度胸試しの夜
これは僕の子供の頃の体験談だ。今ではもうこんな行事はなくなってしまったのかも知れないが、僕らが子供の頃は夏休みになると、その地域の子供会で度胸試しが行われるのが恒例だった。僕の田舎では火の見櫓の下からスタートして坂道を下り、下の田圃の前の集会所まで歩く距離にしてほんの200メートル位の度胸試しであるが、この坂道の片側は切り立った崖で今にも崩れてきそうで、もう片側は林になっており鬱蒼とした木が繁っていた。所々にある外灯の裸電球は薄暗く頼りないもので、切れかけているのか必ずチカチカと点滅している外灯があった。
度胸試しは最上級生の6年生がお化けに扮し驚かせる側で、残りの下級生が二人ずつこの道を歩き下の集会所まで降りていくのである。無事、集会所に辿り着くと父兄が冷えたスイカを用意してくれていて、それを食べる事が出来るのだった。
僕も、本当は夜のこの坂道は怖くて嫌だったけれど女の子と二人で歩く手前、妙にカッコつけていたし、下で食べるスイカが美味しくて毎年必ず休まずに参加していたんだ。
そして、6年生になった僕はそれまでの坂道を歩く側から脅かす側になったのだ。お化けに扮するといっても、今のようにリアルなマスクがあるわけでもなく、お化けの顔を書いた紙袋を頭に被って、要らなくなったシーツを身体に巻いただけの粗末なものだったけれど、夜道からいきなり飛び出されては、それだけでみんな驚いてしまうんだよ。僕も、今まではそれで泣きそうになっていた。でも、一緒の女の子が泣いてしまうので、僕は必死にこらえていたんだ。
でもそれは去年までの話で、今年は僕が脅かす番だ。僕は林の中に隠れて下級生たちが来るのを今かいまかと待っていた。すると、懐中電灯の灯りがゆらゆらと揺れてやって来る。最初の組が来たようだ。僕が、二人の前に林から飛び出していくと、二人は一瞬固まったように動きを止め、その後悲鳴を上げて転がるように駆け出していた。
・・・うひゃーっ、おもしろーい ヒロシとサトミ、泣きべそかいてたぞ ・・・
僕は、近所の下級生ヒロシとサトミの半べその姿を見て楽しくてたまらなくなっていた。そして、次の下級生が来るまで、また林の中に潜んでいた。道の上と下には父兄がいて、トランシーバーで連絡を取り合っている。下級生が下に着いたら、次の組が出発するんだ。なので僕はまたしばらく待機する事になる。夏の夜のじっとりとした不快な空気の中、ワクワクしながら、次の犠牲者を待っていたんだ。
・・・今度はもっと大きな声を出して脅かしてやろう ・・・
僕は早く次の組が来ないかなと心待ちにしていると、ふと林の奥でカリカリという音が聞こえた。気のせいかと思ったけれど、確かに聞こえる。
・・・なんだろう? ・・・
僕は辺りを見回してみたけど、暗い闇の中で何も見えない。そのうちに音が大きくなってきたように感じる。
カリカリ…… カリカリ…… カリカリ……
僕の近くには他のお化け役の人はいない筈だった。僕は全身から汗が噴き出してきていた。
・・・なにか、いる…… ・・・
そう思うともう駄目だった。一度、恐怖に囚われてしまうと、余計なものまで見えてしまう。僕の周りだけがまるで異次元の世界になったように感じられる。坂道の外灯の灯りが林の中をぼんやりと照らし、その灯りの中で、何か得体の知れないものが蠢いている感じがするんだ。僕は金縛りにあったように動けなくなっていた。早く次の組が来てくれと願っていた。そうすれば、現実の世界に戻れる。
僕は、必死に気のせいだと思い込もうとしたけど駄目だった。だってもう音は僕のすぐそばまで来ているんだもの。
カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ
僕の右横だった。僕が右を向けばそれが何か確認できる。でも、硬直して首も動かない……。
カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ……
・・・ひぃぃぃーーーーっ!! ・・・
僕のすぐ横に何かがいる。確かに感じられた。そして、それが大きな口を開いて僕を呑み込もうとしている。何も見えていないのに僕にはそう感じられたんだ。
・・・助けて…… ・・・
僕の頭が、その得体の知れないものにパクッと呑み込まれていた……。
* * *
僕の記憶はそこで途切れているんだ。気がついたら坂道の下の集会所で横になっていた。お医者さんによると、今でいう熱射病のようなものだと言っていたように思う。目が覚めた僕は、冷えたスイカをしゃかしゃか食べてすっかり元気になっていた。でも、度胸試しはその後中止になったように思う。
僕の小学生の夏の思い出だ。その後、大学に入学した僕は、ふとその夏を思い出し、調べてみたんだ。すると、あの林の中には昔、防空壕があったらしい。そして、戦時中その防空壕に避難した人たちが出られなくなって餓死してしまったという悲しい出来事が資料に記載されていた。きっと防空壕の入り口の木の板をカリカリと爪で必死に引っ掻いていたんだろうと想像できた。僕の耳には今でもあの音が鮮明に残っている。もし僕があの時防空壕を発見して、扉を開けていたら、どうなっていたのだろう……。
カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ………………
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