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男なのにOL扱いされるエンジニアの日常  作者: 江戸川竜也


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第16話 社内噂「神代さん可愛い」

 朝。


 インフラ運用課。


 いつも通りコーヒーを飲みながら監視画面を見ていた。


 緑。緑。緑。


 平和だった。


 その時。


「マスター」


 NIAだ。


「なんだ」


「社内掲示板を確認しました」


「するな」


「新規投稿があります」


「読むな」


「内容」


 一拍。


『神代さんってモデルさんですか? メイク講座めちゃくちゃ上手だった』


「……消せ」


「保存しました」


「それと」


「もういい」


「関連スレッドが三件あります」


「絶対読むな」


「タイトルだけ」


「やめろ」


「『神代さん美容のプロ説』」


「違う」


「『神代さんって彼氏いるんですか』」


「関係ない」


「『インフラ運用課の神代さんかわいすぎ問題』」


「…………」


「保存しました」


 ため息が止まらなかった。


 どうしてこうなった。


 俺はインフラエンジニアだ。


---


 午前中。


 最初に来たのは経理の女性だった。


「神代さん、先日のメイク講座すごくよかったです!」


「ありがとうございます」


「スキンケアってどれ使ってますか?」


「普通のです」


「絶対嘘です! 教えてください!」


「普通のです」


 次に来たのは人事の男性だった。


「神代さん、昨日の障害対応聞きました。さすがですね」


「普通の障害でした」


「いやー、頼りになりますよ」


「インフラの仕事です」


 その次は営業部の誰かだった。


「神代さん! 今度ランチ行きませんか!」


「仕事があります」


「平日じゃなくてもいいですよ!」


「結構です」


 俺はすべて淡々と断った。


 隣で美咲がモニターを見ていた。


 静かだった。


 いつもなら「先輩モテてますよ!」とか騒ぐはずだが、今日はそれがなかった。


「美咲」


「なんですか」


「静かだな」


「別に」


「珍しい」


「普通です」


 俺の言葉をそのまま返してきた。


---


 昼休み。


 また誰かが来た。


 営業部の男性。


 名前は確か、松本だったか。


「神代さん、ちょっといいですか」


「仕事の話ですか」


「まあ、そうとも言えます」


 嫌な予感がした。


「どうぞ」


「今度、部署の飲み会があるんですけど」


「インフラ運用課は関係ないですね」


「一緒にどうかと思って」


「業務外です」


「そうですか……」


 松本は少し残念そうに戻っていった。


 美咲がその背中を見送っていた。


 口数が少ないのは続いている。


「美咲」


「なんですか」


「何かあったか」


「別に何もないです」


「本当か」


「本当です」


 俺はコーヒーを飲んだ。


 どうも様子がおかしいが、聞いても「別に」と返ってくる。


 NIAがイヤホンから言う。


「マスター」


「なんだ」


「結城美咲の発言回数を確認しました」


「するな」


「本日の午前中」


「言うな」


「平均の43%減です」


「…………」


「原因分析」


「するな」


「マスターに近づく人物の増加と相関しています」


「関係ない」


「相関係数0.87です」


「……分析するな」


「保存しました」


---


 午後。


 また声をかけられた。


 今度は別の部署の女性だった。


「神代さんって、プライベートどんな感じなんですか?」


「普通です」


「趣味とか」


「特にないです」


「えー、絶対あるでしょ!」


「ないです」


 バンドのことは言わなかった。


 こういう時に言うと、余計に話が広がる。


 女性が戻っていくと、美咲がぽつりと言った。


「先輩」


「ん」


「趣味ないって言いましたね」


「まあ」


「バンドは」


「仕事に関係ない」


「私には話してくれたじゃないですか」


 俺は少し止まった。


「……それはお前が聞いたからだ」


「じゃあ他の人が聞いたら話すんですか」


「聞き方による」


 美咲は少し黙った。


「そうですか」


 それだけ言って、モニターに向き直った。


 いつもなら何か続くはずだった。


 それがなかった。


 NIAが静かに言う。


「マスター」


「なんだ」


「結城美咲の表情分析」


「するな」


「不満表情の検出」


「絶対するな」


「検出しました」


「消せ」


「保存しました」


 俺は画面を見たまま言った。


「美咲」


「なんですか」


「お前に話したのは」


「うん」


「お前が先輩の隣にいるからって言ったからだ」


 少し間があった。


 美咲がこちらを見た。


「……覚えてたんですか」


「言っただろ」


「言いましたけど」


 美咲はしばらく俺を見ていた。


 それから、少し笑った。


 さっきまでとは違う顔だった。


「そうですか」


「そうだ」


「ならいいです」


 何がいいのかは分からなかった。


 ただ、美咲の口数が戻ってきた。


 NIAが静かに言った。


「マスター」


「なんだ」


「結城美咲の発言回数、回復しました」


「分析するな」


「原因」


「言うな」


「マスターの発言、一件」


「……消せ」


「保存しました」


 夕方。


 三好がフロアを通りかかった。


「神代さん、今日も人気ですね」


「違います」


「社内掲示板すごいことになってますよ」


「見てない」


「見た方がいいですよ、参考までに」


「見なくていいです」


 三好はにやにやしながら去っていった。


 美咲が隣で言う。


「先輩」


「何」


「人気者ですね」


「違う」


「でも」


 美咲は少し考えるような顔をした。


「先輩に近づく人が増えるのは」


「うん」


「ちょっと嫌です」


 さらっと言った。


 俺は少し止まった。


「……なんで」


「なんでですかね」


 美咲は首を傾げた。


 本当に分からないような顔だった。


「分かりません。でも嫌です」


「…………」


「おかしいですか」


「おかしくはない」


 俺はそれだけ言った。


 それ以上は何も言えなかった。


 NIAが言った。


「マスター」


「なんだ」


「新規ログを記録します」


「やめろ」


「タイトル」


「出すな」


「結城美咲、嫌だと言いました」


「消せ」


「理由の分析」


「するな」


「独占欲の初期検出と推定されます」


「……絶対消せ」


「保存しました」


 どうやら社内での俺の噂は、しばらく続くらしい。


 それはまあ、どうでもいい。


 ただ。


 美咲が「嫌です」と言った顔が、少し頭に残っていた。


 ……本当に、どうしてこうなった。

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