垣間見える。乗車していた人達は無事に避難出来ただろうか。


こちらもそう呑気にはしていられない。

橋の向こうまで行くか。しかし年配の方には少し大変な道のりだ。この先また余震があれば橋の上で耐えなければいけない。

3もう一度トンネルの方を向くと、何やら動くものが見える。

トンネル脇の山の斜面を人が歩いているように見えるのだ。

そうか!この橋を作るための道が残っているのだ。二両目の脇を制服を着た人がこちらに向かって来るのが見える。あれは車掌さんだ。

「おーい!こっちだー」

その言葉を合図に、二組のご夫婦を誘導する。

一組の夫婦は旦那さんがしっかりしており、震える奥様の手を引いてゆっくりではあるが車両から降りてトンネルの方へ向かって行った。

もう一組は旦那さんがさっさと降りて自分一人で逃げてしまった様で、奥さんが一人悲痛な顔で泣いていた。

「私と一緒に行きましょう」

手を差し伸べると、しがみ付く様に体を寄せて来た。余程怖かったのだろうと気持ちを察するが、どうやら足が不自由な様で誰かの支えが無ければ歩けない様だ。そう言えば、デッキには車いすが折り畳んで置いてあったのを思い出す。

「大丈夫です。ゆっくり行きましょう」

車両から線路に降りるには結構な高さが有る。まず私が先に降り、奥さんにはタラップに座ってもらう。座ったままの恰好で私に抱きつく様に首に手を回させる。そのままゆっくり体重を移動させて受け止める。が、この奥様結構大柄な為尻餅を付いてしまった。

「ごめんなさいね」と気の毒そうに言うのだが、何故か笑っている。

ゆっくりと立ち上がり、二人で歩いて行こうとしたら車掌さんと小柄で痩せている初老の男性がやって来たのだった。

車掌さんは大柄なおじさんだったので、その背中に奥さんを背負って歩いて行く。

初老の小柄な男性はあの奥さんの旦那さんで、自分一人では無理なので助けを呼びに行っていたのだそうだ。

何度も私にありがとうと頭を下げるが、今はそれ所じゃないからと言って先を急がせる。


時折小さな余震が有ったが、揺れる高架橋にしがみ付いて何とか耐えた。しかしその直ぐ横で新幹線の車両がキーッキーッと不気味な音を立てるのは、流石に生きた心地がしなかった。

トンネルの脇に柵が有り、今はその柵が開かれている。

私の前を歩く初老の男性の背が柵を越えると同時に ボーン!という爆音が鳴りトンネルから爆風が渦を巻く様に襲って来た。

真っ黒い煙の中に黄金の龍が見える。

何度も夢で見た黄金の龍だ。

私を迎えに来たのだと確信した。


私は小さい頃、年の割に言葉が遅かった。

しゃべれない訳では無かったのだけど、気持ちを表現して伝える事が苦手だった。

特に夢で見る意味の良く分から無い事柄には恐怖心ばかりが先立ち、泣いて泣き疲れて忘れる事が常だった。

一つだけ覚えているのは、ばあちゃんが死んだ時で、無くなる一か月前に夢で見ていた。

その夢を見て起きた時、母親にばあちゃんは死んじゃうのと聞いたと思う。母親の答えは私達よりは先にお迎えが来るだろうと言う話だった。

その時抱きしめられて、母親が考えている事が流れ込んで来たのだが、病名等の難しい言葉や薬の副作用とか、もう長くないと言う事を覚えている。

人に触れるとその人の考えている事が分かるのだが、幼い頃の自分には大人が考えている事の殆どが理解出来なかったので聞く事すらしなかった。

今から思えば言葉が遅くて良かったと思う。

これでおしゃべりだったら、気持ち悪い子として親からも見放されていただろうと思う。


電気体質だけは、どうにも出来なかった。

人と触れ合う事を極力避け、電気系の物の側には近づか無い。

小中高と学生の時が一番大変だったし辛かった。本当は大学に行きたかったんだけど諦めた。

学力も有ったけど、それが自分の力なのか、特別の力のせいなのか今は分からない。


両親が海外へ行く事になった時、少しだけ行きたい気持ちがあった。

しかし飛行機内で何か起こったらと思うと怖くて行くとは言えなかった。

それに一人暮らしをしている自分を夢で見ていた。


プレゼントを貰っても中が見える。

考えるだけで物が動く。

思い浮かべればその地に立って居る。


自分は人では無いと思っていた。でも人で有りたいと願い、普通の人として生活してきた。

力を使わない事が私自身の力の制御方法だった。


春臣さんと出会ってから、私の中の力が漏れ出し、毎夜これから先を示す前触れを見る様になっていた。

春臣さんと手を繋いで散歩をする夢が一番多かった様に思う。

春臣さんに寄り添う若くて綺麗な女性に少しだけ嫉妬もしたけどお似合いだった。

春臣さんの夢を最後に見たのは殆ど魔力が無くなった頃だったのでおぼろげなのだが、あれは多分結婚式だった様に思う。何故か右の眉毛を持ち上げて笑っていた。

大体が二・三日後に現実になっていたので心の準備をするには丁度良かった。

うさうさに魔力を返し始めてからは、ぼんやりとした輪郭だけが見え、その内余り夢を見なくなっていた。

夢を見ないで眠る事が心地よくて、朝起きた時のぼーっとする感じが気持ち良かった。


でも黄金の龍の夢は特別で、六年前の東京地下鉄の大停電を起こした直後から見始めている。

何時も夢で見る龍は顔から下だけで、顔を見ようと思うと目が覚める。

多分、顔を見た時が私の分岐点なのかもしれないと考えていた。

しかし何時まで経っても顔を見る事が叶わなかった。

だから、まだ先だと思っていた。龍が迎えに来るのはもう少し先だと思っていた。

意外と早かったんだと思う。違うかな、六年間待ってくれたのかもしれない。

私が何処にも逃げられない様に、魔力が無くなるのを待っていたのかもしれない。

今、私に残っている力は何も無い。




爆風に飛ばされて、体が宙に浮いた。

髪の毛が焦げる臭いがする。

肌をちりちりと焼く火の粉が熱い。

黒と灰色の煙の中、黄金の龍の目が春臣さんの青い目と重なる。

思い出す春臣さんの笑顔が懐かしかった。









何故小梅が冷静に対応出来たのかは、夢で見ていたという設定で考えておりました。しかし、その夢をいつ見たのかは敢えて差し込みませんでした。それを書いてしまうと、何だか言い訳がましくなりそうな、まどろっこしくなりそうな感じになってしまいまして。すみません。ここでも結局言い訳してしまいました。

楽しんで下されば嬉しいです。

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