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21.現実




「お初にお目に掛ります。椚と申します」

そう言ってにこやかに微笑むのは、ハルオミさんによく似た男性だった。

聞かなくても分かるが影武者なのだろう。並んでいるとそれ程似ている訳では無いのだが、最初に見た印象が強く、そう思い込まされて居る様な気がする。

その椚さんの一歩後ろに付いている花梨さんが、何やら何時もと雰囲気が違う様な気がする。何て言うか、この二人、お似合いです。

「あの・・・もしかして、お二人はご夫婦ですか?」

「ほー 良く分かりましたね。私の恋女房の花梨ですよ」

「なっ!ばか!変な事を言うな!」

花梨さん、顔が真っ赤です。



「これは一体何ですか?」

着物の袂や襟元に沢山入っていたカードの事である。

先程の女性達に体を触られたと思っていたが、どうやらこれを渡したかったらしいのだ。

キャッシュカードの半分位の大きさで、全てが綺麗な花柄の模様で印刷されているのだ。

裏には名前が入っているだけで、誰の事かも分からない。

ハルオミさんは、黒ちゃんの小型版を持って来て、側面の切れ目にカードを一枚差し込む。

「こうやって見るんだよ」

液晶画面に綺麗な女性が映し出され、その女性が話始めたのに吃驚する。

自室で寛いでいる姿であったり、城下町を歩いている姿であったり、アングルがいろいろ変るのが面白い。

「凄いねー」

と言いながら見ていたら、またアングルが変わって浴室になってしまった。

「うっわ!」

思わず画面を下にしてテーブルの上に投げ出した。

「裸になったか」

それを取り上げ、確認して、カードを取り出した。

「他も見るか?」

顔が笑っている。

「全部あげるよ!」

こちらの世界の女性は随分大胆な事をする様だ。私には絶対無理だが、それだけ自分に自信が有り、磨いているのだろうと思うと応援したくなるから不思議である。


「俺の欲しい物は目の前に居るよ」

「!・・・吃驚する事を言うなっ」

向かい側の椅子から立ち上がり、私の手を掴んで立ち上がらせる。

そのまま強く抱き締めて耳元で何かを囁こうとした時、障子の向こう側から声が掛かった。

「若、関白様がお見えです」

「居ないと言え」

「先ほどのお帰りをご承知の様ですが」

「・・・待たせて置け」

「承知致しました。お早くお願い申します」


私を抱きしめたまま動かない。

「待たせると悪いよ」

「その内帰るさ」

「えっ、それってマズイよ」

だって、関白様なのだよ。関白様。一番のトップがわざわざ来るって凄い事だ。

「・・・さっさと追い返そう」

そう言いながら私の手を掴んだまま歩いて行く。

「おい。私は関係無いだろう」

「向こうが勝手に来たんだ。構わん」

そのまますたすたと歩いて行くが、強く握られた手が緩む事は無かった。

行きたくは無いのだけど、見届け無ければ為らないのなら覚悟を決めるしか無い。


向かった先は「大広間」と呼ばれる御殿で離れになっており、このお屋敷の中で最高の格式と最大の規模を持つ建物である。

約三百畳の広い部屋に、上段・下段・二之間・三之間と続き間で配置されている。

また南面に位置する場所には表能舞台があり、祝い事が有る時は能が催される。

こちらに来て間もない頃に、花梨さんに屋敷の中を案内された時に聞いた話だ。


「久しぶりです。春臣殿」

関白様は下段の上座に近い場所に座っており、その隣には男性が一人後ろに控える形で座っている。

上段と下段の間には、簾の様な物が降りたままになっている。

「良くお時間が取れましたね」

「集まり事を一つ止めてきた。城上せよと何度か申したが来てくれぬのでな」

「それは大変失礼致しました」

関白様に対してその態度はどうかと思うが、数年前までは一緒に国を治めていた人だからの物言いなのだろうか。


関白様は大層可愛らしい雰囲気を持った女性で、年の頃は私と大差無さそうだ。

黒ちゃんが褒め称えた通り、黒い髪は艶やかで黒い瞳は真実を見通しそうである。

「戻って来る気は無いか」

「何度も言いましたよ。私の仕事は終わりました」

「気は変わらぬか」

「遅い青春を楽しませては貰えませんかね」

「・・・そうだな。この話はもうせぬ事にする」

「それはありがたい」

「では、隣の者を紹介して頂こうか」

「・・・俺の大切な人だ」

「名は何と申すか」

「・・・・・」

「あ、あの、小梅と言います」

「教えなくてもいいのに」

おい!?私はどうすれば良いんだ?

「そうか、邪魔を致したな。では戻るぞ」

そう言って立ち上がり、お供の男性も少し遅れて立ち上がった。


障子を開けて出た先に、一人の女性が脇に座り頭を下げている。

「おお、そうじゃ。この者を少しの間面倒を見て貰えぬか」

「誰ですか」

「藤乃、顔を上げて見よ」

「はい」

「!」

何も言わずに眉を上げ、瞳を大きく潤ませている姿を見るのは寂しかった。

「それでは宜しく頼むぞ」

「・・・・・」

「小梅、是非に遊びに来てくれ。待っておる」

「ありがとうございます」

私が頭を下げている内に、関白様はお帰りになった。


「先に部屋へ戻りますね」

そう一言声を掛けて私は自室へと戻った。

戻った部屋には花梨さんが待っていた。花梨さんはとても、とても悲しそうな顔をしていた。

「お風呂に入りますね」

「小梅様・・・」

私は片手を出し掌を向けてストップの態度を示す。

それを見た花梨さんは何も言わずに、帯を解くのを手伝ってくれた。

「明後日、話を聞かせて下さいね」

それだけを言い残し、浴室へ続く戸を閉めた。

そう、明後日だ。

彼女は今頃首を傾げているだろうが、此処では聞きたく無いのだった。


その夜、初めて一人で眠った。


次の日も自室を出る事は無かったし、訪れる者も居なかった。

この日の夜、花梨さんから明日は離宮へ移るとの話を聞いた。

この国に来て、明日で十日になる。

丁度良い節目だろう。


「うさぎのぬいぐるみを持って行きたいのだけど」

「はい。お持ちします」

「ありがとう」

「他に必要な物は御座いますか」

「いえ、他は無いです」

「分かりました」


この夜、不思議な夢を見た。

ミニクーパーに乗って空を飛んでいる楽しい夢だった。







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