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28.満月




庭正面の渡り廊下の中心に、二枚の漆塗りの大きな丸いお盆を並べて置き、それぞれのお盆の上に足付きの青い切子のグラスを中央に置く。

周りには白い小皿が五枚均等に並べられ、それぞれの皿にそれぞれの供物が乗せられる。

「塩・梅の実・ごま・米・落雁」

二枚のお盆の真ん中に、「酔いの月」と云う銘のお酒の瓶が一本置いてある。

「本当にこの名前のお酒が有るんだねー」

「この酒が一番旨いのだよ」

今夜はうさうさと二人で月見酒である。

左のお盆の横に座椅子に座ったうさうさ、右のお盆の横には私が座っている。

月が上に昇るまでの間、うさうさと二人で語り合った。


「小梅よ、今までわらわの魔力で辛い思いをさせてすまなかった」

「そうだね、結構大変だったよ」

「わらわが月に戻ったら、お主もニホンへ戻るのか」

「うん。帰るよ」

「そうか」

「うん」


「わらわに頼み事は無いか」

「頼み事?」

「会いたい者がおれば其の者を連れて来れる」

「・・・・・」(会いたい人は居る)

「会いたい者の傍に行きたければ、お主を送り出す事も出来る」

「・・・・・」(傍に居たい人は一人だけだよ)

「言葉にしてさえくれれば、わらわは何でもしてみせようぞ」

「・・・・・」(春臣さん!)

「そなたの涙を拭ってやれぬのが残念でならぬよ」


「もう上に来たね」

「そうじゃのう」

お酒の瓶を開け、二つのグラスに注ぐ。

うさうさのグラスの中に、月が入り込む様に位置を変える。

「わらわの左目をその中へ」

「分かった」

うさうさの目は接着剤で張り付けられているので、取り出すのに時間が掛かった。

目の周りの起毛した布地が所々に張り付いたままだが、金色にきらきら輝く宝石をグラスの中に沈める。

「小梅、達者でな」

「うさうさも元気でね」

「歌を歌ってくれぬか。さくらの歌で送って欲しい」

「分かった」


♪ さくら さくら ・・・・・

月から伸びて来た銀色に輝く細い光が、うさうさのグラスへ流れ込む。

うさうさの輝きが少しずつ薄れて行く代わりに、空の月の欠けた部分が少しずつ丸みを帯びて行く。

完全な丸い月に戻った時、うさうさのグラスがキラキラと輝き、銀色の細い光と共に一瞬で輝きが消えてしまった。

「うさうさ、バイバイ」


自分のグラスのお酒を空にする。

直ぐに立つのも勿体無くて、もう一杯お酒を注ぐ。

見上げた空にはまん丸いお月様が微笑んでいるように見えた。

うさうさのグラスから宝石を取り出し、洗面所で水洗いをする。

予め用意しておいた接着剤をうさうさの左目の窪みに丁寧に塗る。

うさうさの宝石を新しいタオルで水けを丁寧に拭き取る。ついでに右目もごしごしと拭いて綺麗にしておく。

接着剤が半乾きになった頃に、左目を入れ直す。


注いだお酒を飲み干し、うさうさのグラスを手に取り庭へ降りる。

うさうさのグラスのお酒は埃やごみが混ざって濁っている。流石に飲む訳にもいかないから、一番手前の桜の木の根元に注いでおく。

グラスは始めの時と同じ位置に戻しておいた。


寝室へ入り、この世界へ来た時に着用していた部屋着を取り出す。

着物を脱ぎ、衣文掛けへ掛けて吊るしておく。

部屋着に着替えて、裸足のまま庭へ降りる。


「お世話になりました」


嬉しい様な寂しい様な笑顔を作ったまま、陽炎の様に消えて行った。






「小梅はん!落ち着いて!どないしたんどすか!」

「何でっ!何でよっ!分かってた事じゃない!こうなるって!分かっててもどうする事も出来ない事じゃないか!諦めて良かったはずじゃない!でも、何か言えば良かったよ!」

「うわあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!」

久しぶりの大泣きに家が地震並に揺れている。

どれだけ足掻いてもどうする事も出来ないのは知っているのだが、この度ばかりは深く係わり過ぎた様だ。

何も変えられなくても自分の思いは告げた方が良かったかもしれない。

余りにも不完全燃焼の自分に腹が立つ。



「小梅はん、何があったのか教えて貰えまへんか?」

「・・・もう少し時間頂戴」

「先生はどうされました?」

「・・・・・うっ・・・うっ・・・・会いたい・・・」

「小梅はん・・・」


もう少し、落ち着いていられると考えていた自分が情けない。

恋愛の経験が無かっただけに、彼に対する思いを止める術が分からず八つ当たりの毎日だった。

八つ当たりをしている内はまだ良かったのかもしれない。

寝る事も出来ず、じゃべる事も出来ず、縁側に座り込んで庭を眺める頃には何も考えられなくなっていた。


或る夜、真ん丸なお月様を見ていたらうさうさの笑顔が見えた気がした。

悲しい事ばかりじゃ無かったんだよね。少しぎこちない笑顔が浮かんだ。



ここ数日お風呂に入って居なかったのを思い出して、お風呂に入り数日分の汚れを落とす。

髪の毛をドライヤーでキチンと乾かして、布団に潜り込む。

目を閉じれば、夢を見る事も無くそのまま眠りに着く事が出来た。

翌日は掃除と洗濯をし、空になった冷蔵庫の為に食料品を買い出しておく。

今日は流石に料理を作る気分にはなれないので、惣菜を何点か購入した。

自分の部屋に行くと、まずはパソコンの電源を入れる。

ラジオのスイッチも入れようかと思ったが、今は止めて置く。

メールを起動させて、椿とさくらにメールを作成し送信する。


【件名:お願い。/本文:携帯電話が使えなくなりました。やっぱりパソコンのメールが安定して使えるようです。前と同じく直ぐには返信が出来ませんが、こちらのアドレスで利用しますので宜しくお願いしますね】



少しの間、黒ちゃんを眺めていたが、話さなければいけない事が多すぎて、何から話そうかと悩んでしまった。

ラジオのスイッチを入れると、軽快な音楽が流れて来る。少しボリュームを絞ると隣の黒ちゃんが何時もの様に話し始めた。

「おはようさん」

「おはよう」

「今日は元気どすな」

「心配かけたね」

「わては何も出来ませんさかい、心配くらいせなアカンでっしゃろ」

「何それ。まあいいけど。先にあやまっておく事が有るの。あのね、黒ちゃんは元の世界に帰れなくなったの。ごめんね」

「はあ?」

「月が欠ける原因を作った異世界への道が、月が戻った事で閉じちゃったんだよ」

「小梅はん、もう少し詳しく教えてくれまへんかな」

面倒臭かったけど、桜都での出来事を掻い摘んで話す事になった。

自分の事も同時に暴露する事になり、少々恥ずかしかったのだけど必要不可欠な説明だったからしょうがない。



「あんさん、苦労しましたなあ」

「そうでも無いよ」


「わては、小梅はんの側が一番ですわ」

「ありがとう」


黒ちゃんが人型で無くて少しだけ寂しい夜だった。








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