20.城下町
「そうだ、メールが来ていたよ」
差し出されたのは白い携帯電話とピンク色のブレスレットだ。
「あ、部屋に忘れたんだ」
「こっちに来る前に持って来たんだ。渡すのが遅くなったね」
「ううん。ありがとう」
「携帯電話は俺の部屋だけ通じるから、ここに置いて使って」
「うん。さくらからだ。心配するから返信しておく」
ハルオミさんの部屋の居間のソファに腰掛け、携帯電話を操作する。
「ブレスレットは必要なのかな」
「こっちでは必要無いよ」
そう言えば彼も黒いブレスはしていないし、他に会った人達もしていなかったと思い出す。
日本と似ているけど、似ていない桜都。不思議な世界が有る。
「小梅―!相手をせぬかー!」
「今行くよー」
「うさうさは我儘だな」
「それ言ったら怒られるよ」
「別にいーさ。所で体の調子はどう?魔力が減って辛くない?」
「大丈夫だよ。うさうさも加減してくれてるから」
「そう。じゃあ今日は街へ出て見るかい?」
「行く!街を見て見たいんだ」
本当の所、体は怠い。
少しづつ削られて行く魔力が、自分の体の回復を遅くして行っている様だ。
それでも自分の力では無い物が、削がれて行くのは気分が良い。
欲しかった力では無い。今直ぐにでも全てを返してしまいたい、例え起き上がれなくなったとしても。
先が読めれば楽しくは無い。
透視をすれば驚く事も無い。
考えるだけで物が動けば面倒な事も無い。
行きたい場所を想像するだけで移動出来れば便利だ。
人の心を覗くのは簡単だが、見たいとは思わない。
どれも私には不必要な物ばかりなのだ。
全てを取り除いて欲しいと望むが、私の物を取り上げる事は出来ないと言われている。
最後に残るのは、いったいどんな力なのだろう。
うさうさは私の記憶も読み取るらしく、いつもすまなかったと言ってくる。
何と返答すれば良いのか分からず、黙ってしまう自分が情けない。
辛かったのだけど、それでも普通に生きてこれたのだから不幸せでは無い。
魔力が減ったら、少しは楽しく生きて行けるかな。
うさうさと遊んだ後は、少し横になって休んでから街へと出かけた。
この街は金沢城下町に似ていて、茶屋様式の町屋が広がっており、とても美しい。
高層な建物は無く、殆どが二階造りで白壁木造が情緒を醸し出している。
多分、内側はテクノロジー満載なのだろうが、人間らしい生活が垣間見えるのは心が落ち着くのだ。
高層の建物が無いのは「月」が見えなくなると嫌だからと言う人々の理由らしい。
道幅は広く歩く歩道は石畳になっており、中央にはアスファルトに似た道が敷いてあり車が行きかっている。車は日本の軽自動車をもう一回り小さくした箱型で二人乗り専用らしい。排気ガスも排出しておらず、クリーンエネルギーだと思われる。
歩道を歩く人も少なくは無く、大変賑わっている様子にわくわくして来る。
人々の姿は女性も男性も日本の和服とほぼ同じ物を着用しているが、髪型はシンプルに纏めていたり、片方に流していたりである。
日本髪にちょんまげだったら、正直どうしようかと思っていたが、髪型の心配は無さそうだ。
ただし、男女問わず皆長髪だ。それも腰まで届く程の長さを持っている。
ハルオミさんに手を引かれて、少し歩いた先の奥まった所の茶屋に入って行く。
「いらっしゃいませ・・・まあ!若様!」
妙齢の美人さんがお出迎えです。
「女将、声が大きいぞ」
「嫌ですよ、地声です。ふふふ」
「奥は空いているか」
「ええ、若様以外入れませんよ」
「ゆっくりさせてもらう」
奥と言うのは一番奥隅の衝立で仕切られたソファのある席だった。
何故か向い合せでは無く、隣同士で座っているのに疑問もあるのだが。
「少し顔色が悪いな」
「そう?普通だよ」
暫くして女将が持って来たのは良い香りの珈琲だ。
「うわ。久しぶりだ」
珈琲を二つ置いた女将は、立ち去らずに椅子に腰をかけた。
「若様。こちらの方は?ご友人?それとも趣向の変った恋人かしら」
あー忘れる所だったが、男二人が寄り添って歩いて居るのだから言いたい事は分かる。
「女将と一緒にするな」
「あら、私は美しい物が好きなだけですよ。男も女も大差無いわ」
私の顔をじっと見たかと思ったら、お邪魔様、と言って立ち去った。
珈琲を半分位飲んだ辺りで、彼の方に凭れ掛かって寝てしまったらしい。
「ごめん。寝てしまった」
「大した時間は経って居ないよ」
「そう。なら良いんだけど」
「もう少しこうしていよう」
「うん」
屋敷に帰ると、何やら庭先が人だかりになっている。
「何かあるの?」
「嫌。何も無い筈だが」
そのまま正面玄関へ向かわず裏の方へ回り込もうとした時、黄色い歓声が轟いた。
庭先に居た若い女性達が一斉に此方へ向かって走って来る姿は少々怖い。
「小梅様!小梅様!これをお受け取り下さいませ!」
「小梅様!こちらも!」
「若様!是非お返事を下さいませ!」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
二人で脱兎の如く走りだし、裏の通用門へと逃げ込んだ。
「・・・っはあ、・・・んで、私まで!・・・はぁっ」
「・・・ははは!・・・はぁ・・・ははは!」
「ご無事で何よりですな」
「誠に」
そう言って顔を出したのは、花梨さんと、ハルオミさんにとても似た男性だった。
個人的にですが、日本家屋が好きです。高層マンションは、苦手です。