第七話 鋼影の決断 ― 送り出された刃、揺らぐ心
桜雷作戦の衝撃が黒鋼前線基地を揺らしていた。
破壊された補給線、損傷した黒鋼獣、
そして想定以上に精緻な桜花の戦術。
黒鋼司令部の空気は、重い。
蓮は八号機の修復作業を見守りながら、
胸のざわつきを抑えられなかった。
(……朔夜だった。
あの突破の“切れ味”……
僕が知っている朔夜の癖そのものだった)
勝利でも敗北でもなく、
ただ心が痛んだ。
そこへ、ロワがやって来た。
「蓮。
司令部が呼んでる」
「……僕を?」
ロワの表情はひどく固かった。
「お前だけだ。
嫌な予感しかしねぇ」
蓮は唾を飲み込み、司令部の重い扉を開いた。
室内には、宗六と影機関の隊長――
黒装束の“灰鴫”がいた。
蓮は思わず身を固くする。
影機関と関わるのは、普通の兵士ではありえない。
宗六は穏やかな笑顔を浮かべていた。
「よく来たな、蓮」
灰鴫が静かに言う。
「貴様の索敵は見事だった。
黒鋼獣部隊の中で突出している。
……ゆえに、確認したいことがある」
蓮は息を飲む。
影機関に“確認”される――
それはすなわち疑われている、という意味でもある。
宗六が口を挟む。
「蓮よ、気に病む必要はない。
ただ……敵の参謀の動きについて聞きたいだけじゃ」
蓮の心臓が跳ねる。
(朔夜……)
灰鴫が淡々と続けた。
「桜花の突破点を正確に読んだのは貴様だ。
その精度は偶然とは思えぬ。
“敵参謀と何らかの繋がりがあるのではないか”――
そう考える者もいる」
蓮の指先が強く震えた。
「繋がりなんて……ありません。
ただ……ただ動きが読めただけで……!」
灰鴫は蓮の微細な反応すら観察していた。
(やばい……
朔夜を知ってることを疑われてる……!)
宗六が朗らかに笑う。
「まあまあ、灰鴫。
蓮が桜花の参謀と“幼なじみ”だったのは事実じゃが……
それが裏切りに繋がるわけではないじゃろう?」
蓮の顔から血の気が引いた。
「宗六さん……!」
灰鴫の目が細く光る。
「……幼なじみ、か。
ならば尚更、利用価値は高いな」
「利用……?」
宗六はゆっくりと蓮に近づき、
まるで優しい祖父のように肩へ手を置いた。
「蓮よ。
朔夜という少年は、桜花の才である。
桜花が“鍵の巫女”を取り戻そうとするなら、
必ず朔夜を要にして動く」
「…………」
「わしらは、桜花の芽を摘まねばならん。
そのために――“影”を動かした」
蓮の目が大きく見開かれた。
(まさか……
刺客……?)
灰鴫が静かに言う。
「今朝、こちらの刺客が敵参謀の位置を確認し、
一撃を加えた。
成功はしなかったが……“伝言”は残してきた」
蓮の胸が激しく痛んだ。
(朔夜……刺客に襲われたのか!?
あいつに怪我は……!?)
呼吸が乱れる。
宗六が目を細めた。
「蓮よ。
お前はどうしたい?」
蓮は震える声で答える。
「……朔夜は……
殺させません……!」
灰鴫が冷たく言う。
「情だな。
だが、黒鋼は情では動かぬ」
宗六が手を上げ、制した。
「よい。
蓮は“朔夜を導く”役を担っておる。
刺客の役目とは別じゃ」
蓮の胸が、少しだけ救われたように熱くなる。
(良かった……
朔夜は……まだ生きてる……)
だが宗六の言葉は続いた。
「だが蓮よ。
お前が朔夜を救うには、“黒鋼”が勝たねばならん。
桜花にいる限り、朔夜も夕凪も救えぬ。
だからこそ――
影機関は、桜花の要を削り続ける」
蓮の心が激しく揺れた。
(黒鋼としての正義と、
朔夜を救いたいという想い……
どちらを選ぶんだ僕は……)
灰鴫が静かに宣告するように言う。
「蓮。
お前は次の作戦で
“朔夜の心を揺らす一撃”を任される」
「……心を揺らす?」
「そうだ。
殺しはしない。
だが、迷わせる。
混乱させる。
道を変えさせる。
そのための“鍵”が――お前だ」
蓮は拳を握りしめた。
(朔夜……
もう一度会うことになるんだ……
敵として……
でも……本当にそれだけなのか?)
宗六は優しく微笑む。
「蓮よ。
お前にしかできん任務じゃ。
夕凪のためにも、やるしかない」
蓮は、ゆっくりとうつむきながら言った。
「……分かりました。
僕に……任せてください」
その瞬間、
影機関の男たちが静かに消えていく。
蓮は立ち尽くしたまま、拳を震わせた。
(朔夜……
夕凪……
僕は……どこへ行けばいいんだ?)
霧の深い前線基地の外で、
蒸気塔が低く吠えた。
まるで、蓮の迷いを嘲笑うかのように。




