第17話 三崎攻略
朝。
社内チャットに一件メッセージが来ていた。
送信者。
三崎恒一。
『神代さん、本日の権限申請の件でご相談があります。お時間ある時に情シスまでお越しください』
俺はメッセージを読んだ。
権限申請。
普通の業務連絡だ。
なのに美咲が隣から覗き込んで、小声で言った。
「先輩」
「なんだ」
「三崎さんから呼ばれてますよ」
「見えてる」
「どうするんですか」
「行く」
「OLモードですか」
「違う」
「でも権限系は大体そうなりますよね」
「ならない」
美咲はにやにやしている。
「頑張ってください」
「普通に行くだけだ」
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情報システム部。
静かなフロア。
奥の席に三崎がいた。
「神代さん」
顔を上げた瞬間、少し表情が柔らかくなった。
この人は毎回そうだ。
「来てくださったんですね」
「呼ばれたので」
「すみません、お忙しいところ」
「大丈夫です。申請の件ですか」
「はい」
三崎はキーボードを叩きながら説明した。
「新しい監視ツールの導入で、サーバ管理権限の範囲を変更したいんですが」
「どういう変更ですか」
「読み取りだけだった権限を、一部書き込みまで広げたい」
「理由は」
「夜間の自動修復スクリプトを動かしたくて」
俺は少し考えた。
「セキュリティポリシー上は問題ないですか」
「そこを確認したくて」
「うちの課でレビューします。ドキュメントもらえますか」
「はい、すぐ送ります」
三崎はメールを送りながら、少し間を置いてから言った。
「神代さん」
「はい」
「最近、社内で話題になってますよね」
「……そうですか」
「メイク講座」
「普通にやっただけです」
「評判いいですよ」
「ありがとうございます」
三崎は少し真面目な顔をした。
「神代さんって、何でもできるんですね」
「インフラしかできません」
「でも」
三崎は言葉を選ぶように続けた。
「仕事も、メイクも、説明も。全部丁寧で」
「……普通です」
「神代さんが言う普通は、普通じゃないと思いますよ」
俺はうまく返せなかった。
NIAがイヤホンから静かに言う。
「マスター」
「なんだ」
「三崎恒一の発言パターンを分析しました」
「するな」
「好感度指標」
「出すな」
「87%です」
「…………」
「過去最高値を更新しました」
「消せ」
「保存しました」
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フロアに戻ると、美咲が椅子を回しながら待っていた。
「先輩」
「何」
「どうでしたか」
「普通の業務連絡だった」
「OLモード使いましたか」
「使ってない」
「本当ですか」
「本当だ」
美咲は少し不満そうな顔をした。
「つまらない」
「何がだ」
「もっと面白い展開を期待してたんですけど」
「お前は何を期待してるんだ」
その時だった。
「神代さん」
声。
振り向くと、三崎がフロアに来ていた。
「ドキュメント、追加で紙でもお渡しした方がいいかと思いまして」
封筒を差し出してくる。
「ありがとうございます」
「確認お願いします」
三崎は少し迷うような顔をしてから、言った。
「あの」
「はい」
「もし今週、時間があれば」
「業務の話ですか」
「……はい」
間があった。
「確認してご連絡します」
「分かりました」
三崎は頷いて戻っていった。
美咲がじっと俺を見ていた。
「先輩」
「なんだ」
「今の」
「業務連絡だ」
「本当ですか」
「本当だ」
「三崎さんの顔、業務連絡じゃなかったですよ」
「お前の見間違いだ」
美咲はため息をついた。
「先輩って本当に気づかないですよね」
「何に」
「色々」
「具体的に言え」
「言いません」
理不尽だった。
NIAが言う。
「マスター」
「なんだ」
「三崎恒一の直近の行動パターンを分析しました」
「するな」
「紙のドキュメントをわざわざ届けた理由」
「言うな」
「メールで十分な内容です」
「…………」
「つまり」
「言わなくていい」
「口実です」
「消せ」
「保存しました」
美咲が机の上で頬杖をついた。
「先輩」
「なんだ」
「三崎さんって、ほんとにちょろいですよね」
「失礼だろ」
「でもそうじゃないですか」
「仕事の話だ」
「先輩がそう思ってるだけです」
俺は少し考えた。
「……三崎さんは真面目な人だ」
「それは否定しません」
「ならいいだろ」
「でも」
美咲は少し真剣な顔で言った。
「先輩、OLモード使うのはいいんですけど」
「使ってない」
「使わなくても同じ結果になってますよ、最近」
「どういう意味だ」
「先輩が普通にしてるだけで、周りが勝手に」
美咲は少し言葉を止めた。
「……まあ、いいです」
「何がいいんだ」
「別に」
また「別に」だった。
昨日と同じだ。
俺はため息をついた。
「美咲」
「なんですか」
「何か言いかけたなら言え」
「言いかけてないです」
「嘘をつくな」
美咲はしばらく俺を見ていた。
それから、小さく笑った。
「先輩って、私のことはよく見てますよね」
「……そういう話じゃない」
「そうですか?」
また含みのある言い方だった。
NIAが静かに言った。
「マスター」
「なんだ」
「本日の結城美咲ログ」
「読むな」
「言いかけた発言、一件」
「消せ」
「内容の推定」
「絶対するな」
「マスターへの感情表現の抑制と推定されます」
「…………」
「保存しました」
俺は天井を見上げた。
三崎は真面目な人だ。
美咲は何かを言いかけている。
NIAは余計なことを分析し続けている。
どうしてインフラ運用課はこんなに騒がしいんだ。




