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男なのにOL扱いされるエンジニアの日常  作者: 江戸川竜也


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第20話 男バレ未遂

 月曜日。


 朝。


 インフラ運用課。


 いつも通りコーヒーを飲みながら監視画面を見ていた。


 緑。緑。緑。


 平和だった。


 その時だった。


「神代さん」


 声。


 総務の田村さんだった。


「はい」


「少しよろしいですか」


「どうぞ」


 田村さんは少し申し訳なさそうな顔をして言った。


「来月の健康診断の件なんですが」


「はい」


「男性と女性で受診日が分かれていまして」


「はい」


「神代さんは女性の日程でご案内していたんですが」


「……はい」


「念のため確認なんですけど」


 一拍。


「女性でよろしいですか」


 俺は少し止まった。


 隣で美咲がモニターを見たままぴたっと止まった。


「男です」


 田村さんが少し困った顔をした。


「えっと……」


「戸籍上も男です」


「あ、そうなんですか」


 田村さんはメモを確認し始めた。


「申し訳ありません、社員情報を確認します」


「よろしくお願いします」


「ちなみに、社員情報には……」


 田村さんはタブレットを見た。


 そして、少し首をかしげた。


「あれ、性別の欄が」


「何ですか」


「入力ミスかもしれないので確認します」


 田村さんはそう言って戻っていった。


---


 しばらくして。


 社内チャットが鳴った。


 総務からだった。


『神代さん、社員情報の性別欄を確認したところ、入力が「女性」になっておりました。修正してよろしいですか?』


 俺は返信した。


『はい、男性に修正してください』


 数秒後。


『承知しました。ただ、部署の方々が驚いていたので、一応お伝えしておきます』


「……」


 部署の方々。


 どこの部署だ。


 NIAが静かに言った。


「マスター」


「なんだ」


「社内チャットの閲覧範囲を確認しました」


「何」


「総務の一斉連絡グループに誤送信された可能性があります」


「……何人だ」


「約80名です」


「…………」


「現在、社内掲示板で話題になっています」


「絶対見ない」


「タイトルだけ」


「やめろ」


「『神代さんって男性だったの?』」


「消せ」


「保存しました」


---


 その時だった。


「先輩!」


 美咲が立ち上がった。


「何」


「今のチャット見ました!?」


「見た」


「やばいですよ」


「やばい」


「どうするんですか」


「どうもしない」


「いや、でも」


 美咲はそわそわしながら俺を見た。


「先輩が男だってバレちゃいますよ」


「元から男だ」


「でも会社では」


「別にいい」


 美咲は少し止まった。


「……本当に?」


「本当だ。どうせいつかバレる」


「そうですけど」


 美咲は少し複雑な顔をした。


 何かを言いかけて、止めた。


 その時。


「神代さん!」


 フロアのドアが開いた。


 三好だった。


「今の総務のチャット!」


「見ました」


「男性なんですか!?」


「元からそう言ってた」


「えっ」


「前から言ってた」


「いや……でも……」


 三好は俺をじっと見た。


 そして頭を抱えた。


「やばい、俺ずっと女性だと思って」


「知ってる」


「OL営業って言ってたの俺じゃないですか」


「言ってた」


「神代さんも否定してたのに」


「してた」


「信じなかった俺が悪いのか」


「そうだ」


 三好はしばらく固まっていた。


---


 昼前。


 フロアに人が増えてきた。


 みんな俺をちらちら見る。


 噂が広まっているのは分かる。


 ただ、声をかけてくる人間はそれほど多くなかった。


 そんな中。


 廊下から声が聞こえた。


「神代さんって男性なんですって」


「えっ、本当に?」


「でも見た目が」


「声も」


「会食でご一緒したことあるけど、絶対女性だと思ってた」


 美咲がすっと立ち上がった。


「ちょっと待ってください」


 廊下に向かう。


「神代先輩は男性です。前からずっとそう言ってました」


 廊下の声が止まった。


「えっ」


「結城さん、知ってたの?」


「知ってました。配属初日に聞きました」


「でも」


「でも、じゃないですよ」


 美咲はきっぱりと言った。


「先輩が男性だろうと女性だろうと、仕事ができる人には変わりないので」


 廊下が静かになった。


 美咲はフロアに戻ってきた。


 そして何事もなかったように席に座った。


---


 俺は少し美咲を見た。


「……お前」


「何ですか」


「今のは」


「普通のことです」


「普通じゃない」


「普通です」


 美咲はモニターに向き直った。


 少し、耳が赤かった。


 NIAが静かに言った。


「マスター」


「なんだ」


「結城美咲の行動を記録しました」


「するな」


「タイトル」


「出すな」


「先輩を守りました」


「……消せ」


「保存しました」


---


 午後。


 三崎が来た。


「神代さん」


「はい」


「今日の件」


「はい」


 三崎は少し真剣な顔をした。


「本当に男性なんですか」


「本当です」


「……黒川さんも同じことを言ってましたね」


「そうでしたね」


 三崎はしばらく俺を見た。


「信じられないですが」


「信じてください」


「でも」


「でも、じゃないです」


 俺は淡々と言った。


「戸籍も男、声は手術で変えた、それだけです」


 三崎はまだ困った顔をしていた。


「……そうなんですね」


「そうです」


「じゃあ今まで私が」


「はい」


「女性だと思って」


「はい」


「色々と」


「はい」


 三崎は顔を赤くした。


「申し訳ありませんでした」


「気にしないでください」


「いや、でも」


「本当に気にしないでください。俺が言わなかったのも悪いので」


 三崎は何度も頷いて戻っていった。


 美咲が小声で言う。


「先輩」


「何」


「三崎さん、結構ショック受けてますよ」


「仕方ない」


「でも」


 美咲は少し笑った。


「先輩が男だって分かっても、三崎さんまた来ますよ絶対」


「なんでだ」


「そういうもんです」


 理屈がよく分からなかった。


---


 夕方。


 大方の騒ぎが落ち着いた頃。


 沙羅が俺の席に来た。


「神代さん」


「はい」


「今日大変だったね」


「まあ」


「大丈夫?」


「問題ないです」


 沙羅は少し考えてから言った。


「私も今日まで信じてなかったけど」


「そうでしたね」


「ごめんね」


「いいえ」


「でも」


 沙羅は少し笑った。


「神代さんが神代さんなのは変わらないから」


「はい」


「それだけ」


 沙羅はそう言って戻っていった。


 美咲がまたちらっと俺を見た。


「先輩」


「何」


「高城さん、かっこいいですね」


「そうだな」


「私も同じこと思ってました」


「何が」


「先輩が先輩なのは変わらない」


 俺は少し止まった。


「……お前はずっとそう思ってただろ」


「そうですよ」


 美咲はにこっと笑った。


「初日からそうでした」


 NIAが言った。


「マスター」


「なんだ」


「本日の男性認識率、上昇しました」


「そうか」


「社内認知の修正が進んでいます」


「まあ」


「ただし」


「何だ」


「結城美咲の認識に変化はありません」


「どういう意味だ」


「初日から変わっていないということです」


 俺はコーヒーを飲んだ。


「……知ってる」


「保存しました」


 どうやら今日の騒ぎで、会社での扱いが少し変わりそうだった。


 ただ。


 隣の美咲は、何も変わらない様子で、また椅子を寄せてきた。


 相変わらず近かった。


 それが。


 今日だけは、少しだけ、悪くない気がした。

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