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男なのにOL扱いされるエンジニアの日常  作者: 江戸川竜也


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第21話 深夜障害

 夜の二十二時。


 インフラ運用課のフロアには、俺と美咲の二人しかいなかった。


 今週は俺の夜間当番だった。


 美咲が残っているのは、来月に予定している資格試験の勉強のためらしい。


「先輩」


「ん」


「これ、合ってますか」


 美咲がテキストを持ってくる。


 画面を覗く。


「合ってる」


「よかった」


 美咲は席に戻った。


 フロアは静かだった。


 空調の音だけが聞こえる。


 コーヒーを飲む。


 監視画面。


 緑。緑。緑。


 平和だった。


 その時だった。


ピーピーピーピー!!


 警告音。


 監視モニターが赤く染まった。


「来た」


 俺はすぐにキーボードを叩く。


「え、え!?」


 美咲が飛び上がった。


「何ですか!?」


「障害」


「どこ!?」


「DBサーバ」


 ログを開く。


 接続数が異常に跳ね上がっている。


「マスター」


 NIAだ。


「なんだ」


「データベースサーバへの接続数、上限超過を確認しました」


「見えてる」


「接続元を分析します」


「頼む」


 美咲が隣に来た。


 真剣な顔をしていた。


「私、何かできますか」


「今は見てろ」


「はい」


 接続元のログを追う。


 一つのアプリケーションから、異常な頻度でクエリが飛んでいる。


「なるほど」


「分かりましたか」


「バッチ処理のバグだ」


「バッチ?」


「定期実行の処理。無限ループになってる」


 美咲が画面を覗き込む。


 近い。


 深夜だと余計に近く感じる。


 ……仕事に集中しろ。


「どうするんですか」


「バッチを止めてコネクション解放する」


 コマンドを打つ。


```

kill -9 [PID]

```


 プロセスを落とす。


 接続数が下がり始める。


 DBサーバの応答が戻ってくる。


 監視画面。


 赤。


 赤。


 黄。


 そして。


 緑。


「復旧した」


 美咲が息を吐いた。


「よかった……」


「根本原因はバッチのコードだから、明日開発に連絡する」


「今夜はもう大丈夫ですか」


「念のため監視は続ける」


「分かりました」


 美咲は少し、俺の横顔を見ていた。


 気づいていたが、何も言わなかった。


 作業ログを書き始める。


---


 二十三時。


 ログの記録が終わった。


 美咲がそわそわしながら言った。


「先輩」


「ん」


「お腹空きませんか」


「まあ」


「自販機行きませんか」


 廊下の自販機まで歩いた。


 深夜のオフィスビルは静かだ。


 自販機の前に立つ。


 缶コーヒーを買った。


 美咲はホットのカフェオレを買った。


 廊下のベンチに並んで座った。


 しばらく黙って飲んでいた。


「先輩」


「ん」


「さっきの障害対応」


「うん」


「見てたんですけど」


「うん」


 美咲は缶を両手で持ちながら言った。


「先輩って、仕事中と普段と全然違いますよね」


 俺は少し考えた。


「そうか」


「普段は淡々としてるじゃないですか」


「普段も淡々としてる」


「でも」


 美咲は少し探すように言葉を続けた。


「障害が出た瞬間、なんか、スイッチが入る感じがして」


「仕事だからな」


「それだけじゃない気がします」


「何が違う」


「なんか、先輩が一番いきいきしてる気がするんです」


 俺はコーヒーを飲んだ。


 第五話で美咲に言われた言葉を思い出した。


 あの時は「仕事の顔が好きです」と言っていた。


 今回も同じことを、違う言葉で言っている。


「どっちが本物だと思う」


 口から出てから、少し驚いた。


 自分でも聞くつもりじゃなかった。


 美咲は少し首を傾げた。


「どっち、ですか」


「普段の俺と、仕事中の俺。どっちが本物か」


 美咲はしばらく考えた。


 缶を見たり、俺を見たり。


 それから、ゆっくり言った。


「どっちも先輩です」


 俺は何も言えなかった。


「普段の先輩も、仕事中の先輩も、どっちも本物じゃないですか」


「……そうか」


「そうですよ」


 美咲は少し笑った。


「先輩って、どっちかじゃないといけないって思ってますか」


「……そういうわけじゃない」


「じゃあいいじゃないですか」


 それで終わりだった。


 美咲はまた缶を持って、正面を向いた。


 廊下はまだ静かだった。


 俺はコーヒーを飲んだ。


 「どっちも先輩です」という言葉が、少し頭に残った。


 第四話で美咲に言われた「どっちも本物だから、どっちも強い」に続く言葉だった。


 こいつは、最初からそう思っていたらしい。


「先輩」


「ん」


「今夜、残ってよかったです」


「資格の勉強か」


「それもあるんですけど」


 美咲は少し間を置いた。


「先輩の仕事、ちゃんと見られたので」


 俺はうまく返せなかった。


 NIAがイヤホンから静かに言った。


「マスター」


「なんだ」


「新規ログを記録します」


「やめろ」


「タイトル」


「出すな」


「どっちも先輩です、と言いました」


「……消せ」


「保存しました」


「それと」


「もういい」


「深夜の二人きりを記録しました」


「するな」


「ベンチの距離、通常より近いです」


「深夜だからだ」


「関係ありません」


「関係ある」


「保存しました」


---


 フロアに戻ると、美咲は勉強を再開した。


 俺は監視画面を見続けた。


 日付が変わる頃。


「先輩」


「ん」


「そろそろ帰ります」


「タクシー使えよ」


「大丈夫です、終電間に合います」


「急げ」


「はい」


 美咲は荷物をまとめた。


 ドアの前で振り返った。


「先輩」


「何」


「お疲れ様です」


「お前もな」


「また明日」


「また明日」


 美咲が出ていった。


 フロアが静かになった。


 監視画面。


 緑。緑。緑。


 全部正常だった。


 コーヒーを飲む。


 「どっちも先輩です」という言葉が、まだ頭のどこかにあった。


 インフラエンジニアとして六年働いてきた。


 それだけのことだと思っていた。


 ただ。


 誰かにそう言われたのは、初めてだった気がした。

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