第28話(裏)
――残した場所
黒鋼は、集落の外れに立っていた。
すでに部隊は離れ、残っているのは、踏み荒らされた地面と、静けさだけだ。
「……間に合わなかった、か」
その言葉に、嘲りはない。
桜花がそう受け取るであろうことを、黒鋼は分かっていた。
ここは、切れる場所だった。
守る価値はあるが、
守られなかったとしても、戦は止まらない。
◇
副官が、慎重に報告する。
「物資は回収済みです。
民への被害は最小限。
抵抗も、ほぼありませんでした」
「それでいい」
黒鋼は頷いた。
焼き払えば、
桜花は怒りで動く。
殲滅すれば、
戦は単純になる。
それを、黒鋼は望まなかった。
◇
黒鋼は、地面に残った足跡を見つめる。
急いで逃げた痕。
振り返った痕。
そして――戻ってきた痕。
「……戻ったな」
桜花は、必ず戻る。
守れなかった場所を、そのままにできる女ではない。
「だから、ここを選んだ」
ここは、
桜花が“責任を拾いに来る”場所。
◇
黒鋼は、外套を直した。
「俺は、
ここを戦場にしなかった」
それは、慈悲ではない。
計算だ。
間に合わなかったという事実だけを残せば、
桜花は、
次の一手を“重く”選ばざるを得ない。
◇
副官が、低く言う。
「桜花将は、
この場所を捨てないでしょう」
「知っている」
黒鋼は、即答した。
「だからこそ、
この場所は“残した”」
壊しきらなかった。
奪いきらなかった。
空白を、あえて置いた。
◇
黒鋼は、遠くの市の方向を見る。
「桜花は、
守れなかった場所を抱えたまま、
次の守りに立つ」
それは、
守りを強くもするが、
同時に、重くもする。
「その重さが、
次に選ばせる」
◇
黒鋼は、静かに歩き出した。
「……間に合わなかった場所は、
終わりじゃない」
むしろ、
そこからが始まりだ。
「桜花。
お前は、
この場所を背負って進む」
ならば自分は、
その背負い方を見極める。
◇
夕暮れ。
集落に、静かに人の声が戻り始めていた。
黒鋼は、その気配を背にして言った。
「次は、
間に合わないと分かっていても、
行かざるを得ない場所だ」
そこでは、
桜花も、黒鋼も、
選択を誤れない。
雷は、
もう“遠い予感”ではない。
確実に、
次の地点へと、
落ちる準備を始めていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
この物語は、派手な展開よりも
「選んだこと」と「選ばなかったこと」
その両方に残る重さを描いています。
全部は守れない。
だからこそ、何を守るかを選ばなければならない。
その覚悟が、戦の形を変えていく――
そんな戦記を書いています。
田舎のおっさんが、
自分なりに人生を振り返りながら書いている物語ですが、
少しでも何か残るものがあれば嬉しいです。
次も、表と裏、両方から続きを書いていきます。




