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17.花梨




「うーーー」

「余り気になさらずに・・・」

そう言いながら、頬を染めて笑っているのは花梨さんだ。


彼が行った後に、直ぐにシャワーを浴びて彼の残り香と汗を流した。ついでに昨夜半乾きで寝た為、乱れた髪をもう一度洗った。

その時、鏡に映った自分の体に唖然としたのである。

鎖骨辺りに赤く散る斑点。


寝室に戻ってくると花梨さんが椅子に座って待っていた。

昨日見た時は全身黒のスポーツウエアの様な物を着ていたのだが、今は朱色に手毬の刺繍が入った着物を着ている。勿論男装の着付けである。

「花梨さんまで男装しなくて良いのに」

「私も一度、男装してみたかったのですよ」

「いや、似合うけど、せっかく美人さんだから綺麗な着物を着ているのを見て見たいな」

「ありがとうございます。でも背が高いので似合わないんですよ」

「そーかなー」


背の高さが170cm有るので、可愛い着物が昔から似合わなかった。

着物に興味が無かったし、着物を着る機会も少なかったので気にした事も少ないが、若様から頂いた異国の洋服はとても動きやすく、影の仕事には重宝している。その洋服で仕事をするつもりだったのだが、気が変わったのだ。

昨日、小梅様の警護に付くよう言われ来て見たら、奇麗な女性が男装をしているのに興味が湧き、自分もこれなら着れると思ったのだ。

締め付けが少なく、確かに着心地は良い。

それに、いかにも影ですと云う格好で小梅様のお傍にいるよりも良いだろう。


「花梨さん、今度着付けを教えて下さいませんか?」

「男装の着付けで宜しいですか」

「あー はい。 自分で着て見たいですから」

「宜しいですよ。簡単です」

今日の着物は黒地に蝶の刺繍が舞っている物を選んだ。帯は濃いエンジ色。

この着物が似合う人はそう居ない。が、それを苦も無く着こなすこの人に興味が湧く。

「肌が白いので良くお似合いです」

「ははは、インドアな人間なんです」

「今日の御髪はこの方が宜しいかと」

昨日見た時は後ろに一本の三つ編みをしていたのだが、今日は左の首筋に赤い斑点が一つだけ隠れ切れなくて覗いている。

小梅様も気になさるだろうが、他の方が見た時の戸惑いの方が大きいと思われるので、それを隠す様に左の耳下で緩く纏めた方が良いだろう。

「うー 何だか照れますね」

頬をピンク色に染める小梅様は大変可愛い。


若様が異界からお戻りになられたと聞いた時は、少々驚いた。

それも【無月】の期間に来ることが信じられなかった。この時に来れば嫌でも二十日間は身動きが取れない。余程の事情かと思っていたら、女性を迎えに来たと言う話である。

それも異界から来た女性。水仙様がお連れになったと聞いて、嫌な感じがするのだがそれはこれから調べれば良い事だ。

こんな時こそ「闇の月」が戻ってくれたらと思わずに居られない。

あれが戻れば【無月】も五・六日で終わる筈だ。

それも、一昔前の話だから不確実ではあるのだが。


とにかく昨夜は必死で探したのだ。月が有る内に探し出せれば異界の女性を返せるし、若様も面倒な事に成らなくて済む。数人の影で屋敷の全てを探し、私は奥を探した。全ての部屋を見たがおらず、此処では無いのかと思い更に奥の庭まで足を延ばした時に悲鳴が聞こえたのである。

そっと見ると、その女性は首を傾げたまま動かず、少しだけ悲しそうな顔をしているのだった。直ぐにやってきた男衆に連れられても、抗うでも無く抗議をする訳でも無く、只黙って連れて行かれた姿は何故か悲しかった。


直ぐに若様に報告をするが、もう月が隠れた後だった。

それでも、居場所が分かるや否や、凄い勢いで駆け出して行かれた姿は必死だった。

それ程特別な方なのか。秋乃様よりも。


しかし、若様には驚かされる。

帰って来た事もそうなのだが、笑っている事に一番驚いた。

私が知っている若様は無表情で人をお切りになる方であり、作り笑顔で女性を貶めた方であるのだが、まるで人が変わったようだ。

あの頃は、桜都も大変な時期で内戦状態だったと言える。

若様が笑顔を見せる事も無く、必死に築き上げた桜都は今はとても平和なのだ。

一緒に戦えた私は誇りに思っている。

これからも仕える方は若様だけだろう。


その若様が守ろうとしている女性。

この女性の前では平気で寝てしまわれる。

庭を見ながらうたた寝等、信じられない光景を目の当たりにした時は、まさか毒を盛られたのでは無いかと思った程だ。

二・三日眠らなくても仕事をこなし、他人の前で眠る事等無かった。自分の部屋であっても警戒心が強く、些細な物音にも目を覚ます様子は、こちらが心配する程だった。


あれから六年が経つのか。

若様が異界へ行かれてから、私達の生活は全て変わった。

このお屋敷の警護は若い世代に替え、私は椚の妻となり子を産んだ。

椚は今、上月家の当主となり全ての影を統べている。


若様には幸せになって欲しいと切に思う。

今の平和な日々がもたらす幸福が、私にとっても大切な様に。



小梅様を居間へお連れし、お茶の用意をしていた時である。

ドタドタと大きな足音がし、声が聞こえる。

これは紫苑様だなと思い、入れている最中のお茶から手を離す事はしなかった。

「入るぞ!」

声と一緒に障子が開いた。

「これは紫苑様、おはようございます」

一瞬驚いた顔を見せるが、何処か懐かしそうな顔に変わる。

「花梨殿か。ご無沙汰致しておる」

「何を申されます。こちらが挨拶をせねばなりませんのに」

「ははははは。やはり兄様がおられると懐かしい方にもお会い出来るな」

「そうで御座いますね」

紫苑様の目線が小梅様に移る。小梅様とその前の椅子へとお茶をお出しし、紫苑様もお座りになられた。


「お初にお目に掛ります。紫苑と申します」

「おじゃましています。小梅です」

「大変お若い方ですな。兄様のご友人だとか」

「ええ」

小梅様の雰囲気が変わられた。

今の小梅様を見ていると、男性、嫌、少年にしか見えない。これは一体・・・


「紫苑。その様だから奥方が困っておられるのだよ」

障子に凭れなが話し掛ける若様は、弟君をぞんざいに扱われている。

「面倒な講釈は苦手なだけだ」

「面倒事も楽しめる様にならんとな」

「兄様、私は兄様の様には出来ませぬ」

「あははは、覚えが無いが」

若様の目線が小梅様に移る。今の会話を気にされたのか。

小梅様は只笑顔を作り、お話を楽しんでいられる様に見える。


「それでは失礼致した。今宵の宴を楽しみにしております」

「ああ分かった」

「小梅殿も是非ご一緒に」

「ありがとうございます」


「花梨、私にもお茶を入れてくれるか」

「承知致しました。小梅様もお飲みになられますか」

「はい。美味しいですね。ジャスミン茶は好きなんです」

此方に向けられたお顔は先程までの可愛い小梅様だ。


不思議なお方だと、興味を引かれたのだった。




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