第14話 OLモード営業
営業に呼ばれる時は、大体ろくなことがない。
これはインフラ運用を六年やっていれば、嫌でも身につく経験則だった。
「神代さんー」
聞き覚えのある声。
振り向くと、営業部の三好亮太が立っていた。
今日も営業スマイルが眩しい。
「どうしました?」
「ちょっと相談いいです?」
やっぱり来た。
営業の「相談」はだいたい炎上案件だ。
「内容次第ですが」
三好は机の横にしゃがみ込んだ。
「顧客サーバ止まりました」
昼休みが終わった。
「構成分かります?」
「オンプレです」
「OS」
「CentOS」
「SSH入れます?」
「それが入れないんですよ」
嫌なパターンだ。
「ログは?」
「まだ取れてません」
「管理はどこです?」
三好が少し苦笑した。
「前の会社です」
最悪だった。
その時だった。
「先輩?」
横から美咲が顔を出した。
「営業さんです?」
「ああ」
「炎上案件です?」
三好が笑った。
「営業なんで」
「営業って大変ですね」
「ほんとそれ」
美咲は椅子を寄せてきた。
完全に観戦モードだ。
「顧客って誰です?」
俺が聞く。
三好は声を少し落とした。
「社長です」
「IT詳しいですか?」
「全然」
「なるほど」
大体分かった。
インフラ案件で一番面倒なタイプだ。
その時。
三好が妙にニヤニヤしている。
嫌な予感しかしない。
「神代さん」
「はい」
「営業向いてますよ」
「インフラです」
「いや絶対向いてます」
「向いてません」
三好は肩をすくめた。
「だって神代さん」
一拍。
「OL営業できますよね」
美咲が吹き出した。
「先輩営業OL!」
「違う」
三好は真顔で言った。
「顧客、女性エンジニア好きなんですよ」
「帰ります」
「待ってください!」
美咲が机叩いて笑っている。
「先輩最強営業!」
「違う」
その時。
スマホが震えた。
NIAだ。
「マスター」
「なんだ」
「営業案件を分析しました」
「するな」
「成功率」
「出すな」
「通常対応」
「言うな」
「42%」
低い。
「OLモード使用時」
「出すな」
「89%」
美咲が爆笑した。
「先輩最強!」
「違う」
三好が言う。
「ほら」
「違う」
「営業は数字なんで」
「インフラです」
三好は少し真面目な顔になった。
「でもお願いできます?」
営業スマイル。
この顔で頼まれると、大体断れない。
インフラは結局、火消しの仕事だ。
顧客が困っているなら直すしかない。
俺はため息をついた。
「技術説明だけです」
三好の顔が明るくなる。
「ほんとですか!」
「営業はしません」
「分かってます」
「あと」
一拍。
「俺男なんで」
三好は笑った。
「またまた」
「男」
「でもOLっぽいですよね」
「違う」
美咲が横で笑っている。
「先輩今日OL営業!」
「違う」
どうやら今日もまた――
OLとして営業に連れて行かれるらしい。
本当にやめてほしい。
午後。
顧客先へ向かう電車の中。
「神代さん」
三好が言う。
「今日の会社なんですけど」
「はい」
「物流会社です」
「なるほど」
「社長ワンマン系です」
「嫌な情報ですね」
三好は苦笑した。
イヤホンからNIA。
「マスター」
「なんだ」
「障害分析更新」
「やめろ」
「原因候補」
「言うな」
「ログ肥大」
「あり得る」
「またはカーネルパニック」
「それもある」
三好が聞いた。
「神代さん何か分かります?」
「現地見ないと分かりません」
「ですよね」
顧客オフィス。
古いビルの一室だった。
「お待たせしました」
入ってきたのは、四十代くらいの男性。
たぶん社長。
「三好さんですね」
「はい」
名刺交換。
そして社長の視線が俺に向く。
一瞬止まる。
「ああ」
社長が言う。
「技術の方ですか」
「神代です」
名刺を渡す。
社長は少し驚いた顔をした。
「若いですね」
「どうも」
「女性エンジニアは珍しいですね」
俺は普通に言った。
「男です」
社長が止まる。
「え?」
「男です」
「いやでも」
「戸籍も男です」
社長は数秒考えた。
「……そうなんですね」
横で三好が肩を震わせている。
本題。
社長が説明する。
「朝からサーバが止まりまして」
「はい」
「出荷管理システムです」
「CentOSですね」
「そうです」
「SSH入れない」
「はい」
「ログは?」
「取れてません」
「root権限あります?」
社長が困った顔をする。
「前の会社が管理してまして」
やっぱりだった。
「rootパスワード」
「分かりません」
完全に詰んでいる。
「モニターあります?」
「あります」
「見せてください」
サーバ室。
モニターを見る。
画面は止まっていた。
Kernel panic。
典型的だ。
「カーネルパニックですね」
社長が聞く。
「直ります?」
「直ります」
社長が明らかに安心する。
「よかった……」
「ただし」
「はい」
「root権限ないと面倒ですが」
「ですよね」
「回避できます」
二人同時に言った。
「え?」
再起動。
GRUB画面。
カーネル編集。
single user。
レスキューシェル。
ログ確認。
原因はすぐ分かった。
/var/log。
ログ爆発。
ディスク逼迫。
「これですね」
「直ります?」
「ログ削除すれば起動します」
不要ログ削除。
再起動。
数十秒。
CentOSが立ち上がる。
社長が言う。
「動いた……」
SSH接続確認。
成功。
社長が大きく息を吐いた。
「助かりました」
会議室。
社長が言う。
「神代さん」
「はい」
「すごいですね」
「よくある障害です」
「いや」
社長は腕を組んだ。
「説明が分かりやすい」
横で三好がニヤニヤしている。
「ほら」
「違う」
「営業向いてます」
「インフラです」
社長が笑った。
「でも正直」
一拍。
「営業にも欲しいですね」
「やめてください」
三好が頷く。
「ですよね」
「頷くな」
帰り道。
三好が言う。
「神代さん」
「なんですか」
「今日めちゃ助かりました」
「障害が単純でした」
イヤホンからNIA。
「マスター」
「なんだ」
「案件ログ保存」
「やめろ」
「タイトル」
「言うな」
「OL営業成功事件」
「違う」
三好が吹き出した。
「やっぱ最強営業OLですね」
「違う」
俺は即答した。
「インフラだ」




