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男なのにOL扱いされるエンジニアの日常  作者: 江戸川竜也


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第18話 ファッション相談

 昼過ぎ。


 インフラ運用課のフロアに、見慣れない顔が来た。


 経理部の女性だった。


 確か、名前は岡田さん。


「神代さん、少しいいですか」


「はい」


「実は、来週に会食があって」


 岡田さんは少し恥ずかしそうに続けた。


「服装のことで相談したいんですけど」


「……服装ですか」


「神代さんって、いつもすごくきちんとしてるじゃないですか」


「スーツですが」


「でもなんか、雰囲気が違うんですよね」


 俺は少し考えた。


 服の話か。


 得意分野ではないが、ライブ活動の関係で多少は知っている。


「どんな会食ですか」


「取引先との食事会で、ドレスコードが一応スマートカジュアルって書いてあって」


「相手の業種は」


「金融系です」


「なら落ち着いた色のワンピースかセットアップが無難です。黒や紺。派手なアクセサリーは控えた方がいい」


「ワンピースだと何を合わせますか」


「足元はヒール低めで、バッグは小ぶりのもの。ジャケット一枚持っておくと室内が寒い時に対応できます」


 岡田さんが目を輝かせた。


「すごい、分かりやすいです!」


「普通のことです」


「ヘアはどうしますか」


「まとめた方が印象が締まります。ハーフアップでも十分ですが、一つにまとめる方が無難」


「メイクは」


「ナチュラルで。ただリップだけ少し色を入れると顔が映えます。落ち着いたピンクかローズ系」


 岡田さんはスマホでメモしながら頷いている。


「神代さんって、本当に詳しいですね」


「ライブで覚えたことです」


「ライブ?」


「バンドをやっていて」


「えっ、すごい! どんな……」


「まあ色々です」


 そこで止めた。


 あまり話すと収拾がつかなくなる。


---


 岡田さんが帰っていくと、美咲がモニターを見たまま言った。


「先輩」


「ん」


「詳しいですね、服」


「バンドだ」


「便利な言葉ですね、バンドって」


「事実だ」


 美咲はそれ以上何も言わなかった。


 さっきから、少し口数が少ない。


 昨日もそうだった。


 何かを考えているような顔をしていることが増えた。


 その時、また声がかかった。


 今度は人事の江川さんだった。


「神代さん、ちょっといいですか」


「はい」


「転職面接があって、スーツの着こなしを聞きたくて」


「面接ですか」


「はい、第一志望なんで緊張してて」


 俺は少し考えてから答えた。


「面接なら、清潔感が一番大事です。スーツは濃紺か黒。シャツは白が無難。アイロンをかけて、靴は磨いておく」


「靴って見ますよね」


「見ます。鞄も床に置いた時の状態を確認されることがあるので、くたびれたものは避けた方がいい」


「神代さんって面接受けたことあるんですか」


「まあ」


「この会社に来る時とか」


「そうですね」


「うまくいったんですか」


「入れたので」


 江川さんが笑った。


「それもそうですね。ありがとうございます、頑張ります」


---


 江川さんが帰っていった後。


 美咲は画面を見たまま、ぽつりと言った。


「先輩って」


「何」


「誰にでも優しいですよね」


 俺は少し止まった。


「普通に答えてるだけだ」


「そうですね」


 美咲は短く言った。


 それで終わりだった。


 続きがなかった。


 いつもなら何か来るはずだった。


「先輩最強です!」とか。


「女子力高すぎます!」とか。


 それがなかった。


 俺はコーヒーを飲んだ。


 美咲の横顔を、少し見た。


 何かを考えている顔だった。


---


 定時。


 フロアが片付いてきた頃。


 沙羅が声をかけてきた。


「二人とも今日は早いね。帰る?」


「はい」


「帰ります」


 三人でエレベーターに乗った。


 一階に降りて、沙羅は先に右へ曲がっていった。


 俺と美咲は同じ方向だった。


 駅までの道を、並んで歩く。


 美咲は黙っていた。


 珍しかった。


 この道を歩く時、こいつはたいてい何か話している。


 仕事の話でも、どうでもいい話でも。


 今日は黙って歩いていた。


 俺も黙って歩いた。


 しばらくして、美咲が言った。


「先輩」


「ん」


「さっきの相談」


「岡田さんのか」


「あと江川さんのも」


「うん」


「先輩って、ちゃんと相手のこと考えて答えてますよね」


「普通に答えてるだけだ」


「普通じゃないと思います」


「そうか」


 また少し沈黙があった。


 美咲は前を向いたまま歩いていた。


「先輩」


「何」


「誰にでも、ああやって答えるんですか」


「聞かれたら答える」


「私に話してくれることも」


「うん」


「他の人にも同じように話すんですか」


 俺は少し考えた。


「内容による」


「どういう内容なら」


「……バンドのこととかは、あまり話さないな」


 美咲が少し歩みを緩めた。


「なんで私には話してくれるんですか」


「お前が聞くからだ」


「他の人も聞きますよ」


「聞き方が違う」


「どう違うんですか」


 俺は少し考えた。


 うまく言葉にならなかった。


「……お前の聞き方は、答えたくなる」


 言ってから、少し後悔した。


 余計なことを言った気がした。


 美咲は少し止まった。


 俺も止まった。


 美咲は前を向いたまま、少し間を置いた。


 何かを言いかけた。


 口が、少し開いた。


 でも。


「……何でもないです」


 それだけ言った。


 また歩き始めた。


 俺は少し美咲を見た。


「何でもないってことはないだろ」


「何でもないです」


「さっき何か言いかけた」


「言いかけてないです」


「嘘をつくな」


 美咲は少し笑った。


 でも、いつもの笑い方じゃなかった。


「先輩」


「何」


「また今度」


 また今度、だった。


 俺は少し息を吐いた。


「……お前はいつもそれだな」


「そうですかね」


「そうだ」


「だって」


 美咲は少し前を見たまま言った。


「言えない時もあるんです」


 俺は返す言葉を探した。


 見つからなかった。


 NIAがイヤホンから静かに言った。


「マスター」


「なんだ」


「新規ログを記録します」


「やめろ」


「タイトル」


「出すな」


「言えない時もある、と言いました」


「……消せ」


「保存しました」


「それと」


「もういい」


「帰り道の沈黙、本日三回目です」


「分析するな」


「いずれも、マスターの発言の後です」


「…………」


「保存しました」


 駅の改札が見えてきた。


 美咲は少し先を歩いていた。


 俺は少し遅れてついていった。


 「言えない時もある」という言葉が、頭のどこかに残っていた。


 何が言えないのか。


 聞けばよかったかもしれない。


 ただ。


 聞いたとして、どう返せばいいのかも、分からなかった。

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