表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『黒鋼ノ戦旗 ― 奪われた未来を取り戻すために』  (裏)  作者: 田舎のおっさん
第4部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

82/112

第十八話(裏)

――選ばれなかった場所で


 霧は、北嶺の谷筋をゆっくりと満たしていた。

 朝の雨を吸った地面は重く、兵の足取りは鈍る。

 それでも、黒鋼軍の進みは止まらなかった。


 黒鋼は馬上で、隊列の流れを静かに眺めている。

 雷返しの丘は、すでに背後だ。

 そこに未練はない。


「丘は動かなかった。

 ……想定通りだ」


 独り言のような声に、副官が耳を澄ます。


「桜花将は、追撃してきませんでした。

 本隊は丘で停止しているとの報です」


「当然だ」


 黒鋼は淡々と言った。


「彼女は“外された理由”を考える。

 衝動で追う女ではない」


 丘で衝突していれば、戦は単純になった。

 勝つか、負けるか。

 だが黒鋼は、それを選ばなかった。


 戦を複雑にすること。

 選択を増やし、相手の思考を引き延ばすこと。

 それが、自分の戦い方だ。


     ◇


 昼過ぎ、別働隊からの報が届く。


「尾根越え部隊、予定通り前進。

 谷筋部隊も、接触なし。

 敵の追撃は確認されていません」


「よし」


 黒鋼は頷いた。

 兵を二手に分けたのは賭けではない。

 “選択を迫るための配置”だ。


 桜花がどちらかを追えば、

 もう一方が自由になる。

 追わなければ、こちらが主導権を保ったまま進める。


 どちらに転んでも、黒鋼にとっては損にならない。


「……だが」


 黒鋼は、地図を見下ろしたまま言葉を止めた。


「桜花は、必ず第三の手を探す」


 彼女は、分かれた進路そのものよりも、

 “なぜ分けたか”を読む。


 そして──

 戦場に選ばれなかった場所へ、目を向ける。


「補給線だな」


 ぽつりと呟いた瞬間、副官が息を呑んだ。


「……お気づきでしたか」


「気づくさ」


 黒鋼は、かすかに笑った。


「戦場を避ければ、

 次に狙われるのは、戦場を支える裏側だ」


     ◇


 夕刻、黒鋼は軍を止めた。


「補給部隊に通達。

 進路変更、夜間移動を開始。

 護衛を倍にしろ」


「桜花将の動きを警戒して、ですか?」


「そうだ。

 だが──完全には防げない」


 黒鋼は空を見上げる。

 雲は厚く、再び雷の気配が戻りつつある。


「桜花は、真正面から奪いに来ない。

 補給を“断つ”のではなく、

 “揺さぶる”」


 完全に破壊すれば、黒鋼軍は止まる。

 だがそれでは、黒鋼が引き返すだけだ。


 彼女が狙うのは、

 前に進み続けながらも、

 判断を狂わせる程度の損傷。


「……面倒な女だ」


 そう言いながら、黒鋼の声には不思議と苛立ちはなかった。

 むしろ、愉しげですらある。


「だが、それでいい。

 そうでなければ、俺が相手をする意味がない」


     ◇


 夜。


 焚き火の明かりが、谷筋に点々と浮かぶ。

 その一つを、黒鋼は遠くから見下ろしていた。


「桜花。

 お前は、戦場を動かそうとしている」


 声は、誰にも届かない。


「だが俺は、

 戦場そのものを“歩かせる”」


 補給線を守るために、兵を割く。

 進軍速度を調整する。

 選択肢を減らし、再構築する。


 それは確かに、

 桜花が作り出した“歪み”への対応だった。


「……互いに、面倒な場所へ踏み込んだな」


 黒鋼は、静かに目を閉じる。


 次に衝突する時、

 それは丘でも谷でもない。


 兵の腹を満たす糧。

 戦を継続させる血管。

 そこに雷が落ちれば──

 戦局は、一気に姿を変える。


 黒鋼は目を開いた。


「いいだろう、桜花。

 追わせるつもりが、追われる側になるか。

 その答えは──

 次の一手で、はっきりする」


 夜空で、雷が光った。

 それは、遠くで動き始めた桜花の意志と、

 静かに呼応しているかのようだった。


 戦は、いよいよ“核心”へと踏み込んでいく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ