表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男なのにOL扱いされるエンジニアの日常  作者: 江戸川竜也


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/34

第33話 デスボイス

 木曜日。


 定時。


 フロアが片付いてきた頃。


「神代さん」


 三好が来た。


「今日、暇ですか」


「暇ではないが」


「カラオケどうですか」


「仕事の後にカラオケに行く理由がない」


「ストレス発散ですよ!」


「ストレスは別の方法で発散する」


 その時だった。


「先輩!」


 美咲が立ち上がった。


「カラオケ行きましょう!」


「行かない」


「三好さんが誘ってますよ」


「だから行かない」


「高城さんも来るらしいですよ」


 俺は少し止まった。


「沙羅さんが?」


「はい!」


 三好がにやにやしている。


「高城さんに誘ってもらいましょうか」


「それは」


「神代さん」


 沙羅が来た。


「今日カラオケ行かない?」


「…………行きます」


 美咲が飛び上がった。


「やったー!」


「高城さんに言われたら行くんですね」


「別の話だ」


---


 駅前のカラオケ。


 四人部屋。


 沙羅、美咲、三好、俺。


 ドリンクが来た。


 三好が先にマイクを持った。


「じゃあ始めましょう!」


 三好は営業らしく場を盛り上げる曲を入れた。


 声量は普通だが、ノリがいい。


「うまいですね」


 美咲が言う。


「営業は宴会上手じゃないとね!」


 次に沙羅が歌った。


 上手かった。


 音程も安定していて、自然と聴いてしまう。


「高城さんって歌うまいんですね」


「趣味でたまに歌うよ」


 美咲が歌った。


 元気よく、声が大きい。


 音程は少しふらつくが、楽しそうだった。


「結城さんも上手い!」


「全然です! でも楽しい!」


 そして。


「先輩! 次!」


 美咲が俺にマイクを差し出した。


「俺はいい」


「ダメです!」


「カラオケは聴くだけでも楽しい」


「歌ってください!」


 三好が乗っかった。


「神代さん! 歌ってくださいよ!」


「いいです」


「高城さんからも言ってもらえますか」


「神代さん、歌ってみて」


「……少しだけ」


 マイクを受け取った。


 入れる曲を選んだ。


 JPOPにした。


 ふだんカラオケで歌う時は、これだ。


 デスボイスは出さない。


 メタルも歌わない。


 それだけは決めていた。


---


 曲が始まった。


 歌い始める。


 クリーンボイスだ。


 会社では使わない声域。


 手術後に広がった音域の、上の方。


 透明感のある声が出る。


 三好が固まった。


 沙羅が少し目を丸くした。


 美咲が止まった。


 サビに入る。


 高音が伸びる。


 曲が終わった。


 静かになった。


 三好が言った。


「……え」


「何」


「うまっ……」


「普通だ」


「普通じゃないですよ!」


 沙羅が言った。


「神代さん、歌うまいね」


「ライブで鍛えてる」


「プロみたい」


「プロじゃない」


 美咲がじっと俺を見ていた。


「先輩」


「何だ」


「すごいですね」


「普通だ」


「普通じゃないです」


「バンドをやってるから声が鍛えられてる。それだけだ」


---


 その後、何曲か歌が回った。


 三好がデュエット曲を入れて騒いだ。


 沙羅が知らない年代の曲を入れて美咲が困った。


 楽しい時間だった。


 それから。


「先輩! もう一曲歌ってください!」


 美咲がまたマイクを差し出した。


「さっき歌った」


「もう一曲!」


「別にいい」


「お願いします!」


「……」


 また俺は曲を選んだ。


 JPOPにした。


 別のアーティスト。


 少し低めのメロディから始まる曲だ。


 歌い始める。


 今度は少し音域を下げた。


 クリーンボイスだが、低めのパート。


 美咲がきらきらした目で聴いている。


 曲が終わった。


「やっぱりうまい!」


「普通だ」


「先輩、もう一曲!」


「さすがに次は他の人が歌う番だ」


「じゃあ次々!」


「しつこい」


「お願いします!」


 三好が横から言う。


「神代さん、もう一曲入れてよ。今日は楽しくいきましょうよ」


「……一曲だけ」


「やった!」


 美咲が機械に向かっていった。


 俺は飲み物を飲んだ。


 しばらくして、美咲が戻ってきた。


 少し、いたずらっぽい顔をしていた。


「先輩」


「なんだ」


「曲、入れておきましたよ」


「どんな曲だ」


「メタルです」


 俺は止まった。


「……何を入れた」


「先輩が好きそうな系統で検索しました」


「やめろ」


「でも先輩、メタルのボーカルですよね」


「カラオケでは歌わない」


「なんでですか」


「場合が違う」


「でも」


 美咲はにこっとした。


「せっかくだから聴きたいです」


 三好がすでに興味津々の顔をしている。


 沙羅も少し楽しそうに見ている。


「神代さん、歌ってみてよ」


「沙羅さんまで」


「面白そうだから」


 曲が始まった。


 重いギターリフ。


 典型的なメタルコアのイントロだ。


 全員が少し顔を見合わせた。


 俺はマイクを持った。


 ため息をついた。


 仕方ない。


 入れてしまった以上、歌わないと曲だけ流れる。


 息を吸った。


 腹から声を出す。


 普段の声域じゃない。


 最初のパートはクリーンで入る。


 少し高めのメロディ。


 そしてサビに入る前。


 一呼吸。


 そして。


 グロウル。


 低く、重く、腹の底から出る声。


 完全なデスボイスだ。


 三好が固まった。


「……!?」


 沙羅が目を丸くした。


「……え?」


 美咲は。


 黙っていた。


 曲が続く。


 クリーンに戻る。


 デスボイスに戻る。


 クリーンとデスボイスを行き来しながら、曲が終わった。


 静かになった。


 三好が言った。


「……神代さん、今のは」


「メタルボーカルだ」


「さっきと全然違う……」


「ジャンルが違う」


「声が……さっきの声と同じ人ですか」


「同じ人だ」


「どうなってるんですか」


「技術だ」


 沙羅が少し笑った。


「神代さんって、本当に色々持ってるね」


「趣味だ」


「趣味でそこまで……」


 三好はまだ固まっていた。


「俺、なんか怖かったです……いい意味で……」


「怖くない」


「でもすごかった……」


 その時だった。


「……かっこいい」


 小さな声だった。


 美咲だった。


 ぽつりと、呟くように言っていた。


 三好と沙羅が驚いた顔をしている中で。


 美咲だけが。


 静かに、そう言っていた。


 俺は美咲を見た。


 美咲は少し、我に返ったような顔をした。


「あ、えっと」


「何だ」


「……かっこよかったです」


「怖くなかったのか」


「全然」


 美咲はまっすぐ俺を見た。


「先輩だから、かっこよかったです」


 俺は何も言えなかった。


 NIAがイヤホンから静かに言った。


「マスター」


「なんだ」


「心拍数が」


「言うな」


「過去最高値と同値です」


「……消せ」


「保存しました」


---


 帰り道。


 四人で駅に向かった。


 三好がまだ興奮していた。


「神代さん、あのデスボイスって練習したんですか」


「バンドをやるうちに身についた」


「ライブで毎回あれをやるんですか」


「もっと長い曲でやる」


「……想像するだけで怖い」


「怖くない」


「でもすごい」


 沙羅が笑いながら言った。


「神代さんって、知るたびにギャップがあるね」


「そうですか」


「インフラエンジニアで、メイクが詳しくて、バンドのボーカルで」


「全部本人だろ」


「そうなんだけど」


 美咲がぽつりと言った。


「先輩って、全部ちゃんと本物なんですよね」


 俺は少し止まった。


「どういう意味だ」


「中途半端じゃないというか」


 美咲は少し考えながら言った。


「インフラも本気で、バンドも本気で、全部ちゃんとやってる」


「趣味と仕事だ」


「でも全部先輩じゃないですか」


 また、その言葉だった。


 どっちも先輩です。


 全部先輩です。


 こいつはずっとそう言っている。


「……そうだな」


「ですよ」


 美咲は少し笑った。


 駅で別れた。


 沙羅と三好は別の路線だった。


 俺と美咲は同じ方向だった。


 改札を通って、ホームに降りた。


 電車を待ちながら、美咲が言った。


「先輩」


「ん」


「さっきのデスボイス」


「うん」


「ライブでも出るんですよね」


「当然だ」


「チケット、取っておいてくれますか」


 俺は少し考えた。


「……考えてる」


「まだですか」


「まだだ」


「先輩」


「何だ」


「引かないですよ」


「知ってる」


「じゃあ」


「……考えてる」


 美咲はため息をついた。


「先輩って、考えるのが長いですよね」


「慎重なんだ」


「でも」


 美咲は少し笑った。


「答えは出てるんじゃないですか」


 俺は何も言わなかった。


 電車が来た。


 ドアが開いた。


 乗り込んだ。


 「答えは出てるんじゃないですか」


 ……出てるかもしれない。


 ただ。


 言葉にするのには、もう少し時間がいる。


 たぶん。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ