第13話 美咲の疑問
昼休み。
インフラ運用課のフロアは、午前中の慌ただしさが嘘のように静かになっていた。
サーバ監視画面は平和そのもの。赤アラートも警告もなし。インフラ担当としては、こういう時間こそが一番ありがたい。
俺は席に座り、コーヒーを一口飲んだ。
その瞬間だった。
「先輩」
横から声がした。
見るまでもなく分かる。結城美咲だ。
こいつは最近、やたら俺の席に出現する。
「何」
「ちょっと聞いていいですか?」
身を乗り出してくる。
近い。
新人教育という名目があるとはいえ、この距離感はやっぱり近い。
「内容による」
「先輩って」
美咲は少しだけ首を傾げた。
「なんでそんなにOLっぽいんですか?」
コーヒーを吹きそうになった。
「……なんだその質問」
「いや、だって」
美咲は真面目な顔で言う。
「見た目も声も完全にOLじゃないですか」
「男」
「知ってます」
「ならいいだろ」
「でもOLです」
「違う」
俺が否定すると、美咲は楽しそうに笑った。
こいつは最近、このネタを完全に面白がっている。
「だって先輩、女子会にも呼ばれてたじゃないですか」
「やめろ」
「あれ完全にOLですよ」
「違う」
その時だった。
「何の話?」
後ろから声がした。
振り向くと、高城沙羅が立っていた。
この人は仕事ができる。冷静。顔もいい。
そして困ったことに、未だに俺を女性社員として扱うことがある。
「沙羅さん!」
美咲が言った。
「先輩のOL力についてです!」
やめろ。
沙羅は少しだけ考えるような顔をしたあと、普通に言った。
「凛さん、OLっぽいよね」
「違う」
「でも女子会にも呼ばれてたし」
「それは総務が悪い」
「メイクも詳しいし」
「バンド」
沙羅は少しだけ目を丸くした。
「そういえばそうだったね」
「ライブ用」
「でも会社だとOLっぽい」
「違う」
完全に多数決で負けている。
その時だった。
イヤホンから声がした。
「マスター」
NIAだ。
「なんだ」
「統計データがあります」
「出すな」
「現在」
一拍。
「社内女性認識率」
「やめろ」
「87%」
多すぎる。
美咲が爆笑している。
「ほら先輩!」
「違う」
「AIも言ってます!」
「AIは敵」
その時だった。
フロアのドアが開いた。
「神代さーん!」
聞き覚えのない声。
振り向くと、そこに立っていたのは営業っぽい男だった。
スーツ。
爽やか。
笑顔。
典型的な営業マンだ。
「神代さんですよね?」
「そう」
「営業部の三好です」
初対面だった。
そして。
この時の俺はまだ知らなかった。
この男が、これからしばらくの間――
俺を営業兵器として使おうとしてくることを。
「ちょっと相談いいですか?」
嫌な予感がした。
営業の相談は、だいたい面倒な案件だからだ。
俺は小さくため息をついた。
どうやら、インフラ運用課の平和な昼休みは――
ここで終わるらしい。




