12.蕨餅
昨日も今日の朝もゆっくりと起床。
平日にこれだけのんびりしているのは、随分久しぶりだと思う。
お盆も正月も休みは有ったけど、連休ならではの楽しみだったり来客だったりで、平日よりも忙しかった気がする。
何にもしない毎日は暇かなと思ったりしていたが、意外と生に会って居る気がする。
まだ二日目だし、今まで十年きちんとお勤めしたのだもの少しくらいのんびりしても罰は当たらないだろう。
「黒ちゃん、ドライブしない?」
「えーですなあー。小梅はん自慢の車には興味ありますさかい行きますがな」
「本当?じゃ決まりね」
「その前に、パソコン使わせてもらいまっせ」
「いいよ。私も準備するー」
暇だと感じないのは黒ちゃんと云う相手がいるからかもしれない。
車の助手席には黒い小さな箱が鎮座している。通称黒ちゃん。
海に行こうと思い標識を頼りに右往左往している。途中、標識通りに右折した筈なのだが道路は細くなるばかりで、標識の一つも見当たらない。
これは曲がる場所を間違ったなと思い、来た道を戻る事にする。大きな道路に出た所で黒ちゃんが話し掛けて来た。
「小梅はん。何処へ行きたいんどすか?」
「えー 海だよ。海!」
「はいー?山に向かってまっせ!あんさんめちゃくちゃですわ」
それからは黒ちゃんナビの元、順調に海へと着きました。
道々色々聞いてみたら、お出かけ前のパソコンでこの辺一帯のグーグルマップを検索したのだとか。私の車にはカーナビが付いてないので物凄く助かった。
後、ミニとお話をしていたらしく私の事が大好きだと言っているらしい。
「ミニはな、えろう小梅はんに大切にされておるんやと力説しとりまっせ」
「本当なら嬉しいな。ミニは私にとっても一番大切な車だもの」
「ほんまほんま、きちんとメンテナンスしてくれてるから快適やー言うとるし、たまに流れる微弱な電気が心地良い言うて笑うてるさかい、こいつマゾですわな」
「あはははは!結構強烈な電気も流せるんだよ?」
「それは勘弁しておくれやす」
「そうそう、六年位前ね、東京行ってね、大停電させた事有るんだよ。これは誰にも言えない秘密なんだけどさ、黒ちゃんには特別教えてあげるね・・・・・・・・」
他愛もないおしゃべりで、ドライブは大変楽しかった。
帰り道、行きたかった和菓子屋さんまでナビをして貰い、お目当ての「わらびもち」を買う事が出来た。
夕ご飯は椿の作ってくれた、から揚げをメインに美味しく頂く。
椿達が帰った後の冷蔵庫には、ぴっしりとタッパに詰まった惣菜で埋め尽くされていた。
本当に相変わらず過保護だなと、この度は特別に輪が掛かっている気がする。
それだけ嬉しかったのかな。楽しかったのかな。そう思うと自分も嬉しくなるから素直に喜ぼうと思うのだ。
今度は自分が東京へ遊びに行こうかな。
あれから六年、このブレスも在るし大丈夫だろう。
食べ終わった食器を洗いながら、八時まで何をしようかと考えてみる。シャワーに入るには短いし、ただ待ってるには長いし。そもそも本当に来るのかも分からないのだ。
「むー」と声に出してみたら、「どうしたの?」と返答が返って来る。
吃驚して皿を落としそうになり、振り返るに振り返れないでいると後ろから抱きしめられた。
「八時まで待ってられなくてさ。吃驚させたね」
く、首筋にハルオミさんの唇が当たっている!ヤバイ!顔が沸騰しそうだ。
「・・・あ、あ、泡が、あの、泡が・・・」
食器を洗っている最中だったので、泡だらけの両手を宙に浮かせたまま固まっている。今の状況を把握出来る筈も、回避する事が出来る筈も無く、半分泣きそうになっていた。
ハルオミさんは笑いながら私の両手を水で洗い流し、脇にぶら下がっているタオルで両手を拭いてくれた。
それが終わると私を正面に向い合せて・・・キスを1つ落とした。
縁側でハルオミさんと二人、わらびもちとお茶を頂く。
わらびもちを始めて食べると言うハルオミさん。なんだかハルオミさんの初めてが多くて楽しい。
「美味しいね。こんな食感は始めてだよ」一人分をぺろりと食べてしまった。
「もっと食べる?あるよ」
「うん。食べたい」嬉しくて仕方が無いと言う感じの無邪気な笑顔が可愛い。
でも、このわらびもちは本当に美味しいのだ。私も初めて食べたが何とも表現しがたいぷるぷる感が堪らない。全てが手作りで、手で千切った形が大小様々なのも味が有る。上に振るきなこに黒砂糖が混ざっており風味も格別だ。少し多めに買ってきて良かったな。
「これ」
と言いながら、持参して来たらしいリュックの中に手を入れて何やら探している。
「これを渡したくて急いで来たんだ」
手渡されたのは白い箱。今度は白ちゃんかしら?等と思いながら箱を開けると、本当に白ちゃんが入っていた。
「携帯電話」
慌てて押し返す。
「大丈夫だよ」
私の腕のブレスを触って笑っている。
そうは言われても、自分で購入する事二回、その日の内に壊す事二回。
友人の携帯に触って壊した事、数回。親の携帯も何台か壊している。
「これは俺が改造した携帯だから大丈夫だよ」
ポケットから自分の携帯を取り出して見せてくれる。どうやら同じ物で黒色を使っているらしい。お、お揃いか?心臓が早くなる。
手の中に白い携帯を握らされて、隣で使い方を説明し始めた。手に汗握るとはこの事かと思いながら、言われるままに電源を入れて見た。
手の中に有る携帯電話はスマートフォンと言う物で、今まで見慣れた携帯電話とは使い勝手が違うらしい。電話が掛かって来て、画面には受話器を上げるマークが有るのに、それを指でタッチしても繋がらない。どうしたものかと悩んでいたら、そのマークを横にスライドさせると教えてもらい、やっと電話に出る事が出来た。
全体に置いて、そんな状況だから一つ一つ聞いては覚えると言う具合で、あっという間に時間が過ぎて行った。
十二時を過ぎた頃には大体の操作方法も覚え使える様になった。が、他の事が気になり始めたので正直に聞いてみる。
「あの、桜坂さん。携帯電話は幾らですか?」
「俺からのプレゼント」
と言って笑顔で返されてしまう。
「いえいえ、そんな訳には、そうだ!このブレスレットも幾らか聞いてなかった!」
と一人焦ってしまい、両方を手におたおたしてしまう。
「小梅。今まで苦労した分楽しもうな」
「えっ・・・あの・・・桜坂さん、それって・・・」(返事になってない)
言葉の途中で腕を引かれ、ハルオミさんの腕の中にぽすっと体が収まる。
「小梅」
思わず両手で顔を覆う。瞬間湯沸かし器の如く真っ赤だと思うのだ。ああ、どうしたら良いんだ。
「真っ赤だな」
「赤くもなるよ!こ、こんな初めてだぞー!」
「可愛いけどな」
「なっ・・・何を・・・」
ピピピピピ・・・ピピピピピ・・・・アラーム音だ。
「おあー、そろそろ行かなきゃ。仕事だ」
「あ、ミュージックステーション?今夜は有るの?」
思わず両手を下ろして目を輝かせる。目の前にはハルオミさんの顔があった。
「あっ・・・んー・・・」
「じゃ、行ってくるね」
「・・・はい」
「明日は逃がさないから。覚悟しておいて」
「・・・・・」
笑いながら縁側に消えて行った。
一人顔を赤くして悶絶する姿はどう考えても人には見せられないし、自分自身見たくない。この体質だから恋人なんて居なかったし、誰かと手を繋いで歩くなんて事も無かった。ましてやキスなんてした事が無い(両親と椿は除外)。恋愛経験値がまるでゼロな自分に、ハルオミさんから感じる怒涛の男性オーラに眩暈がしそうだ。
ハルオミさんの事は好きだと思う。それがどう言う好きかが分からない。好きなアーティスト?私の体質を理解してくれているから好きな人?椿が連れて来た人だから?
ああーお願いだ、早鐘の様に打つ心臓を誰か止めてくれ。
〈おはようございます。ハルオミです。今夜もミュージックステーションの時間が来ましたよ。皆さんからのリクエスト、お待ちしております。リクエストの宛先は番組ホームページhttp//・・・・・
わらび餅、大好きです!家から離れた地域に大変美味しいわらび餅屋さんがあるんです。手作りでぷるんぷるんしてるんですよー。年に数回しか食べれられませんがそのわらび餅を思い出して書きました。皆さんもお気に入りのスイーツってあるんでしょうね!あーわらび餅が食べたくなりました!