第24話 美咲覚醒
水曜日。
午後。
俺は三崎に呼ばれて情報システム部に来ていた。
新しいネットワーク機器の導入に伴う設定確認の話だった。
資料を見ながら、三崎と話す。
「この経路設定、現行の構成と競合する可能性があります」
「確認します。どのセグメントですか」
「こちらです」
三崎は画面を見せた。
俺はルーティングテーブルを頭の中で確認する。
「問題ないはずですが、念のためテスト環境で確認させてください」
「お願いします」
「いつまでに回答できますか」
「明日の午前中に」
「分かりました」
三崎は少し間を置いてから言った。
「神代さん」
「はい」
「最近、結城さんが成長してきましたね」
「そうですか」
「見ていると分かります。神代さんの教え方が上手いんじゃないですか」
「本人が勉強しているだけです」
「謙虚ですね」
「事実です」
三崎は少し笑った。
その時。
スマホが震えた。
NIAからだった。
「マスター」
「なんだ」
「インフラ運用課の監視画面を確認しました」
「何があった」
「軽微なアラートが一件発生しています」
「内容は」
「Webサーバのレスポンスタイム、警告閾値超過です」
「結城は」
「フロアにいます」
「分かった」
三崎に言った。
「少し確認してきます。続きはまた後で」
「はい、どうぞ」
---
インフラ運用課に戻ろうとした。
廊下を歩きながら、NIAに言った。
「アラートの状況は」
「現在、結城美咲が対応中です」
「対応中?」
「コマンドを打っています」
俺は少し足を止めた。
「連絡は来てないな」
「来ていません」
「自分でやろうとしてるのか」
「そのようです」
俺は少し考えた。
急いで戻るべきか。
ただ。
「どの程度のアラートだ」
「レスポンスタイム、350msです。通常の2倍程度」
「深刻ではないな」
「はい。サービス停止には至っていません」
「……見ていてくれ」
「了解です」
俺はゆっくりと廊下を歩いた。
すぐ戻るのは簡単だ。
ただ、美咲がどこまでやれるか。
昨日、一人でアラートに気づいた顔を思い出した。
自信なさげに、でも真剣に。
少し、待ってみることにした。
---
五分後。
「マスター」
「どうだ」
「結城美咲、原因を特定したようです」
「何だった」
「DBコネクションの不足です」
「なるほど」
「コネクションプールの上限を確認しています」
「合ってる判断だな」
「はい。ただ、コマンドの実行を少し迷っています」
「手が止まってるのか」
「はい。ノートを確認しています」
俺はまた少し待った。
NIAから続報が来る。
「マスター」
「どうした」
「結城美咲、コネクション数を確認するコマンドを実行しました」
「出力は」
「上限に近い値が出ています。正しい確認ができています」
「次はどうする」
「アプリケーション側の設定ファイルを確認しようとしています」
「それは触らない方がいいな」
「その通りです。設定変更は開発の権限です」
「連絡はするか」
少し間があった。
「……開発部にチャットを送りました」
「内容は」
「レスポンスタイム悪化、コネクション数の上限値確認をお願いしたい、という内容です」
俺は少し止まった。
「なるほど」
「マスター」
「なんだ」
「結城美咲、正しい判断をしています」
「そうだな」
俺はフロアに戻った。
---
フロアのドアを開けると、美咲がモニターを見ながらメモを書いていた。
こちらに気づいて顔を上げた。
「あ、先輩!」
「戻った」
「えっ、さっき……」
美咲は少し焦った顔をした。
「アラート、気づいてますか」
「見てた」
「え?」
「NIAから報告が来てた」
美咲はしばらく俺を見た。
「……全部見てたんですか」
「見てた」
「ずっと?」
「廊下から」
美咲の顔がじわっと赤くなった。
「言ってくれたらよかったのに……」
「お前がどこまでやるか見たかった」
「意地悪です」
「教育だ」
「さっきも言いました、それ」
「事実だからだ」
俺は監視画面を確認した。
レスポンスタイムが少し改善されている。
開発からの返信が来ていた。
『確認します。一時的にコネクション上限を引き上げます』
「開発が動いたな」
「はい、さっきチャット送ったので」
ログを確認する。
美咲が実行したコマンドの記録が残っていた。
```
ss -s
netstat -an | grep ESTABLISHED | wc -l
show status like 'Threads_connected';
```
「これ、美咲がやったのか」
「はい……合ってましたか」
「合ってる」
「よかった……」
「開発に連絡したのも正しい判断だ」
「でも設定を変えるのは開発の仕事だって先輩が言ってたので」
「ちゃんと覚えてるんだな」
「ノートに書いてあったので」
俺はログを見終えた。
美咲はまだ少し緊張した顔をしていた。
「先輩」
「ん」
「怒ってないですか」
「怒ってない」
「本当に?」
「なんで怒る」
「勝手にやったから」
「勝手に、か」
俺は少し考えた。
「勝手にやったのは事実だ」
「すみません」
「ただ」
一拍。
「判断は合ってた」
美咲は少し俺を見た。
「……それって」
「何だ」
「褒めてますよね」
「事実を言った」
「褒めてます」
「判断が合ってたと言っただけだ」
「それが褒めてるんです」
俺は何も言わなかった。
席に戻って、コーヒーを二つ取ってきた。
美咲の机に一つ置いた。
それだけだった。
何も言わなかった。
美咲はしばらくコーヒーを見ていた。
それから、小さく笑った。
「ありがとうございます」
「別に」
「先輩に教わったので、できました」
「お前がやったんだろ」
「先輩が教えてくれたからです」
「それはお前の話だ」
美咲はコーヒーを持ちながら言った。
「先輩って、褒めるのが下手ですよね」
「褒めてない」
「でも褒めてます」
「してない」
「コーヒー置いてくれましたよね」
「喉が渇いてるかと思っただけだ」
「嬉しいです」
「関係ない」
NIAが静かに言った。
「マスター」
「なんだ」
「新規ログを記録します」
「やめろ」
「タイトル」
「出すな」
「結城美咲、一人で対応しました」
「……まあ」
「それと」
「何だ」
「コーヒーを置きました」
「それだけか」
一拍。
「何も言いませんでした」
「……消せ」
「保存しました」
「本日の結城美咲の対応を評価します」
「するな」
「正答率、88%です」
美咲が目を輝かせた。
「先輩! 88%って!」
「NIAが言った」
「先輩が教えたからですよね」
「お前が覚えたからだ」
「先輩が分かりやすいからです」
「堂々巡りだな」
「でも」
美咲は少し真剣な顔で言った。
「先輩に教えてもらってよかったです」
俺はコーヒーを飲んだ。
「……俺も」
「え?」
「悪くなかった」
言ってから、余計だったかと思った。
美咲はしばらく俺を見ていた。
それから、またさらっと笑った。
「よかったです」
それだけ言って、モニターに向き直った。
俺も画面に向き直った。
フロアは静かだった。
監視画面は緑のままだった。
……悪くなかった。
本当に、悪くなかった。




