第25話(裏)
――切ったものの重さ
補給拠点に、黒鋼は立っていた。
派手な戦はなかった。
抵抗も、混乱も、最小限だった。
「……通ったな」
低く呟く。
ここは“切れる場所”だ。
守る価値が曖昧で、捨てても大義を失いにくい。
黒鋼は、その一点を正確に選んだ。
◇
副官が報告する。
「桜花軍、正面衝突は避けています。
民の退路を優先。
補給拠点そのものは、明け渡した形です」
「そうか」
黒鋼は、淡々と頷いた。
桜花は守らなかった。
だが、見捨てもしなかった。
それは、黒鋼の想定より一段深い選択だった。
◇
拠点の中を見回す。
残された物資。
慌ただしく退避した痕跡。
そして、空白。
「……全部は守れない、か」
その言葉を、黒鋼は否定しない。
戦において、それは事実だ。
だが桜花は、
“守れなかった理由”を残した。
退路。
避難。
命を優先した痕跡。
それは、
切った側に残る重さだった。
◇
副官が、慎重に言う。
「拠点を押さえたことで、
進軍は楽になります。
戦略的には、成功です」
「戦略的には、な」
黒鋼は視線を落とした。
この場所を切ったことで、
黒鋼は“正しかった”。
だが同時に、
桜花に“語らせる余地”を与えた。
「桜花は、
この拠点を戦場にしなかった」
黒鋼は、はっきりと言う。
「それでいて、
責任だけは引き受けた」
守らなかった。
だが、逃げなかった。
◇
黒鋼は、外套を翻した。
「次は、
ここよりも価値の高い場所へ向かう」
副官が、息を呑む。
「……そこは」
「切れない場所だ」
守るか。
踏み込むか。
どちらを選んでも、代償が大きい。
「桜花は、
守れなかった場所の“後”を示した」
黒鋼は、静かに続ける。
「ならば俺は、
守らなければならない場所を示す」
◇
夜。
補給拠点の外れで、焚き火が揺れる。
黒鋼は、その炎を見つめながら呟いた。
「……桜花」
名を呼ぶ声に、感情は混じらない。
ただ、確かな認識がある。
「お前は、
切られた後に何を残すかを選んだ」
ならば次は――
切った側が、何を背負うか。
「次は、
俺が“逃げられない場所”を作る番だ」
風が吹き、火が揺れた。
雷は、まだ落ちない。
だが――
次に落ちる雷は、
両者が同時に覚悟した場所に落ちる。
第四部は、
いよいよ“選択の終点”へと近づいていた。
いつもありがとうございます。
派手さはありませんが、
表と裏、両方から見ることで、
戦の形が少しずつ見えてくるように書いています。
田舎のおっさんの戦記ですが、
もうしばらく、お付き合いいただければ嬉しいです。




