春 ――桜吹雪とともに、なにかが起こった。
ゴウ、と桜吹雪。桜の花弁が、顔にはりつく。桜のカーペットは、どこまでも続いているように見える。
見え……る……⁉
桜の花弁のすきまから顔をのぞかす、アスファルトが眼前に迫ってくる。桜のカーペットは、近くで見れば紙切れ同然だった。
――額の痛みにうめきながら、起き上がる。辺りは真暗、ただいくつかの星が輝くのみ。手の平から花弁がはがれ落ちる触感がした。
「やあ、目覚めたか」
どこからか、声が聞こえた。低いような、高いような。小さいような、大きいような。耳元から聞こえるようにも、どこか遠くから発せられているにも感じられる、声だった。
「閑かだ、そう感じないか?」
どこか遠くで、川が流れる音がきこえた。自分の呼吸音が、こんなにも閑かにきこえるのは、いつ以来だろうか。
急に、寒さを覚えた。春の夜は、冷える。
「あなたは、だれですか?」
答えは、なかった。家へ帰ろう、そう思って足をふみだす。二、三歩進んで、桜の幹にぶつかった。ライトが必要だ、そう思ってポケットをさぐり、スマホを探す。手の平にふれるものはなく。
「落したかな?」
しゃがみこみ、辺りを手でさぐる。なにか、固い、暖かいものに触れた。スマホにしては随分と分厚くて、丸っこくて……そして、鱗のような感触がした。
ぞっ、とした。なにか得体のしれないものが、そこにはいた。
一目散に逃げた。なぜだか無事に、街灯のあるところまで走り切れた。
「はあ、はあ、はあ」
は
あ
、
は
あ
、
ふ
ぅ
ぁ
、
ふ
ぅ
ぁ
あ
、
う
ぁ
ぁ
、
く
ぁ
ぁ
、
ぶ
ぅ
ぁ
、
つ
ぅ
ぁ
、
と
ぅ
わ
ぁ
、
し
ゃ
あ
、
あ。
自分の手を見ると、鱗のようなものがぎっしりとあった。




