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男なのにOL扱いされるエンジニアの日常  作者: 江戸川竜也


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第3話 新人、女子更衣室へ案内する

 インフラ運用課の朝は、基本的に静かだ。


 サーバが落ちていなければ、だが。


 監視モニターには緑色の表示が並び、CPUやメモリのグラフが穏やかに動いている。アラートが鳴らない限り、俺たちの仕事は平和だ。


 つまり、今日も平和なはずだった。


「神代先輩」


 隣から声がした。


 結城美咲。


 昨日配属された新人エンジニアだ。


「ん?」


「ちょっといいですか?」


「どうした」


 結城は少し困った顔をしていた。


「更衣室ってどこですか?」


「ああ」


 この会社には更衣室がある。女性社員用と男性社員用の二つだ。


 ただ、インフラ運用課の連中はほとんど使わない。スーツのまま仕事をすることが多いからだ。


「廊下出て左、突き当たり」


「ありがとうございます!」


 結城は元気よく立ち上がった。


 そして、当然のように俺の腕を引いた。


「神代先輩も一緒に行きましょう!」


 腕を、引いた。


 普通に、引いた。


「……なんで?」


「場所わからないので!」


「今説明した」


「でも迷ったら困るじゃないですか!」


 理屈がおかしい。


 腕を引いたまま離さないのもおかしい。


「マスター。新人は方向感覚に自信がない可能性があります」


「NIA、黙ってろ」


「独り言ですか?」


「AIだ」


 結城は笑った。


「先輩、ほんとAI好きですね」


「好きじゃない」


「でも仲良さそうです」


「仲良くない」


 だが結局、俺は立ち上がった。


 腕を引かれたまま立ち上がったというのが正確だが、そこは置いておく。


 新人教育の一環だ。たぶん。


 廊下を歩く。


 結城はすでに腕を離していたが、やたら隣を歩く距離が近い。肩が当たりそうだ。


 数十秒後、目的地に着いた。


 更衣室。


 ドアには大きく書かれている。


女性更衣室


 ……。


 俺はドアを見た。


 もう一度見た。


 そして、隣の結城を見た。


「結城」


「はい?」


「ここ女性更衣室」


「そうですね!」


「俺男」


「はい!」


 会話が成立していない。


「いや」


 俺は深呼吸した。


「俺、入れない」


 結城は首をかしげた。


「どうしてですか?」


「男だから」


「でも」


 結城は少し考えた。


 そして、真顔で言った。


「先輩、女の人にしか見えないですよ?」


「それは昨日聞いた」


「じゃあ問題ないです」


「問題しかない」


 NIAが静かに言った。


「マスター。現在の状況は社会的トラブルを引き起こす可能性があります」


「お前だけ冷静だな」


 その時だった。


 更衣室のドアが開いた。


 中から出てきたのは――


 高城沙羅だった。


「あれ?」


 沙羅さんは俺たちを見て首をかしげる。


「どうしたの?」


 結城が答えた。


「神代先輩に更衣室案内してもらってました!」


「なるほど」


 沙羅さんは普通に頷いた。


「神代さんなら問題ないね」


「問題ある」


「え?」


「俺男」


 沙羅さんは少し考えた。


「……そうだったね」


「忘れてたのか」


「たまに」


「たまにじゃ困る」


 結城は驚いていた。


「えっ、高城先輩も女性だと思ってたんですか!?」


「うん」


「ですよね!」


「ですよね、じゃない」


 沙羅さんは笑った。


「でも神代さん、女の子にしか見えないし」


「言うな」


 結城が俺を見た。


 じーっと。


「……先輩」


「なんだ」


「ちょっとだけ」


「何」


「更衣室入ってみます?」


「やめろ」


「冗談です!」


「今の目、本気だったぞ」


 その時、NIAが静かに言った。


「マスター。現在、廊下に三名の社員が接近しています」


「え?」


 振り向くと、営業部の男性社員が三人歩いてきていた。


 こちらを見る。


 そして、女性更衣室の前に立つ俺を見る。


 数秒沈黙。


 そのうちの一人が言った。


「……あの」


「はい」


「大丈夫ですか?」


「何が」


「迷ってるなら男性更衣室そっちですよ」


 結城が爆笑した。


 沙羅さんも笑っている。


 俺は天井を見上げた。


 やっぱりこの会社、俺の扱いがおかしい。


 NIAが淡々と言う。


「本日の女性認識イベント、三件目です」


「ログ取るな」


「保存しました」


 フロアへの帰り道。


 笑いをこらえながら歩く結城の隣で、俺はため息をついた。


「笑いすぎだろ」


「だって」


「だってじゃない」


「でも先輩、全然怒らないじゃないですか」


 俺は少し考えた。


「怒っても意味ないからな」


「それって」


 結城は少し不思議そうな顔をした。


「慣れてるんですか?」


「まあ」


「……大変でしたね」


 からかうような顔じゃなかった。


 素直に、そう言った。


 俺はうまく返せなかった。


「別に」


「でも毎日ですよね」


「仕事だ」


「仕事と関係ないですよ、それ」


 結城はそれ以上は何も言わなかった。


 ただ、フロアに戻ってからも、しばらく俺の隣に座ったままだった。


 特に何かするわけでもなく。


 監視画面を、一緒に眺めていた。


「マスター」


 NIAが静かに言った。


「なんだ」


「新規ログを記録します」


「やめろ」


「タイトル」


「出すな」


「結城美咲。初めて、先輩を気遣いました」


 俺は何も言わなかった。


 ……新人配属三日目。


 俺の平穏は、もう完全に終わったらしい。

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