第11話 女子会潜入
昼。
会議室A。
普段は打ち合わせに使われるそこは、今日に限って妙に華やかだった。
テーブルの上には紙コップの紅茶。
小さな焼き菓子。
よくわからない花柄の紙ナプキン。
入口には立て札。
女性社員交流会
……帰りたい。
「マスター」
NIAだ。
「なんだ」
「会場到着を確認しました」
「確認するな」
「現在の精神状態は」
「読むな」
「逃走率72%です」
「高いな」
「正常です」
正常ではない。
俺は会議室の前で立ち尽くしていた。
その時だった。
「神代さん」
横から声。
高城沙羅だった。
その隣に、美咲もいる。
「来たんですね!」
「来たくなかった」
「でも来ましたよね」
「総務に名指しされたからな」
美咲は楽しそうに笑った。
「先輩、今日すごいですね」
「何が」
「完全に女子会メンバーです」
「違う」
沙羅が普通に頷く。
「うん。馴染んでる」
「馴染みたくない」
「大丈夫」
「何が」
「神代さんなら」
「その根拠を聞いてる」
逃げ道がないまま、俺は二人に挟まれて会議室に入った。
◇
「では、皆さんご自由にご歓談ください」
総務の女性がにこやかに言った。
拍手。
俺は拍手しなかった。
だが、美咲が横で小さく肘をつついてきたので、仕方なく二回だけ叩いた。
「先輩、ノリ悪いです」
「当然だろ」
「女子会ですよ?」
「だからだよ」
席に着く。
左に沙羅。
右に美咲。
完全に逃げ道がない。
向かいには、営業部っぽい女性二人と、人事の女性がいた。
全員がこちらを見る。
嫌な予感しかしない。
「神代さんって、インフラ運用の方ですよね?」
「はい」
「すごいですねえ。女性でインフラって珍しくないですか?」
来た。
「男です」
一瞬、沈黙。
だが営業部の女性は、ふわっと笑った。
「またまた」
「いや本当に」
「神代さん、そういう冗談言うんですね」
「冗談じゃない」
美咲が俯いた。
肩が震えている。
笑っている。
「結城」
「はい」
「笑うな」
「無理です」
沙羅は紅茶を飲みながら言った。
「神代さん、それここで言っても逆効果だと思う」
「なんで」
「だって可愛いし」
「やめろ」
人事の女性が身を乗り出した。
「髪も綺麗ですよね。美容室どこですか?」
「普通のところ」
「え、絶対ちゃんとしてるやつです!」
「してない」
「スキンケア何使ってます?」
「普通の」
「絶対嘘です!」
なんでだ。
なぜ女扱いされた上に、美容質問コーナーが始まるんだ。
NIAが言う。
「マスター」
「なんだ」
「女性コミュニティへの自然融和を確認しました」
「確認するな」
「適応率91%です」
「高すぎる」
美咲が面白そうにこちらを見る。
「先輩、答えてあげたらいいじゃないですか」
「知らん」
「でもメイク詳しいんですよね?」
営業部の女性が反応した。
「えっ、メイクもされるんですか?」
「違う」
「ライブの時だけ」
言ってから、しまったと思った。
「ライブ?」
「え?」
「神代さん、バンドやってるんですか?」
美咲が元気に手を上げた。
「そうなんです! 先輩、ボーカルなんですよ!」
「おい」
「しかも歌うまいです!」
「まだ歌ってないだろ」
「でもうまそうです!」
理屈が雑だ。
人事の女性がきらきらした目で言った。
「じゃあ、ステージメイクとかご自分で?」
「まあ」
「すごい!」
「いや普通」
「アイラインとか引けるんですか?」
「一応」
「えっ、見たい!」
「見せない」
営業部の女性が言う。
「神代さん、女子力高すぎません?」
「その言葉をやめろ」
沙羅が小さく笑った。
「私も前から思ってた」
「お前まで乗るな」
「だって事実だし」
「事実じゃない」
「でも、私より詳しそう」
「それはお前が雑なだけだろ」
「失礼」
その時だった。
総務の女性が前に出てきた。
「せっかくなので、簡単な自己紹介と、最近気になっていることを一人ずつお話ししませんか?」
地獄の追加ルールが来た。
順番に自己紹介が始まる。
営業部。
人事。
経理。
そして、俺の番が回ってきた。
「では、神代さんお願いします」
全員の視線が集まる。
帰りたい。
「神代凛です。インフラ運用課です」
「はい」
「男です」
一拍。
美咲が吹き出した。
数人もつられて笑った。
総務の女性まで困ったように笑う。
「神代さん、面白いですね」
「面白くない」
沙羅が小声で言う。
「もうそういう芸だと思われてるよ」
「最悪だな」
「最近気になっていることは?」
俺は少し考えた。
「サーバのディスク残量です」
沈黙。
そして、美咲が腹を抱えた。
「先輩それ女子会で言うことじゃないです!」
「本当に気になってることだからな」
営業部の女性も笑っていた。
「神代さん、仕事人間なんですね」
「まあ」
「かっこいいですね」
「初めてこの会でまともな評価を聞いた気がする」
少し空気がやわらぐ。
その流れで雑談が再開された。
気づけば、俺はなぜか営業部の女性の眉メイク相談を受けていた。
「丸顔なら、眉は少し角度つけた方が締まります」
「へえー!」
「でも描きすぎると強く見えるから、パウダー薄めで」
「神代さん、めちゃくちゃ詳しい……!」
「ライブで覚えただけ」
「それでもすごいです!」
横で美咲が、じーっと俺を見ていた。
「なんだ」
「先輩」
「何」
「普通に女子会で無双してます」
「してない」
「してます」
沙羅も頷く。
「してるね」
「お前ら敵か」
その時。
総務の女性が、にこやかに言った。
「神代さん」
「はい」
「次回の交流会、メイクのちょっとしたコツを話してもらえませんか?」
会議室が静まった。
俺も止まった。
「……は?」
「神代さん、お詳しそうなので」
「いや」
「ぜひ」
「いや」
美咲が、ぱあっと顔を輝かせた。
「いいじゃないですか先輩!」
「よくない」
「絶対見たいです!」
「お前は黙れ」
沙羅が普通に追撃した。
「私も聞きたい」
「裏切るな」
総務の女性はにこやかなまま、メモを取っていた。
「では来月、神代さんミニ講師で」
「決定するな」
NIAが静かに言った。
「マスター」
「なんだ」
「新規イベントを確認しました」
「やめろ」
「次回」
一拍。
「メイク講座事件です」
……。
俺は天井を見上げた。
どうやら女子会に潜入した結果、
次は講師として呼ばれるらしい。
本当に、
どうしてこうなった。




