魔法の歌
何の前触れもなく、姉が歌い出した。
それは、三十年近く前に私が即興でつけた、少しおかしなメロディだった。
すると妹が、まるで昨日も歌っていたかのように、その続きを歌い始める。
ふたりは顔を見合わせ、笑い転げた。
私はといえば、ところどころしか覚えていない。
作った本人より、聴いていたふたりの方が、よほど正確なのだ。
なんとも不思議で、嬉しい光景だった。
その姿を眺めながら、私は遠いあの日を思い出した。
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あなたたちが小さかった頃。
私は、子育てで悩んだ記憶がほとんどありません。
それくらい、あなたたちはいつも「ふたり」で、仲睦まじく、自分たちだけの豊かな世界を作り上げていましたね。
子供部屋の扉をそっと開けると、ぬいぐるみやおもちゃを総動員して、あれこれ工夫しながら遊びに夢中になっていました。
その背中を眺めているだけで、私は幸せでした。
そんなあなたたちに、毎晩続けた約三年間。
私からのささやかな贈り物は、絵本の読み聞かせでした。
ただ物語を読むだけでは、なんだか物足りなくて。
登場人物によって声色を変えたり、絵本の中に出てくる「決まり文句」に、その場で思いついたメロディをつけたり。
即興の歌、妙ちきりんな節回し、私たちだけに通じる合言葉。
気がつけば、いくつもの「魔法の歌」が生まれていました。
絵本の中で歌う場面に、私が勝手につけたメロディです。
まさか、それをあなたたちが三十年近くも覚えていてくれるなんて、あの頃の私は想像もしていませんでした。
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あれから、ずいぶん長い年月が流れました。
お姉ちゃんがお嫁に行く時、妹がどれほど寂しそうだったか、私は知っています。
小さな頃から、いつも一緒だったふたり。
それぞれの人生を歩き始めることは、嬉しくもあり、少し寂しくもあったのでしょう。
けれど今でも、たまに集まっては、あの頃と変わらず笑い合っていますね。
そんなあなたたちを見ていると、私は思うのです。
「私たちがいなくなっても、このふたりなら、きっと大丈夫」
私があなたたちに伝えられたことは、いったい何だったのでしょう。
勉強でも、世の中を上手に渡っていく方法でもなく。
もしかしたら、
「ふたりでいれば、なんでもない毎日がこんなに楽しくなる」
そんな、ささやかなことだったのかもしれません。
あの夜、何気なく口ずさんだメロディは、私が忘れかけていても、あなたたちの中で生き続けていました。
そして今では、ふたりだけで歌い、笑い合うことができます。
それが、何より嬉しいのです。
だから、これからも。
もし人生に少しだけ疲れた夜があったら、あの「決まり文句」を歌ってみて。
そこには、いつでも私がいます。
そして何より、あなたの隣には、世界でたった一人の、心強い味方がいます。
あなたたちがふたりで、笑いながら、それぞれの人生を歩いていくこと。
それが、私の人生の最高の答え合わせです。
愛を込めて。




