第27話 IT部門評価
月曜日。
朝礼。
インフラ運用課のフロアで、沙羅が週次の報告をしていた。
「先週の大規模障害について、経営層から正式なフィードバックをもらいました」
数人が聞いている。
「復旧時間83分は、会社の障害対応履歴の中で最短記録です。対応の速さと正確さを評価していただきました」
沙羅はこちらを見た。
「特に神代さんの対応が評価されています。皆さんも神代さんのやり方を参考にしてください」
俺はコーヒーを飲んだ。
「普通の対応です」
「普通じゃないです」
沙羅は笑った。
美咲が隣で、少し誇らしそうな顔をしていた。
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午前中。
三好が来た。
「神代さん!」
「はい」
「先週の件、うちの部署でも話題になってますよ」
「そうですか」
「顧客からのクレームがゼロだったんですよ、今回」
「美咲がチャット対応してくれたからです」
「え、結城さんが?」
「問い合わせ対応を全部さばいてくれました」
三好は美咲を見た。
「すごいじゃないですか!」
美咲が少し照れた顔をした。
「先輩にフォーマット教えてもらったんで」
「でもさばくのは本人だよ。神代さんも人材育成がうまいですね」
「俺は何もしてない」
「謙虚ですね」
三好は笑いながら言った。
「神代さん、本当に」
「何ですか」
「うちの会社の宝ですよ」
俺は少し止まった。
「大げさです」
「大げさじゃないです。インフラが強い会社は障害で差が出るんですよ。競合他社だったら倍以上かかってましたよ、あの規模の障害」
「たまたまログが読みやすかっただけです」
「そういうこと言うとこが神代さんですよね」
三好は笑って去っていった。
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昼前。
三崎が来た。
「神代さん」
「はい」
「先週の報告書、拝見しました」
「どうでしたか」
「非常に詳細で分かりやすかったです」
「ありがとうございます」
「原因分析から再発防止策まで、ロジックが明確で」
「当たり前のことを書いただけです」
三崎は少し真剣な顔で言った。
「神代さん」
「はい」
「三好さんが言っていましたが、同意します」
「何をですか」
「会社の宝、という言葉です」
俺は少し困った。
「そういう言い方はやめてください」
「事実です」
「大げさです」
「神代さんが言う大げさは、大げさじゃないことが多いですよ」
三崎は静かに続けた。
「インフラが安定しているから、我々も安心して仕事ができる。それを作っているのが神代さんです」
「チームの仕事です」
「でも中心は神代さんです」
俺はうまく返せなかった。
三崎は頷いて戻っていった。
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昼休み。
美咲がおにぎりを食べながら、俺を見ていた。
「先輩」
「ん」
「さっきの三崎さんの話、聞いてました」
「そうか」
「会社の宝、って言われてましたよ」
「大げさだ」
「でも」
美咲は少し笑った。
「私もそう思います」
「お前まで言うな」
「でも本当のことですよ」
「普通の仕事をしてるだけだ」
「先輩の普通は普通じゃないんですよ」
「三崎さんと同じことを言うな」
「同じことを思ってるんで」
美咲はおにぎりを置いて、少し真剣な顔になった。
「先輩って、自分のことを評価しないですよね」
「適切に評価してる」
「低く見てると思います」
「そんなことはない」
「じゃあ聞きますけど」
美咲は俺を見た。
「先輩って、自分の仕事に自信ありますか」
俺は少し考えた。
「……まあ」
「まあ、って弱いですよ」
「自信過剰は危険だ」
「でも自信がないのも問題じゃないですか」
「適度にあればいい」
「先輩の適度は低すぎると思います」
俺はコーヒーを飲んだ。
「お前が評価することじゃない」
「でも」
美咲は少し間を置いた。
「私は先輩のこと、すごいと思ってます」
「知ってる」
「知ってるじゃなくて、ちゃんと受け取ってほしいです」
「……受け取った」
「本当に?」
「本当だ」
美咲はしばらく俺を見ていた。
それから、少し安心したような顔をした。
「よかったです」
NIAが静かに言った。
「マスター」
「なんだ」
「本日の他者評価ログを記録しました」
「するな」
「三好、三崎、結城美咲、高城沙羅からの評価」
「読むな」
「全員、一致しています」
「何が」
「会社に不可欠な存在、という評価です」
俺は何も言わなかった。
「それと」
「何だ」
「結城美咲からの評価を別枠で記録しました」
「するな」
「内容が他と異なります」
「どう違う」
「他の方は仕事の評価ですが」
一拍。
「結城美咲の評価には、仕事以外の要素が含まれています」
「……消せ」
「保存しました」
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午後。
作業を続けていた。
美咲が隣でテキストを読んでいた。
静かな午後だった。
しばらくして、美咲がぽつりと言った。
「先輩」
「ん」
「私も早く、先輩みたいに評価されるエンジニアになりたいです」
「なれる」
「本当に?」
「本当だ」
「根拠は?」
「お前は学ぶのが速い。気づくのも速くなってきた。あとは経験だ」
「経験ってどのくらいかかりますか」
「三年あれば一通りできる。五年で自分のやり方ができる」
「先輩みたいに六年やったら?」
「俺みたいにはならなくていいと言っただろ」
「でも参考にしたいです」
「勝手にしろ」
美咲は笑った。
「勝手にします」
少し間があった。
「先輩」
「何」
「三好さんや三崎さんに評価されるのと」
「うん」
「私に評価されるのって」
「何が」
「どっちが嬉しいですか」
俺は少し止まった。
「……同じだ」
「本当に?」
「仕事の評価は等しい」
「でも」
美咲は少し笑った。
「顔が違いますよ」
「どう違う」
「三好さんや三崎さんに言われた時より」
一拍。
「私に言われた時の方が、ちょっと困った顔してます」
俺は何も言えなかった。
NIAが言った。
「マスター」
「黙れ」
「表情分析の結果を」
「黙れ」
「保存しました」
美咲はけらけら笑っていた。
「先輩って、正直ですよね」
「何が正直だ」
「顔に出てます」
「出てない」
「出てます」
「出てない」
美咲はまだ笑っている。
俺はため息をついた。
……全くもって、どうしてこうなるんだ。




