2、泥濘の戦場と「魔女」の葛藤
二月の中旬、スコリアの野は、雪と鉄と血が混じり合う泥濘へと化した。
帝国軍は、戦果を確実にするため、大量の騎士と歩兵と攻城兵器を投入した。大公国軍は、予備兵力が枯渇する中で、少年少女たちも戦場に送り出さざる得ない状況に追い込まれていた。
ヴァルターたちは当初は前線に送られる予定ではなかった。
ルイーゼの母のメヒティルト将軍は大公国軍総司令官フリーデリケ公女の幕僚で、教育総監の地位にあった。公女の発案で大公国に幼年学校が設立されることとなった。将軍は、その実現の可能性を探るために娘である騎士ルイーゼを教官に任命して、スコリアで少年少女の訓練に当たらせることを計画した。
ルイーゼは帝国のスコリアへの侵攻を、心の中では喜んでいた。彼女は常に母の庇護という管理のもとにあった。彼女は前線に行きたかった。友人たちが前線に向かう中、しかし彼女は母の干渉で後方に留められていた。そして、少年少女たちの引率なんてものを任されたのだ。母に、お前は安全なところで、子どもの世話でもしていなさいと言われたようなものだった。エキノキマエラ子爵の言葉は彼女の痛いところを正確に突いていた。
だが、母の意に反して安全だと思われていたスコリアが戦場になった。
ルイーゼは母への反逆と、生存への執念を、帝国軍の補給線襲撃へと注ぎ込んだ。
「死にたくない者は、私の影から離れるな!」
深い雪の中、ルイーゼを先頭にした少年兵たちは、音もなく帝国軍の輜重隊を急襲した。 ルイーゼは、少年たちを使い捨ての駒にする自覚を持とうと努めていた。負傷者が出れば、即座に「無能な者は下がれ」と突き放し、プシロフィトンへ送り返す。それは冷酷な選別に見えて、彼女なりの、戦場から彼らを逃がすための必死の救済だった。
そんな中、ルイーゼの心はヴァルターの瞳に揺さぶられていた。激しい襲撃の最中、飛来した矢をヴァルターが自分の盾で防ぎ、彼女を守った時のことだ。
「なぜ、そこまで私に従うの?」
そう問いかけた彼女に、ヴァルターは返り血にまみれた顔で、迷いなく答えた。
「あなたのためなら、僕は命なんて惜しくない」
その無垢な献身は、他人の感情をあまり感じ取れなくなっていたルイーゼに、新鮮な鋭い刃となって胸に襲い掛かってきた。
自分は彼にとって聖母の皮を被った魔女なのだろうと激しい自己嫌悪に陥いる。その罪悪感が、彼女に女としての自覚を呼び覚まさせ、同時に彼への抗いがたい執着を生む。彼女の心は彼の瞳に激しく揺さぶられるようになっていった。
一方のヴァルターは、彼女の正体も、彼女が抱える重荷も知らない。ただ、彼女と二人きりで死線を越えるという「共犯者」としての事実に酔いしれていた。




