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15.暗示




今はハルオミさんの部屋に二人きりなのだが、笑いが止まらず涙目になっているこの人を誰か止めて欲しい。


「す、すまん」

「もういーよ」

「まさかこんな事とは知らず、ちゃんと言っておけばよかった」

言わずもがな男装で有る。が和服なので着心地は悪くない。

そして女性の着物の様に締め付ける感が少ない為、意外と気に入っているので違和感は無いに等しい。

「しかし、似合うな」

青碧色の無地に小さな鳥の刺繍が散っている。帯は刺繍の色から選んだ紺色だ。勿論足袋も紺色と揃えてある。


私が座った椅子の前、テーブルの上に腰掛け手を取られる。

「こんな事になって、ごめんね」

「あ、いえ、気にしてないから」

「そんな訳無いよ。小梅が楽しく過ごせる様にはしてあげたいから」

「ありがとう。気持ちだけで十分だよ」

私の手を優しく包んでいたハルオミさんの手に力が入り、ぐいっと引き寄せられる。

ハルオミさんと私の体重が掛ったテーブルがぎしりと音を立てる。

「小梅」

名前を呼ばれ見つめられる瞳は青い。

「青いんだ」

「こちらに来ると必然的に青くなる。小梅の瞳はピンク色だよ」

ハルオミさんの瞳に映る自分を覗き込んでも瞳の色までは分からない。

真剣に覗き込んでいたから、その瞳がとても近い事に気が付くのに遅くなった。


「さっ・・・さくらざ・・・・んっ」


「春臣と」


「えっ・・・あ・・・さ」


「春臣」


「は、春臣、さん・・・」


「春臣」


「・・・春臣・・」


「小梅」



「若、宜しいですか」

障子の向こうで返事を待つのは、影の椚―くぬぎー。

「良いぞ」

「はっ、失礼致します」

「何があった」

「関白様が若がお戻りと聞きつけた様で御座います」

「早いな」

「今朝の騒ぎが大きかったからかと」

「無月の間は動けぬ。仕方があるまい」

「それと、お連れの方もお噂に」

「・・・・・そうか。離宮の準備を頼む」

「御意に」


「お連れの方はご気分でもお悪いので」

「嫌、眠っておるだけだ」

「・・・・・落としましたか」

「・・・・お前には隠せぬか」

「花梨をお付け致しましょう」

「ああ、頼む」



「小梅」

んー気持ちよく寝てるのに起こさないでよー。

「小梅」

んーもー五月蠅いなー顔の周りをハエが飛んで・・・ハエ?

ぱっと目を開けたら、目の前には春臣がいて顔中にキスを落としている最中だった。

「へっ?何してる」

「キスをしたら起きるかと思って試している最中」

「なんてこ・・・・・んぁ」


どうして寝てしまったのか思い出せない。

春臣と話していた所までは思い出せるんだけど、その先がおぼろげなのだ。

ん?春臣?彼の名前は春臣だし、問題は無いのだけど、何だろうこの違和感。

思い出せそうで思い出せないこのもやもや感に苛立ちそうだ。

思い切りそれが顔に出ていたのだろう、彼に手を握られ散歩に行こうかと誘われた。


さっきまでのもやもや感を忘れる位美しい庭だった。

一年中温暖な気候だと言うこの国は、緑も多く沢山の花や果樹が咲いており、何時でも美しい庭が見られる。我が家の庭みたいに手入れもしていない所とは雲泥の差だ。

「昨夜の庭へは行けないのかな」

「行けない事は無いんだが、あそこは奥と言って女性の住居棟になっているんだ。その恰好では入っては行けないんだよ」

あー、それでなのか。この顔であの恰好で居れば不審者にしか見えないかもしれない。

「この様に可愛い顔が男に見えると言うのが不思議でならないな」

「じゃあ、最初から私が女だと思ってたの?」

「ああ勿論だ。中性的な顔立ちだがこのほくろが色っぽいと思ったよ」

私の唇脇を指でなぞる。唇の両脇に1つづつほくろが有るのだが、自分的には大嫌いだ。このほくろのせいでアンバランスなのだ。



「暫くの間は、そのままで居て欲しい」

「ん?男装の事?」

「奥に入られると、傍に置く事が難しくなるからね」

「ふふふ それは構わないけど、変な噂が流れるかもよ」

「ほー 噂が流れる様な事をしても良いのだな」

繋いでいた手が腰に回り強く引き寄せられる。反対の手は素早く顎を持ち上げ上を向かせられていた。

「な、何を考えている!?」

「えー キスしたいなあーって思ってるけど。それ以上も有りかなーって」

「はいぃー!?」


「若様、お昼をご用意致します」

「ああ頼む」

庭に面した廊下が急遽昼食会場となった。

赤い布が敷かれ、その上には皿に載った色取り取りの料理が並ぶ。

十分も掛からずに用意が整うと、「失礼致しました」と声を掛けて下がって行った。

凄いな。私が赤面する様な場面にも関わらず、顔色一つ、眉一つ動かさずに淡々と仕事をこなす姿は、まるでロボットの様である。


廊下に置かれたふかふかのクッションに腰を下ろして庭を眺めながら食べるお昼は、先日椿と一緒に公園で食べたお昼を思い出す。昨日の電話での感じが少し引っかかるが、何か有ったのだろうか。聞いても教えるヤツじゃないし、今は気にしないでおこう。

カタッ と音がしたので目を上げると、横になりながらお酒を飲んでいた彼が杯を持ったまま眠っている。

そう言えば、昨日から私を探していたと言っていたから寝ていないのかもしれない。

悪いことをしたなー。私はぐーすか寝てたんだよなー。と思いながら彼の手から杯をそーっと取り上げた。


心地良い風が吹き抜ける。

彼の長い髪が揺れている。

穏やかな天気だが、眠るには肌寒いかもしれない。

クッションの下の敷物を引っ張り出し、彼の体にそーっと掛ける。

そのまま彼の足元に座り庭を眺めていたら、草木の下で何かが動いているのが見えた。

庭に降りる足元には草履が二組置いてあり、その一つに足を入れてそーっと近づいて見る。

「ねこ?あ・・・」

私の声に驚いたのか、さっと奥の方へ潜って行き手の届かない所で振り返った。

ピンク色の鼻に緑色の丸い目、そして大きな耳がこちらを向いている。

サバトラの縞々が可愛い猫だった。


触りたくて、ぐるりと回って庭の奥へ入って行く。

猫もこちらを振り返りながら、もっと奥へと潜って行く。

後少し・・・

「この先へは行けません」

すっと私の前に入り込み、穏やかな笑みで行く手を阻まれる。

ほー 美人さん発見だ。







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