第23話 新人教育
朝。
インフラ運用課。
コーヒーを飲みながら監視画面を見ていた。
その時。
「先輩」
美咲が来た。
「おはようございます」
「おはよう」
「先輩、今日少し時間ありますか」
「何が」
「教えてほしいことがあって」
美咲はノートを持っていた。
昨日のまとめを書いていたやつだ。
「どれだ」
「ここなんですけど」
美咲はノートを開いた。
『メモリリーク→プロセス監視、再起動で応急処置』
「はい」
「応急処置、って書いたんですけど」
「うん」
「根本対応はどうするんですか」
俺は少し考えた。
「開発がコードを直す」
「でも、直すまでの間はどうするんですか」
「定期再起動を仕掛けるか、監視の閾値を下げて早めに検知する」
「なるほど」
美咲はメモした。
「それって、先輩が設定するんですか」
「場合による。開発と相談する」
「インフラと開発って、よく連携するんですね」
「境界線がある仕事だから、どっちがやるか決めておかないと漏れる」
「漏れる?」
「誰もやらない状態になる」
「怖いですね」
「インフラあるある」
美咲はさらにメモした。
---
これをきっかけに、俺は美咲に本格的に教えることにした。
といっても、特別な時間を作るわけじゃない。
日常の監視業務の中で、気づいたことを説明する。
それだけだ。
「美咲」
「はい」
「今の監視画面を見ろ」
美咲が椅子を寄せた。
近い。
いつも通り近い。
……教育だから、仕方ない。
「これ」
俺は画面を指した。
「CPUの折れ線グラフ」
「はい」
「何か気づくことはあるか」
美咲はしばらく見た。
「えっと……」
ゆっくりと画面を見ている。
「毎日、同じ時間に上がってますよね」
「どこが」
「ここ。十時と、十四時と、十八時」
俺は少し止まった。
「よく気づいた」
「何ですか、これ」
「バッチ処理の実行時間と一致してる」
「バッチって、定期実行のやつですよね」
「そう。ちゃんと覚えてる」
「先輩に教わりましたから」
美咲は少し誇らしげな顔をした。
「これって問題ないんですか」
「グラフの値を見ろ。何%まで上がってる」
「えっと……最大で65%」
「閾値は何%だ」
美咲は画面を確認した。
「80%、ですか」
「なら問題ない」
「閾値より低いから」
「そう」
「でも、近づいてきたら気にした方がいいですか」
「正解」
美咲がにこっとした。
「正解ってことは褒められましたよね」
「正解と言っただけだ」
「褒めてます」
「正解の確認だ」
「同じことです」
---
午後。
俺がメールを確認していた時だった。
ピッ。
アラートが鳴った。
俺が画面を見ようとした。
その時。
「先輩」
美咲が声を上げた。
「ストレージの使用率が上がってます」
俺は手を止めた。
美咲を見た。
美咲は監視画面を見ながら、自分のノートも見ながら、続けた。
「えっと……/dataのパーティションが……78%……」
俺は画面を確認した。
合ってる。
「閾値は?」
「80%です」
「近いな」
「どうするんですか」
「まず何が増えてるか確認する」
「どうやって確認しますか」
「コマンドを打つ。見てろ」
```
du -sh /data/* | sort -rh | head -20
```
出力が出る。
「これを見ると、容量を食ってるディレクトリが多い順に出る」
「ここが一番多いですね」
「そう。/data/logsだ。ログが溜まってる」
「昨日みたいな話ですか」
「似てる。古いログを確認して、必要ないものを圧縮か削除する」
俺は作業を進めた。
美咲はそれを横で見ていた。
黙って、ちゃんと見ていた。
さっきより近い気がした。
……仕事に集中しろ。
「復旧した」
「使用率が下がった!」
「71%になった。閾値まで余裕が出た」
「先輩」
「ん」
「さっき、私が気づいた時」
「うん」
「少し間があったじゃないですか」
「そうか」
「あれって、私が気づくか見てたんですか」
俺は少し考えた。
「……まあ、そうだ」
美咲はしばらく俺を見た。
「意地悪ですね」
「教育だ」
「でも」
美咲は少し笑った。
「嬉しかったです」
「何が」
「自分で気づけたことが」
俺はうまく返せなかった。
---
夕方。
美咲がノートを広げていた。
「先輩」
「ん」
「今日の教育、まとめていいですか」
「何を聞きたい」
「一つ聞いていいですか」
「どうぞ」
美咲は少し真剣な顔をした。
「先輩って、なんでそんなに覚えてるんですか」
「何を」
「全部。コマンドとか、閾値とか、ログの見方とか」
「六年やってるからだ」
「六年で全部覚えるんですか」
「覚えるというか、身体が動く感じだな」
「身体が動く?」
「考える前に手が動く。それがプロだ」
美咲はメモした。
「私もそうなれますか」
「なれる」
「本当ですか」
「時間がかかるだけだ」
「先輩みたいになれますか」
俺は少し止まった。
「俺みたいにはなれなくていい」
「なんでですか」
「お前はお前のやり方になる。それでいい」
美咲はしばらく黙っていた。
それから、ゆっくり頷いた。
「……分かりました」
「何か分かったのか」
「なんとなく」
「なんとなくじゃ困る」
「先輩って」
美咲は少し笑った。
「教えるの、好きですよね」
「好きじゃない」
「でも丁寧に説明してくれます」
「仕事だ」
「仕事でも丁寧にしてるじゃないですか」
「……それが仕事だ」
美咲はまた笑った。
「先輩が言う『仕事だ』って、全部肯定なんですよね」
「どういう意味だ」
「面倒なことも、教えることも、丁寧にすることも、全部『仕事だ』って言う」
「そうだな」
「でもそれって、先輩が仕事に誇りを持ってるってことじゃないですか」
俺はコーヒーを飲んだ。
それしかできなかった。
「NIAに言われたな、それ」
「私も思いました」
「かぶってるな」
「先輩がそういう人だから、二回言われるんじゃないですか」
NIAが静かに言った。
「マスター」
「なんだ」
「本日の教育ログを記録しました」
「するな」
「結城美咲の理解度」
「出すな」
「本日開始時点比較、1.4倍向上しています」
美咲が目を輝かせた。
「先輩! 1.4倍って言いました!」
「NIAが言った」
「先輩が教えたからじゃないですか」
「お前が覚えたからだ」
「先輩が分かりやすいからです」
「そういうことにしておけ」
美咲は笑った。
「褒めてますよね、それ」
「してない」
「してます」
「してない」
「NIAに確認しますか」
「するな」
NIAが言った。
「マスター」
「黙れ」
「口角が上がっています」
「……黙れ」
「保存しました」
美咲がけらけら笑っている。
俺はため息をついた。
ただ。
今日美咲が一人でアラートに気づいた瞬間の顔が、少し頭に残っていた。
自信なさげに、でも真剣に画面を見て。
「先輩、ストレージの使用率が上がってます」と言った声。
悪くなかった。
……本当に、悪くなかった。




