第19話 悠斗、爆弾発言
金曜日。
昼前。
スマホが震えた。
悠斗:『今日また近くいるんだけど、昼飯いける?』
俺は返信した。
『来い』
昼休み。
ロビーに行く。
悠斗がソファに座っていた。
「おう」
「おう」
悠斗は立ち上がる。
そして俺を見て、少し目を細めた。
「なあ」
「何」
「最近どうだ」
「普通」
「そうか」
悠斗はにやっと笑った。
「嘘くさいな」
「普通だ」
「前に電話した時より顔色いいぞ」
「関係ない」
その時だった。
「神代先輩!」
元気な声。
美咲だ。
「あ、黒川さん!」
「よう」
美咲は悠斗を見て、すぐに笑顔になった。
「また来てくれたんですね」
「近くにいたんで」
「先輩に会いに?」
「まあそんなとこ」
美咲はちらっと俺を見た。
何か言いたそうな顔だった。
その時だった。
「神代さん」
後ろから声。
高城沙羅だった。
「お昼?」
「はい」
沙羅は悠斗を見る。
「また来たの」
「また来ました」
沙羅は少し考えた。
「今日、部署で昼食べようって話してたんだけど、一緒にどう?」
気づいたら四人で近くの定食屋に行くことになっていた。
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定食屋。
席は四人掛けだった。
沙羅と俺が向かい合って、美咲と悠斗が向かい合う形になった。
注文が終わると、沙羅が悠斗に言った。
「黒川さんって、神代さんとどういう知り合いなんですか」
「大学の友人です」
「同じ学部?」
「違います。サークルで」
「へえ、どんなサークル」
「音楽系です」
俺はそこで少し止まった。
「まあ、ゆるいやつですけど」
悠斗はうまく流した。
沙羅は頷いた。
「神代さんって昔からああいう感じなんですか」
「ああいう感じ?」
「淡々としてるというか、あんまり自分のこと話さないというか」
悠斗は少し笑った。
「まあ、そうですね。昔からそういうやつです」
「友達として大変じゃないですか」
「慣れました」
美咲が静かに頷いていた。
俺はそれを横目で見た。
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料理が来て、しばらく食べていた頃。
悠斗が箸を置いて、少し真面目な顔になった。
「そういえば」
全員が悠斗を見た。
「凛って、男なんですよ」
沈黙。
沙羅が少し首をかしげた。
「え?」
「男です、こいつ」
沙羅はしばらく俺を見た。
それから、ふわっと笑った。
「またまた」
「いや、本当に」
「黒川さんって面白いですね」
「面白くないです、本当のことです」
三崎が向かいのテーブルから聞こえていたのか、こちらを振り向いた。
「冗談はやめてください」
「冗談じゃないです」
「神代さんは女性です」
「男です」
三崎は俺を見た。
「神代さん」
「男です」
「またまた」
悠斗が信じられないという顔をした。
「なんで俺の言葉が一番信じてもらえないんだ」
「大学の友人だから」
「だから知ってるんだろ!」
「でも黒川さん、冗談っぽく言うんですよね」
「いつ冗談っぽく言いました!?」
美咲が少し笑いながら言った。
「いや、黒川さんが言うと確かにそう聞こえるかも」
「お前まで!」
悠斗は腹を抱えそうな顔で俺を見た。
「凛、お前から言え」
「男だ」
「ほらまた冗談言ってる」
沙羅が普通に飲み物を飲んでいる。
三崎は「そうでしょう」という顔をしている。
悠斗が完全に詰まっていた。
「……なんなんだこの会社」
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食後。
沙羅と三崎が先に戻った。
四人から二人になった。
定食屋の外、悠斗が俺の隣を歩きながら小声で言った。
「なあ」
「何」
「あの子」
悠斗は後ろを歩く美咲に視線をやった。
「男だって知ってるよな」
「知ってる」
「なのにあの距離感なのか」
「そうだ」
悠斗はしばらく黙った。
「なるほどな」
「何が」
「いや」
悠斗は少し考えるような顔をした。
「前に電話した時、お前が言ってただろ。距離感がバグってるって」
「言った」
「あれ、嫌だったのか」
「面倒だ」
「面倒」
「そうだ」
悠斗はまた少し黙った。
「本当に面倒なだけか?」
俺は少し止まった。
「……面倒だ」
「同じこと二回言ったな」
「事実だからだ」
悠斗は笑った。
「お前、自分に嘘つくの下手だな昔から」
「嘘ついてない」
「まあいい」
そこで美咲が追いついてきた。
「黒川さん、また来てください!」
「喜んで」
「先輩の話、もっと聞きたいです」
「いくらでも話すよ」
「やめろ」
悠斗は笑いながら、俺の耳元で小声で言った。
「なあ」
「何」
「あの子、知ってて近づいてるんだろ」
「そうだ」
「それって」
悠斗は少し真顔になった。
「普通の後輩じゃないぞ」
俺は何も言わなかった。
悠斗は続けた。
「お前もそれ、分かってるんじゃないか」
「……面倒だ」
「三回目」
「黙れ」
悠斗はけらけら笑いながら手を上げた。
「またな。次は飲もう」
「考える」
「絶対来い」
悠斗が人混みに消えていった。
美咲が隣に並んだ。
「先輩」
「ん」
「黒川さんって、先輩のこと好きですよね」
「友人だから」
「友人として好き、ですよね」
「そうだ」
美咲は少し笑った。
「いいですよね、ああいう友達」
「まあ」
「先輩のこと、ちゃんと見てるじゃないですか」
「そうか」
美咲はしばらく黙って歩いた。
それから、ぽつりと言った。
「私も」
「何」
「先輩のこと、ちゃんと見てますよ」
さらっと言った。
悠斗みたいに。
さらっと、当然のように。
俺はうまく返せなかった。
「……知ってる」
口から出てから、少し驚いた。
美咲も少し止まった。
それから、また歩き出した。
少し、嬉しそうな顔をしていた。
NIAが静かに言った。
「マスター」
「なんだ」
「新規ログを記録します」
「やめろ」
「タイトル」
「出すな」
「知ってる、と言いました」
「……消せ」
「保存しました」
「それと」
「もういい」
「黒川悠斗の発言を記録しました」
「するな」
「普通の後輩じゃないぞ」
「…………」
「保存しました」
会社への帰り道。
美咲は隣を歩いていた。
距離は相変わらず近かった。
近いのは分かっている。
面倒なのも分かっている。
ただ。
悠斗の言葉が頭に残っていた。
「本当に面倒なだけか?」
……考えないことにした。
考えると、余計に面倒なことになる気がした。




