10.公園
歌を歌うのは好き。
歌を聴くのも好き。
一人が好き。
他人と一緒は緊張する。
それが親でもさくらでも椿でも。
出来れば仕事はしたくない。
他人と関わる事が増えるから。
今の仕事は電話応対が主な仕事だから、まだ負担も少ない。
それでもオンライン契約やパソコンを使っての書類作成が推奨される昨今、私には出来ない事が増えている。
先々月の末に辞表を出した。
私の体質を知っている親戚だから雇って貰えたのだが、オンライン業務が増えると社長と奥さんだけで事足りる事が判明。自分がお荷物になりつつある事を薄々感じていたので辞める事を決心した。
社長と奥さんは始めこそ引き留めてくれたが、最後には逆に謝られてしまった。この不景気な時期は何処も大変なのは知っている。
本当なら先月の十日付けで辞める予定が、奥さんが怪我をした為一カ月延びたのだ。
奥さんも退院した事だし、今週いっぱいで片づけられるだろう。
次の仕事は見つけて有る。隣町のスーパーでの商品の陳列や掃除の仕事だ。
左手首に納まっているブレスレットを見て、ハローワークに行って見ようかなとふと思った。
月曜日の朝。
家を出ようとした時に椿が起きてきた。
「いってらっしゃい」
「うん。行ってきまーす」
元気に出勤致します。
午前中は先週やり残した仕事に費やした。
お昼は近くのコンビニでお握りを買おうと思って、財布を片手に事務所を出る。昨夜も遅くまでスタジオに入っていたので朝寝坊してしまった。
会社の裏口を出ると其処には椿が立って居た。
「弁当作って来たぞ。一緒に食べよう」
「やったー!じゃ公園行こうよ」
二人で他愛もないおしゃべりをしながら公園へ行き、大きな木の下にシートを敷いてお弁当を広げる。
出し巻き卵、ひじき煮、エンドウ豆の煎り物、鶏肉のピカタ、じゃがいものバジル焼き・・・どれも美味しい。お昼なのに食べ過ぎそうだ。おかかお握りを頬張りながら少しむせかけると、横から麦茶のコップが差し出される。
「あいあおー(ありがとう)」と言って受け取る。
「椿をお嫁さんにしたかったな」
「僕は小梅をお嫁さんにしたかったよ」
二人で顔を見合わせてふふふと笑う。この会話も何度目だろう。
「椿だけ休憩してて良いの?」
食後はシートに横になって休憩だ。
「ああ、竹とハルさんが音合わせしてるから良いんだ」
グリルサイトウの竹さんは椿の同級生で軽音部で一緒にバンドを組んで居た。椿はキーボード、竹さんはベース、リードギターとドラムを担当していた人達は地元に居ない。
「桜坂さんの担当は?」
「リード。めっちゃ上手い」
「へーそうなんだ」
「今夜合わせするからな」
「分かった」
「小梅、明日の仕事休み取ったら?」
「んー今週は休めないんだ。大丈夫だよ」
椿には、誰にも仕事を辞める事を話していない。
「そうか、悪い事したな」
「今更気にせんでいーよ」
午後からの仕事は比較的暇だった。
新聞を読んでいる社長に「少し早いですが今日は上がっても良いでしょうか?」
老眼鏡を鼻の頭に載せながら上目使いでこっちを見上げ「椿が来てるんだったな。今日は暇だしいいぞー」と承諾を取り付ける。
「はーい。じゃあ、お先に失礼します」
帰り道、近所のかき氷屋に寄って持ち帰り用を買って帰る。
急いで家に戻り、急いで地下のブースへ降りて行く。
丁度、三人で椅子に座って話している所だったらしく氷が解ける前に配る事が出来た。
「やっぱり氷屋のかき氷が一番上手いな!」
皆で食べるかき氷は美味しいし楽しいのだ。べーっと舌を出すと、それぞれ赤青黄の鮮明な色が現れる。
「高校以来かな」椿は懐かしそうに食べている。
「先週娘と食べに行ったよ」竹さんには二歳の娘さんが居る。
「始めて食べた」ハルオミさんが以外な事を言いだす。
「えー!初めてですか?かき氷」
「そう。美味しいね」と凄く満足そうな笑顔が零れる。
「所で小梅、早くないか?」
時計は四時少し前を指している。
「うん。暇だったから早上がりさせてもらった。かき氷が食べたくてさ」
「「いーねえー」」と椿と竹さんがハモッて笑っている。
その後少し雑談をしてから「合わせ」が始まった。
私は急いで着替えに部屋へ戻り、台所でポットに氷と麦茶を入れて地下へと降りて行った。「合わせ」が始まると数時間は地上へ出れなくなるのを経験している。それは皆も周知しているようで、竹さんが持って来たであろうオードブルとサンドイッチやおにぎりの詰め合わせもどきが部屋の隅に鎮座している。
「小梅、調子は良いか?」
そう言えば言っていなかった事を思い出し、左腕のブレスレットを見せて頷く。
「桜坂さんから貰ったの。電気除去装置」
椿が思い切り嫌な顔をしてから、ハルオミさんを睨みつけている。
「でもね、コーヒーメーカーしか試して無いからどうかな・・・」
「分かった。分かった。大丈夫さ」
「ん?」と不思議そうな顔をした私の手をひょいと掴む人が居る。
「冬樹!?な・何して・・・・・平気か?」
「ああ。全然電気は来ないぞ。ほら」そう言って冬樹さんに抱き締められた。
「えっ!・・・・・」
冬樹さんを思い切り蹴り飛ばした椿に思い切り抱き付かれた。ぎゅうぎゅうだ。
ほっぺを何度も何度も撫でられ、頬擦りされまくり、最後にはちゅうまでされてしまった。
その様子をハルオミさんと竹さんが笑って見ている。
恥ずかしいけど、身内ばかりだから良いか。と諦める。だって椿だもん。
本日の合わせは、椿のテンションMAXな為、暴走し過ぎて一時間で打ち切りとなりました。次回は、夕食後と決まりましたので、それまで椿は頭を冷やす様にとのお達しです。
「小梅、ちょっと散歩に付き合って」
「いいよー」
家の裏手は何処までも広がる沢山の田んぼ。田んぼの畦道をのんびりと手を繋いで(!)お散歩中。このブレスは本当に凄い物なんだと実感している。
「ごめんな」
「ん?何が?」
「もっと早くにハルさん連れて来れば良かったなって。何となく嫌だったんだ。何でか分かんないけど、取られる様な気がしてさ」繋いだ手をぶんぶん振って歩く。
「ありがとう。何時も気に掛けてくれて」立ち止まって私の腕を引き寄せ抱きしめる椿。
「こんな事が出来るなら、本当に早くに連れてくるんだったよ。残念だ!」
二人で顔を見合わせ盛大に笑った。
畦道を通り細い農道を歩いて自宅の裏手に出る。物干し竿の脇を通り小さな物置の前まで来た時に椿の足が止まった。
「ここ、覚えてるか」
「・・・・・」
「小梅が見つかった場所だよ」
物置と物干し竿はエル字型に配置されており、その前の空間には昔ぶらんこが置いてあった。
私は小さい頃、神隠しに会ったと言われている。数時間の事だったらしいが、沢山の人に心配を掛けたらしい。
「ぶらんこに座ってたんだっけ」
「うん」
「覚えて無いんだ」
「そうか。行こう。そろそろ晩飯だ」
家に帰ると遅いと文句を言われ、皆に羽交い絞めにされた。(ハルオミさんは不参加)
それから明け方近くまで「合わせ」が続いたのでありました。
音楽経験が無いのでその辺は結構いい加減に書いております。雰囲気で了承して下されば嬉しいです。