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『黒鋼ノ戦旗 ― 奪われた未来を取り戻すために』  (裏)  作者: 田舎のおっさん
第4部

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第十六話(裏)

――黒鋼、北嶺にて影を撃つ


 北嶺の空は、重く垂れ込めていた。

 厚い雲が稜線を覆い、その向こうで雷が震えている。


 黒鋼は馬上からその天を見上げ、わずかに口角を上げた。


「……雷か。あいつらしい」


 遠くで響いたその音には、聞き覚えに近い“気配”があった。

 斬撃が生む金属の唸り。

 怒りと覚悟が混じる空気の震え。

 あるいは──雷そのものを引き寄せるような“在り方”。


 桜花が動いた。

 そう理解するには十分だった。


「黒鋼様、配置完了しました」


 影のように静かな声が背後から落ちる。

 振り向くことなく黒鋼は答えた。


「北嶺突破の主力は、予定通り西側斜面だ。

 ……影縫いはどうした?」


「風裂谷へ向かった小隊、沈黙。応答が途絶しています」


 黒鋼の瞳が、わずかに細められた。


「沈黙、か。

 谷を封鎖したか、殲滅されたか……どちらにせよ、“想定外”があったのだろう」


 影縫いは、通常の兵では崩せない。

 彼らが敗北する状況は限られている。


 一つ、敵が大軍で踏み潰した場合。

 一つ──桜花が出た場合。


「ふむ……彼女が谷に入ったと見て間違いないか」


「はい。現地の斥候が発した最後の狼煙が、谷の入口方向でした。

 つまり、敵が小規模で接近した可能性が高いと」


 黒鋼は喉の奥で笑った。


「小規模で風裂谷へ、か。……桜花、お前らしい判断だ」


 大軍では気配だけで影縫いに察知される。

 だが、小勢であれば谷に潜り込み、敵の暗部に切り込める。


 桜花が選ぶのは、常に“最も正しいが、最も危険な道”。


「黒鋼様、どういたしますか?

 救援を送りますか? それとも、影縫い部隊の増派を──」


「不要だ」


 黒鋼は即答した。


「影縫いは任を果たした。

 桜花が出た以上、もはや谷は戦略上の価値を失う」


「……失う、とは?」


「桜花が絡んだ戦場は、もはや“計算できない”。

 予測不能な場所に兵力を投じる必要はない。

 戦略とは、勝てる場所に力を集めることだ」


 副官は息を呑んだ。

 黒鋼の言葉は冷酷だったが、そこには揺るぎない合理があった。


「だが──」


 黒鋼は軽く拳を握り、手袋越しに骨の軋む感触を楽しむように言った。


「桜花が動いたという事実は、勝利の兆しだ」


 その瞳に宿った光は、戦略家としての冷徹さではなく、

 戦士としての純粋な高揚だった。


「桜花は、俺を追ってくる。

 ならば俺は“待つ”のではなく、“迎え撃つ”側に回る」


 黒鋼は馬首を西へ向けた。

 眼下には、深い谷と連なる尾根。その先に、敵の主力が布陣する領域が広がっている。


 北嶺突破は、この戦の行方を決める鍵。

 この地を押さえれば、国境線は一気に崩壊する。


「全軍に通達。突破の時は近い。

 明朝、黒嶺の尾根から雪崩のように下る」


「承知しました!」


 副官が去っていく背を見送り、黒鋼はひとり残った。


 風が吹き、黒いマントが大きく揺れる。

 雷鳴がまた轟く。

 まるで呼応するように、黒鋼の血が静かに熱を帯びていく。


     ◇


 そのころ、影縫い部隊の残存者が、風裂谷から辛くも脱出しようとしていた。


 全身を裂かれ、肩で息をする者。

 仲間の亡骸を引きずりながら進む者。

 その顔には恐怖と困惑が入り混じっていた。


「なんだ……あの女は……!」


「あれは……将の器ではない……

 “剣”そのもの……!」


「黒鋼様の言っていた“雷哭”とは……あれのことか……!」


 彼らが語る桜花の姿は、黒鋼が知っているものと同じだった。


 だが──


「……なるほど」


 風裂谷から漂う血の匂いを遠くで感じながら、黒鋼は低く呟いた。


「桜花、お前はまだ……俺に届くつもりでいるのか」


 風が黒鋼の髪を揺らし、雷光が山の稜線を照らした。


「いいだろう。

 ならば俺は、お前の望む“戦場”を完璧に整えてやる。

 逃げることも、逸れることもできぬ──

 お前と俺が、選ばざるを得ない場をな」


 黒鋼の口元に、戦士の笑みが浮かぶ。


「桜花。

 俺たちはいつだって、物語の中心で刃を交えてきた。

 今回も──そうなる」


 天が鳴る。

 地が震える。


 北嶺突破戦は、いよいよ幕を開けようとしていた。

読んでくださって、ありがとうごさいます。

こちらは黒鋼連邦から見た“裏の戦場”。

蓮の揺れる正義や、黒鋼の影の動きまで追っていただけて嬉しい限りです。


もし「裏側の真実もおもしろいな」と思ってもらえたら、

ブックマークや評価をポチッとしていただけると助かります。

その一押しが、続きを書く原動力になります。


これからも蓮の選ぶ未来と、黒鋼連邦の闇を

一緒に追いかけてもらえたら嬉しいです。

次の更新でまたお会いしましょう。

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